第128幕 逃げ延びた後に待つもの

 襲いかかってきたカーターからなんとか逃げることが出来た俺たちは、一度じっくり話し合い、ジパーニグに戻るルートを選ばずにシアロルへと北上する事にした。


 どうにもあの王様のことをいまいち信用することが出来ないし、アリッカルから逃げたことを問い詰められることは目に見えていたからだ。


 かと言って、一度も行ったことのない……それこそ勇者会合でしか会ったことのないロンギルス皇帝を頼るほど、俺たちは人を信じることは出来ない。


 あくまでアリッカルに留まるよりも、ジパーニグに戻って問い質されるよりマシ、と言った程度だな。


 ……それに、どうやら俺の身体は完全に参ってしまい、しばらくはまともに動かせない状態に陥ってしまった、というのも理由の一つになるな。


 くずはが言うには『火事場の馬鹿力』が出て、普段どこか抑えてる部分を無理やり突き破って引き出したんじゃないか……という話だ。


 今までの俺だったら……というか、普通だったらまず動くどころか、くずはと同じように地べたに這いつくばって身動きが取れなくなるような程の重力下で身体が引きちぎれても構わないとか思って魔方陣を無理やり重ねて構築していったら、なにか……自分の限界を一つ超えたような、そんな感覚がしたのは確かだ。


 まあ、その代償がしばらくまともに動けない身体だったんだがな。

 骨が軋むような内側に響くような痛みがあるし、どうにも頭がうまく回らなくて熱に浮かされてるようにも感じていた。


 やはりあの時逃げたのは、間違いじゃなかった。

 ……けど、俺は自分が自分で許せなかった。


 司もカーターもヘンリーも……勇者と呼ばれるような人物じゃなかった。

 多分、この調子じゃソフィアだって怪しいだろう。


 ――勇者ってなんだったんだろう?


 なるべくカーターたちから離れた町でフードを深く被って顔を隠しながら取った宿で安静にしていた時、ずっとそんなことを考えていた。


 俺の憧れていた『勇者』ってのが、途端に薄っぺらく感じてしまった。

 あれが俺が……俺たちが羨望の眼差しを向けていた勇者の姿だったことに、悔しくて……涙が出そうになった。


 ……実際、二人がいないところでこっそり泣いた。

 結局、俺が信じてたのは『勇者』とかいう言葉で……深くも考えずにその単語にだけ憧れていたんだってことに、ようやく気付いてしまったから。


 ……本当は司を見た時から気付いていた。

 だけど、それはあいつが『異常』だったんだとそう思いたかった。

 目を背けていたかった。心地よい夢に囚われていたかった。


 でもそれは、ただの悪夢でしかなかったんだ。

 俺はようやくそれに気づけた。

 多分、今までの勇者たちもくずはやルーシーのようなきちんと誰かのために戦える人ばかりじゃなかったんだと思う。


 どっちかというと……司やカーターのような『勇者』という称号で着飾って、やりたい放題やってる奴らの方が多いんじゃないかと、そう思った。


 そんな奴らが俺の……いや、俺たちが憧れていた『勇者』であっていいはずがない。

 こんなの、『勇者』でもなんでもない。


 だから俺は……彼らを否定して、ようやく長い悪夢から覚めた。

 これからは誰かに夢を見るんじゃなくて、自分自身が誰かの夢になれるよう……。


 兄貴のようにまっすぐ、自分が正しいと思った道を歩くってそう、決めたから――



 ――



 ようやく身体が元通りに動くようになった俺は、久しぶりに軽く汗をかいて、風呂に入ってさっぱりしたことがものすごく感動的にも思えた。

 やはり濡れタオルで身体を拭くのには限界がある。


「あ、セイルくん、もう動いても大丈夫?」

「ああ。俺のせいで大分時間を取らせちまったな」

「別に気にすることないと思うけど。あんたがいなかったら、そもそもここまで来れなかったしね」


 くずははどうにも自分があの時役に立たなかったことに負い目を感じていたようで、ちょっと頬をかいてそっぽを向いていた。


「それで、いつ頃シアロルに向けて発つ?」

「こっちは準備を終わらせてるから今すぐでも大丈夫よ」

「セイルくんの分も終わってるからね」

「……そりゃあ準備のよろしいことで」


 俺が寝ててまともに動けないときによくもまあそこまで行動してくれてたものだ。

 ……けど、俺たちには多分時間がない。


 今にも追手がやってきてもおかしくないからだ。


「よし、だったら朝食を食べ終わったら出発しよう」

「わかった……頼りにしてるからね」


 くずははどこか照れるように視線をあちこちに泳がせてるけど、それがまた可愛らしいなぁ……なんて思っていると、エセルカが少し寂しげな表情で呆れた目をしていた。


「わたしも……セイルくんのこと、頼りにしてるからね」

「おう、俺も二人のこと、信じてるからな」


 エセルカはすぐに普段どおりの……兄貴が言う、小動物のような彼女の姿に戻っていた。

 俺の方も、下手に何も言わないほうが良いだろうと思って、無難な答えで返したが……信じてることには変わりはないか。


 よし、今も状況が悪いことには変わりないけど、なんとか頑張ろう。

 俺が二人を守らないといけないんだから。

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