第130幕 相対するシアロルの少女

 もっと早くにわかっていれば逃げることが出来たかも……そんな考えが一瞬だけ頭の中によぎったけど、すぐに忘れることにした。

 そんなことしても、結局俺たちだと特定されて追いかけられたことは明白だ。


 むしろ正面で相対したほうが相手の出方がわかるし、無理に逃げる必要もない。


 ある程度互いの距離が詰まって、俺たちは警戒するように立ち止まる。

 すると兵士たちは後ろで距離を取るように配置について、ヘルガ一人だけが突出するような形で前に出てきた。


「まさか……あの子一人で戦うつもり……? いい度胸ね」


 ギリ、と歯ぎしりが聞こえてくるほどくずはは苛立ったような表情をヘルガに向けていた。

 それも当然だろう。


 相手は勇者会合のときに完璧なまでの敗北を与えた相手で……それを今でもトラウマに感じているということだ。


 だけど、くずはの言うことも最もだろう。

 俺やエセルカが魔方陣を使うことを知らない、というのはわかるにしても、くずはは『英雄召喚』で喚ばれた勇者だ。


 今のこの状況で一対一なんてありえないことだと思ったのだが……。


「……こほん、そちら、ジパーニグの勇者であるくずは殿でお間違い無いか?」

「……ええ。あたしが霧崎くずはよ」


 後ろで控えていた兵士の一人が一歩前に進んで口上を述べているけど、どうやらヘルガは喋らないようだ。

 勇者会合のときもなにかわけのわからない言葉を口にはしていたけど、他に喋ったところを見たことがないからな。

 もしかしたら相当無口なのかも知れない。


「我々はシアロルの――」

「そこにいるヘルガがシアロルの勇者だってのは知ってるわよ。

 で、それを踏まえて何の用? アリッカルから要請でもあった?」


 やたらと挑発的な態度を取っているくずはに対して、兵士の方は努めて冷静なままだ。

 ヘルガに至っては何の変化も見られない。ただ俺たちを冷めた目で見ているだけだ。


「でしたら話は早い。

 我々はアリッカルの勇者であるルイス・カーターを攻撃した件について、貴殿を捕縛するよう要請が出ている。

 こちらも勇者を倒した貴殿の実力を聞き、ヘルガを派遣した次第だが……無用な争いはこちらも臨むところではない。

 そちらが抵抗しなければこちらも最大限の敬意を払おうと思っている。返答は如何に?」


 結構かしこまった話し方をしているが、要は『勇者をぶちのめした疑いで捕まえるよう言われてるから、大人しくしろ』ということだろう。

 どうやらカーターは俺にぶっ飛ばされたことを大体くずはのせいにしてしまったようだ。


 ……まあ、俺がしたということにするよりも、くずはがやったことにした方があいつの面目をたつし、面倒事も少なくて良い、ということだろう。


「向こうから先に手を出してきたのに、なんでこっちが悪いみたいな言われ方されなきゃなんないのよ!」

「それをこちらに言われてもな……。

 なにか釈明があるのならば、それこそ貴殿がアリッカルの首都まで行って、異議の申し立てをするか、ジパーニグ側から抗議させるかすればいい。

 我らはただ、受けた救援の任務を果たすだけだ」


 くずはは若干キレ気味に文句を言っているが、それを兵士は『そっちの問題なんて知るか』と聞き入れられなかった。そりゃそうだろう。


 国の方からしてみたらくずはを首都に連れて行くという救援要請を果たすことが出来れば、こっちの事情なんか知ったことではない、ということだ。


「それなら……こっちもそれなりの対応をさせてもらうだけよ」


 くずははそれだけ言うと刀に手をかけ、鞘から抜き放った。

 ……んだがそれでも兵士たちは一切攻撃態勢を取らず、じっと後ろで待機しているだけだ。


「……どうしたの? 来ないのかしら?」

「交渉決裂。残念だ。」


 兵士がため息を一つ吐いた途端、ヘルガが腰に携帯していたナイフを抜き放ってくずはに迫ってきていた。

 相変わらず速い……!


「いつまでもそれが通じるあたしじゃない!」


 パリッ……パリッ……と少しずつ身体に雷を溜め込んでいっていきながらヘルガの攻撃に合わせて斬撃を重ねる。


 ――ッキィィィン……!


 鋭く響く音が周囲に響き渡って、くずはとヘルガの鍔迫り合いが始まり、互いに一歩も譲らない。


「シアロルの勇者も……随分と舐めたこと、するじゃない」

「……私をそんなくだらない称号で呼ぶな」

「くずは! 離れろ!」


 俺は魔方陣をすぐに展開して、炎球をヘルガに向けて発射させる。

 事ここに及んで出し惜しみをしていたら、間違いなくやられてしまう。


 くずははヘルガから即座に離脱すると、入れ替わるように炎球がヘルガの眼前に迫っていって……そこからヒットする直前に爆発する。

 ただの炎球だったら例え間近でも避けられるからな。


 こうして爆発するようにすれば、より範囲も拡大して逃げにくくなるというわけだ。


「やった……?」

「これでやれてたら楽だろうな」


 エセルカが呆然と呟いていたけど、勇者がこれくらいでやられるわけがない。

 警戒を解かないで彼女がいるところを見ていると、視界が開けた時に現れたヘルガは全くの無傷。


 少しはダメージがあると思ったんだが、手傷すら負っていないとはな……。


 ――これは、予想以上に厳しい戦いになりそうだ。

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