第184幕 再び現れし騎士

『神』『浄化』『光』『癒』の魔方陣を使ってなんとか自身を取り戻しかけているくずはのその後の経過は、順調と言ってもいいだろう。

 一応食事も出来るし、シエラの手助けがあれば風呂にも入れる。


 ……エセルカはそこのところは無関心だから、自然とシエラに回ってくるのだけれど、彼女自身もそんなに悪く思ってないみたいだ。


 記憶の方はまだ整理中らしく、応答は出来るが、自らの意思を表明することは一切ない。

 普段はぼんやりと空を見上げているが、時折剣に興味を持ったり、セイルの事を聞いてきたりしているから、少しは回復してきている。


 問題は……学校長に無断で寮の中に生徒以外を入れた挙げ句、それが人である点だけれど……意外にもそれについてはお咎めなしだった。

 それよりも俺が無断で休学したことの方が問題だったらしく、半ば諦めてる様子で渋々納得してくれていた。


 が、当然くずはの為に部屋を用意する事は出来なかったし、学生以外に保健室を使わせる訳にもいかないということで、今の状況を維持することになった。


 その分、課題と補習が山のように上乗せされてしまったが……それは些細なことだろう。

 自身がやった事に対する咎は負う。

 当然のことだが、中々難しいことだ。


 申し訳ないとも思うのだけど、だからこそくずはの世話をシエラに任せっきりになってしまっている。

 なぜかエセルカも一緒に補習を受けている以上、余計にその傾向が強い。


 教師の方も不思議がってはいたけど、エセルカがあまりにも堂々と俺の隣にいたものだから一緒に受けることが当たり前のようになっていた。

 一応彼女もG級の生徒だからか、誰も不思議に思っていない事がそれに拍車を掛けたとも言えるだろう。


「それにしても、まさかグレファくんとまた一緒に学校に通えるなんてね」

「そうだな。あの日々が少し懐かしく感じる」


 今日も補習や以前も訓練場で行っていた決闘とは名ばかりの訓練を終え、一緒に寮への帰り道を通ってる最中……陽もどっぷりと暮れ、もうすぐ夜になる。


「ねね、グレファくんは今日の夕食、何食べる?」

「そうだな……」


 最近は本格的に寒くなってきて、制服も冬のものが支給された。

 以前は肌寒かった程度だからか、そうでもなかったが……今では冬着が当たり前になってきている。

 だからこそ、温かいスープやシチューなんかが更に美味しくなる季節だ。


 こういう時は……と色々と考えていると、暗がりの方から視線を感じた。

 ふとそちらの方を振り向いて様子を伺うのだけれど、特に誰がいるというわけもない。


「エセルカ」

「うん、ちゃんと感じてるよ。

 引きずり出す?」

「いいや、見張るというよりも、こちらと接触する機会を伺っている……といった感じだ。

 それなら、こっちが向かってやった方が早いだろう」


 俺とエセルカがその視線の方向へと歩みを進めると、それはまるで誘うかのように徐々に暗い場所へと俺を導いてくる。

 人通りの多い場所から離れ、更に暗い……人気の少ない場所へと案内された俺たちは、ようやく視線の本人と対面することが出来た。


 夜に紛れる黒に近い紫色のローブでその身を隠していて、顔はわからないが、少なくともその背丈で男のそれだということはわかった。


「俺に用があって誘ってきたんだろう?

 顔くらい見せたらどうだ?」

「そう慌てないでください。

 私の方にも事情がありましてね……」


 彼がフードを取り払うと……そこにあったのは見知った顔。

 そう、首都アッテルヒアで最初に会った騎士、アルディ・セイティネルだった。


「グレファくん、知り合い?」

「ああ、首都に向かった時、エテルジナ城で出会った騎士だ。

 やたらと礼儀正しくて好印象を持てる男だな」

「ふふっ、君ほどの男にそう言ってもらえると嬉しく思いますね」


 口元を軽く隠すようなその仕草、格好いい男でなければしてはいけないそれも、アルディには実に似合っている。

 しかし、なんでこの男はこんなところにいるのだろうか?


「……グレファくんは渡さないからね」


 何を勘違いしたのか知らないが、エセルカは俺の腕に絡みつくようにぎゅっと握りしめ、アルディを威嚇するように睨みつけていた。


「これはまた、中々個性的な方のようですね。

 私はアルディ・セイティネルと申します。

 失礼ながらお嬢さんのお名前をお聞きしても?」

「……エセルカ。エセルカ・リッテルヒア」

「それは……」


 彼女のファミリーネームを聞いて、驚くように彼女の顔を見ているが……確かに彼女のリッテルヒアというのは、グランセストの首都アッテルヒアとどこか似通っている。

 もしかしたらそれが原因なのかもしれないな。


「なに? 私の顔になにかついてる?」

「いいえ、ただ珍しいお名前でしたのでつい……。

 気を悪くされたのでしたら謝ります」

「いいよ。今回は許してあげる」


 そう言って片膝をついて頭を下げるアルディもだが、エセルカがどこか暗い――愉悦を覚えているかのような笑いを浮かべていて、この二人は何をやっているんだと思わず言いたくなった。


「それで、アルディは何のようでここまで来たんだ?」

「はい。実は……我らが女王陛下の命により、貴方をお連れ致そうと、こうして馳せ参じました」


 片膝をついた姿勢のまま、頭を上げた彼はまっすぐ俺の目を見据えてそう言ってきた。

 アルディが来た時点でなんとなく予想は出来ていたが……あの女王が俺に何の用だろうか?


「詳しい話を聞いてもいいか?」

「申し訳ないのですが、私はグラファさんをお連れ事以外は何も聞いてはおりません。

 お話がございましたら、是非我らが女王陛下に」


 アルディの様子からは嘘を言っているようには見えない。

 彼は女王には何も聞かず、何も知らされずに行動しているのだろう。

 こうなってしまっては彼に疑問を投げかけても無駄だ。


 なら……件の女王に会って話すのが一番手っ取り早い。

 何を考えてるのかはわからないが、もう一度首都へと行くしかないだろう。

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