第212幕 皇帝の会食

 次の日に向けて色々と準備をした俺は、当日の夜……迎えに来た男に連れられて皇帝の住まう屋敷へと案内されることになった。


「ねぇお兄ちゃん……なんでぼくまた女の子の姿してるの……?」


 鋼鉄の馬無し馬車――車に乗り込んで向かう途中、両頬をぷーっと膨らませて抗議してきたドレス姿のスパルナがいた。


「仕方ないだろ。向こうでまた無理やり着せ替えられるよりはマシだと思ってくれ」

「ぶー……」


 流石に皇帝との会食にラフな格好で向かわれても困るし、以前の事もあってスパルナに男装させるとまた引き止められそうな気がしたのだ。

 ……彼にスーツ姿が全く想像出来なかった俺の気持ちも結構含まれているけど、仕方ない。


 もうちょっと美形なら男装の麗人として通ったのかもしれないが、スパルナは可愛い顔立ちをしているせいでそういうのは違和感しかない。


 今回の食事は公式の――というか格式高いものになる可能性もあるし、出来るだけ場違い感を出さないための措置というわけだ。


 いつもの動きやすい服装から一転したせいで眉をひそめて不機嫌さを表現している。

 ついでにあまり会いたくない皇帝とも再び顔を合わせることになるのもその要因の一つだろう。


 しばらく――車がロンギルス皇帝の屋敷へと到着するまでの間、俺はなにかとスパルナに気を配ってなだめすかすのであった……。



 ――



 目的地へと到着した車から降りた俺たちは、案内されるまま部屋の中へと向かった。


 比較的大きな部屋で、恐らく来客向けの部屋なのだろう。

 品のある調度品が飾られていて、自分自身がえらく場違いな場所にいるんじゃないか? という思いすら抱くほどだ。

 ……まあ、今のいる都市のホテルや町並みよりは親しげがある気もしないでもない。


 かなり毒されてきたような気もするけど、こんなコンクリートな町ではそう感じてしまうのも無理はない。

 地上にごく当たり前にある家なんかも存在するのは不思議な感じもしたけどな。


「お兄ちゃん……」


 気がつくと、緊張してるような震える声でスパルナは不安そうに俺の方を見ている。

 普段は結構自分勝手なのに、こういうときだけはしおらしくなる彼に思わず笑みが溢れてしまう。


「お前はなるべく大人しくしていろ。

 そうしたら多分大丈夫だろ」

「そこは絶対っていってよぉ」


 不満そうにしているけど、こんな敵地のど真ん中とも言える場所で『絶対』なんて言葉を口に出せるほど、自分は強くないつもりだ。


 ――あの人だったら、なんてこともなく口にだすんだろうな。


 なんて考えていたら、扉が開いて……待ち望んでいた皇帝が姿を現した。

 流石に鎧姿ではないが気品あふれるその姿は、下衆なきらびやかさとはかけ離れた優雅さを兼ね備えていた。


「今日はよく来てくれた。まずは食事にしようではないか。

 全ての話はその後だ」


 現れた皇帝は相変わらずあまり表情のない顔をして俺の対面に座って腕を組んでいた。

 隣に座っているスパルナがほっと安堵のため息をついているのを聞きながら、じろじろと皇帝を見てしまう。


 こんなところに案内してどういうつもりだ? とかここだけなんでこんなに発展してるんだ? とかそんな疑問を口にしようとしたのだけれど、相手は皇帝。


 あまり気軽に色々質問するのも礼儀に反するような気がする。


「ここの暮らしはどうだ?」


 そんな俺の気持ちを察してくれたのかどうかは知らないが、皇帝は世間話をしようとでも言うかのように問いかけてきた。

 これがもう少し笑みを浮かべて接してくれたのならまだしも、どこか冷たい表情のままなのだから困ってしまう。


「……ええ、とても楽しんでます。

 見知らぬもの、新しい発見……ここに来て十日以上の時が経ちましたが、毎日新鮮な発見があります」

「ふっ、満喫しているようで何よりだ。

 それでこそ貴様たちを招待した甲斐がある」


 少し満足げに笑う皇帝は、どうやら俺たちがここの生活を気に入ってることが嬉しいように見える。

 この人は表情に乏しいのかただ単に冷たいのかよくわからない。


「あ、あの……」

「ん?」


 恐る恐るといった様子で声と同時に手を上げたスパルナは、皇帝の視線が向けられた途端萎縮してしまった。


「え、っと……」

「よい。こちらから招待したのだ。多少の無礼は許そう」

「……な、なんでぼくたちをここにつれてきたんですか?」


 皇帝の目がすうっと細くなっていく様子が微笑んでいるのか蔑んでいるのか……。

 決して悪い感情ではないようで、腕を組みながら値踏みをするような視線をスパルナに向けていた。


「答えるのは容易だが、それでは面白くない。貴様はどう考える?」

「……俺たち――いや、俺はラグズエルと敵対していました。

 それなら、この国の力を見せつけることで心を折りにきた、と」


 急に俺の方に問いかけを投げてきたので、慌てて答えてしまったが……結構思っていることをそのまま言ってしまった。

 皇帝は「なるほど」と呟きながらも首を横に振る。


「ただそのためにここに連れてくる必要など皆無に等しい。

 貴様が――」


 となにかを言いかけたと同時にノックの音が聞こえ、きっちりした姿の男が入ってきた。

 どうやら食事の準備が整ったらしく、こちらを呼ぶためにやってきたようだ。


「……話は食事が済んだ後に改めて行おうではないか」


 それだけ言って立ち上がった皇帝は、今は語ることはないとさっさと先に行ってしまった。

 俺の方も一度深いため息をついて、スパルナと一緒に食堂へと案内を受ける。


 すぐにでも聞きたいが、あの皇帝は多分自分の意思を曲げないだろう。

 あまり気は進まないけど……先に食事をするしかなさそうだ。

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