第七節 動き出す物語 セイル編

第125幕 人の国での出来事

 グレリアがカーターやソフィアと戦い、勝利を収め、リアラルト訓練学校に戻るずっと前まで遡る――。

 ジパーニグからやってきた使者の言葉により、アリッカルへと救援に行ってしばらくの日数が経った……セイルたちの物語。

 彼の――英雄ゆうしゃの歩く、御伽話フェアリーテール。その序章プレリュード



 ――



 グレリア兄貴と別れ、俺はくずはやエセルカと一緒にアリッカルへと救援に行ってどれだけの日数が経ったんだろう?

 少なくともここの食事にも慣れるくらいには過ごした気がする。


 救援を受けてやってきたのはアリッカルで最もアンヒュルの国・グランセストに近い町……オレジアに来ていた。

 最初、ここに来た時に驚いたのはやっぱり食事だった。

 なんというか、ダイナミックな感じのが多く、ジパーニグと同じ感覚で食事を頼むと酷い目にあった。


 エセルカなんかは普段そんなに多く食べないのに、普通に頼んで軽く後悔していたのが今となっては懐かしい。


 最初に頼んだ時は、結局二人の食事も俺が食べることになって……あの時、大盛りで注文しないで本当に良かったとか心の底で思ったりもしたな。


 そして……肝心のアンヒュルだったが、散発的に襲いかかっては撤退を繰り返していて……とてもじゃないがこの町から全く出られない状況に陥ってしまった。


 下手をしたら数十人単位で襲ってくる彼らは最初からやる気に満ちていて、俺たちの話を聞きそうにもないから結局戦う事になるんだけどな。


 実際戦うと奇妙なことに、ある程度真剣に戦ったら……というか向こうが不利になってきたらすぐに撤退してしまう。

 だから誰も殺したりしてないのが、俺たちの心の中にどこか余裕を与えてくれていた。


 魔方陣を使う……のは流石に人目につく問題もあってか控えてはいたから俺の実力自体はそう変わるものではなかったけど、少なくとも以前とは違って実力も上がってきた……はずだ。


 だからだろうか、俺たちの……いや、俺の心にはどっか楽観的な考えが浮かんでいた。

 もしかしたら、このまま誰も殺さずにいられるんじゃないか?

 未だにアンヒュルを……魔人を傷つけてはいるものの、誰かが死ぬなんてことにはなってない。


 このままいけば、俺たちはもっと大勢の人間を……ヒュルマもアンヒュルも助けられるかも知れないって、そう思うほどには……心に余裕が出来ていた。



 ――



「97……98……99……!」


 ある日の朝、俺は出来るかぎり継続し続けていた基礎トレーニングをしていた。

 腕立て、腹筋、背筋……その後は仮想敵と訓練。


 細くしなやかだが、引き締まった筋肉が確かな力を感じさせてくれる。

 数は学園にいた頃より大分少なく回数をこなすようになってきているが、それでもこういう地道な努力が俺に自身を与えてくれる。


「100!!」


 締めのスクワットを終え、火照った身体を冷ましてくれるように風が吹く。

 気持ちの良い汗をかいて、後は二人に気づかれない内に風呂入っておけば完璧だ。


 エセルカはともかく、トレーニング直後だとくずはは良い顔しないからな。

 俺もいつまでも汗だくだと気持ち悪いからさっさと流してさっぱりはしてるんだけど、何事もタイミングってのがある。


 ……んだが、そういう時に限って出会うのもまたタイミングってことか。


「おはよう。あんたまたトレーニングしてたの……」

「おお、おはよう」


 くずはは俺のことを見つけて笑顔で近寄ってきてはくれたが……そんな微妙な顔して俺を見るなよな。


「すぐ汗流してくるから、ちょっとまっててくれ」

「わかった。お風呂終わったら……エセルカも交えて話したいことあるんだけど、いい?」

「ん? あ、ああ。わかった」


 話しって……一体なんだろうか?

 まあいいか。今はさっさと風呂に入って汗を流してこよう。



 ――



 風呂から上がった俺は宿屋の食堂で何も頼まずに待っててくれていたエセルカとくずはのところに片手を挙げて意気揚々と行く。


「またせたな!」

「……ちゃんと身体拭いたんでしょうね?」

「当たり前だろ」

「おはよう。セイルくん」

「ああ、エセルカ。おはよう」


 ――そりゃあ女の風呂と比べたら短いだろうけど、きちんと入ったっての。


 若干うんざりするような表情で互いに言い合って、エセルカと挨拶を交わし、椅子に座って一心地ついたら、まずは料理の注文を――。


「で、まずは話なんだけど」

「あ、ああ」

「セイルくん、今メニュー見ようとしたでしょ」

「は、はは。まさか」


 そんな呆れたような顔で見ないでくれ!

 ちょっと忘れていただけなんだから……。


「……で、話なんだけど、最近はアンヒュルの襲撃が徐々に激しくなってきてるでしょ?」

「ああ。最初に来た時はそうでもなかったけど、今はほぼ毎日来てるような気がするな」


 確か前は三日に一回くらいのペースだったはずだ。

 それが俺たちがこの町に滞在するようになってからは更に頻度が増してきていた。


「でも不思議だよね。あれだけ暴れてるのに被害は大したことないんだもん」


 エセルカの言うことも最もだ。

 大体が町の郊外で見つかるから……というのもあるが、それにしたってもう少し被害があってもおかしくないはずだ。


 いや……少ないのには越したことがないんだけど、やっぱり引っかかる。


 それをくずはも思っていたのだろう。

 真剣味を帯びた表情でずいって身を乗り出すように顔を俺とエセルカに少し近づけてきた。


「だからアンヒュルたちが撤退していく時にこっそり追いかけてみない?

 大体逃げていく方向がわかればなんとかなるだろうし」

「……そうだな。上手く行けばアンヒュルたちがどこを拠点に活動しているかわかるかもしれない」


 こうも毎日襲撃が続いたら、いずれ俺たち……いや、エセルカとくずはは精神的にも体力的にも参っちまうだろう。

 そんなことをなる前に早めに対処出来ればそれも良いのかも知れない。


 とりあえず拠点を潰せばあいつらも本国に帰るしかないだろうし、そうなればオレジアにも平和が訪れるだろう。


「そう……だね。他に手もないし、それでいいと思う」


 エセルカも納得してくれたようだし、さっさと飯でも食べて備えておくとするか。

 アンヒュルは待ってくれないし、腹になにか入ってないと力が出ないからな。

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