第118幕 アリッカルの勇者

 ソフィアさんは俺から視線を外さず、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 その姿勢は……とても勇者会合の時に戦っていた彼女の姿とは一致しない。


 一体どれだけの鍛錬を積んだら、こんな身のこなしが出来るのだろうか?

 彼女の立ち居振る舞いだけでわかる。間違いなくカーターよりも上だ。

 魔力の方はどうかは知らないが……気を抜けるような相手ではないことは間違いないだろう。


「グ、グレファ、彼女は?」

「ソフィア・ホワイト……ヒュルマの勇者だ」

「ま、また勇者!? なんでここに……」

「決まってるじゃない? 貴方を待っていたからよ」


 すっと妙に艶めかしい動きでソフィアさんは俺を指差し、茶目っ気溢れる笑顔をこちらに向けてきた。

 ……やはり俺狙いか。


 だけど、ソフィアさんの言い方はまるで俺がアンヒュル側にいることがわかっていたかのような物言いだ。


「……どういうことだ? なんで俺を……」

「決まってるでしょう。エセルカ……だったかしらね? 小さくて可愛らしい……貴方のガールフレンド。

 彼女が今どこにいるか、わかる?」

「……盾に使う気か」


 エセルカ、セイル、くずはは今アリッカルにいる。

 それはつまり……彼女たちは囚われている……そう考える方が自然だろう。


 ギリリ、と思わず歯を食いしばってソフィアさんを睨みつけてしまう。

 だが、一番腹が立つのは他でもない俺自身にだ。


 俺は学園生活を楽しんでいた。謳歌していると言ってもいいだろう。

 その間もセイルたちはアリッカルで孤独に戦い、敗北して捕まったんだ。


 あいつらは一層懸命戦っていたのに俺は……!

 これほど自分自身が情けなくなってくることはない。


「ふふっ、誤解しないでちょうだい。彼女は本国で丁重にもてなしてるわ。

 他でもないジパーニグの勇者の仲間なんだから」

「ちっ……」


 その言葉に、俺は思わず舌打ちしてしまう。

 今のソフィアさんの言葉をきちんと理解したのがいるとすれば……思わず顔だけだが後ろの方を振り返って見てみると、レグルとルルリナは気付いていないようだったが、シャルランは青ざめた表情で俺とソフィアさんを交互に見やっていた。


 やっぱり……。

 さっきのソフィアさんの言葉は、アンヒュルにもわかりやすいように俺がヒュルマの勇者と関わりがある――仲間だと言っているようなものだろう。


「彼女に会いたい? ふふっ、私と一緒に来てくれたら、会わせてあげても良いんだけどなぁ」


 その言葉に、思わず俺は感情を揺さぶられてしまった。

 だがそれをグッと飲み込んで、ただ睨むだけで留める事にしたのだ。


 本当はセイルがどうなったのか、なんでエセルカだけがもてなされているのか……聞きたいことは山ほどある。

 だが、今それをしたらシャルラン以外にも気付く者が現れるだろう。


 ただでさえこの討伐試験のメンバーはほとんど瓦解している。

 学校に戻ったら、二度と顔を合わすことはないだろうと思わせられる程には壊れている。


 それがもし俺が『ヒュルマの仲間』であるなんて事が伝わってしまったら、今この場で揉め事になること受け合いだ。


「……断る。わかっていることだろう?」

「ええ。聞いてみただけよ」


 くすくすと笑ってあっさり認めるソフィアさんの行動が理解できない。

 彼女は俺をどうしたいんだ? 目的がまるで見えない。


「そう警戒しないでよ。私はただ、親切心で教えてあげようって思っただけなんだから」

「見え透いた嘘だな」

「ええ、そうね」


 くすくすと笑ってすぐにさっき言ったことをすぐに否定する彼女の考えが全く読めない。


 今もそうだ。

 そういうやり取りをしたかと思うと、彼女はその巨大な鈍器であるハンマーの柄を左手一本で持って、打撃部分の頭を引きずるように俺の方に近寄ってくる。


 武器を抜いた時にドズゥゥンと鈍い音が地面に叩きつけられたし、相当重いのだけは伝わってきたが……やる気か。


「ふ……ふふっ、さあ、そろそろお喋りはやめにして、本当の熱い戦いをしましょうね。

 私は出来損ないのカーターとは違うわよ?」


 妖しい笑みを浮かべながらじりじりと近づいてする姿はどこか空恐ろしくも感じるだろう。

 徐々にこちらに向かう速度が早くなってきて……最後には駆け足で俺のところにきて、身体強化の魔方陣を重ねて発動させて、その素早い動きで力いっぱいその大槌を振り下ろしてきた。


 嫌な予感がして大げさに距離を取ったが……それが幸いした。


 ――ヒュン……ドゴォォォォォォンンンッッ!!


 尋常ではない程の威力を秘めた一撃が俺のいた場所に襲いかかってきた。

 カーターの一撃なんてそよ風のように感じるほどの衝撃が、地面をめくり上げながら襲いかかってくる。


 しかもそのまま流れるように俺の方に追撃を仕掛けてくるものだから、言葉も出ない。


 ……これが、ソフィアさんの勇者としての実力。

 カーターの重力操作とは違う、純粋な能力を底上げされた者の攻撃だ。


 若干自身の能力に振り回されがちだったあいつとは違い、ソフィアさんは完全にその力を自分の支配下に置いている。

 身体強化の魔方陣のおかげで速度も申し分ない。


 重い武器はその一撃の強さから振り下ろすか遠心力に任せて振り回すくらいしか速度の乗った攻撃はない……はずなのだが、ソフィアさんはまるで細剣でも振り回すかのように扱っている。


 ……なるほど。確かにカーターの時とは違う別の感情が沸き立ってくるのがわかる。

 が、悪いがこのまま俺の方も押し切らせてもらう。


 この場に限って言えば俺も相手に合わせる戦い方はしないと決めているからな。

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