第116幕 本気の英雄
もう綺麗に勝とう……なんて気持ちは消え失せた。
未だ十全と言えるかどうかはわからないが、この際負担のことなんか構うものか。
「ちっ……おいてめぇら! なに防がれてやがる! さっさとそこの這いつくばった虫どもを――」
「余所見してる暇があるのかよ?」
俺は身体強化の魔方陣を何十にも重ね、カーターの能力の影響下から無理やり逸脱させる。
骨の軋む音。鈍い肉の器を全て振り払い、足元に加速に用いるべく、指向性の爆発系魔方陣を展開して、発動。
一直線にカーターに詰め寄ると、奴は度肝を抜かれたかのように表情を歪める。
「なっ……にぃ……!?」
先程カーターが見せた重力操作による加速など、あくびが出るほどの遅さだ。
そのまま奴の顎に掌底を喰らわせてやると頭が揺さぶられながら空中を飛ぶように浮いて、そのまま地面に倒れ伏してしまう。
その後魔方陣を空中に複数、横並びに展開させる。
全て標的は『アサルトライフル』とかいう玩具を持っている兵士たちだ。
そして……俺の魔力が続く限り攻撃し続ける!
「ば、馬鹿な……これだけの魔方陣、大量に展開出来るわけが……!」
「降り注げ……!!」
その全てを一度に放出すると、空中から打ち出されるのは炎の剣雨。
俺の魔力を喰らい、力をくべ、炎剣は際限なく豪雨となって降り注ぐ。
剣たちは着弾するか、兵士に突き刺さった瞬間――それは爆発し、全てを灰燼に帰す。
それは赤色の草原。地上では幾つもの光が灯る。
綺麗な色合いを見せながらも、生命に溢れる火の花を咲かせ、焼き尽くす……地獄の光景。
「す、すげぇ……」
「なに……これ……」
近くで倒れているレグルたちの呆然とした呟きを残したまま、ただひたすら俺は奴らの身体がこの世から完全に消えるまで――魔物たちの大軍を相手にそうしたように、焼き払っていった。
――
魔方陣に魔力を注ぐのをやめると、そこに兵士たちがいた場所は荒野のように何も残らなかった。
「な、なんだこりゃあ……!」
重力を操作する能力をフルに使って範囲外に逃れたようで、残ったカーターは呆然としていた。
それでも俺たちに対して重力をかけ続けているのは流石だと言っておこう。
「カーター」
「……! グレリアァァァァ……」
憎々しげな視線を涼しげに受け流し、残った奴を見据える。
心の奥底をグツグツと煮えたぎらせ、それでも表面は冷たい氷のように。
「言え」
「? なんだと?」
「最期の言葉を言え、そういったんだ」
どんな愚か者であれ、
これは俺が甘さの為に言っているわけではない。
獣のように戦い、魔物のように荒れていたとしても……最期は人として死にたいだろう……。
だからこそ……その尊厳を保ったまま、殺す。
それが俺なりの……弔いでもある。
「はっ! 何抜かしてやがる! 『最期の言葉を言え』だぁ?
たかだか雑魚を数人消しただけで調子に乗るなよ! グレリアァァ!」
「……それが、お前のこの世に遺す言葉で、いいんだな?」
「俺様は強い! 他の! 誰よりも!! てめぇなんかよりも……ずっとつえぇんだ! 俺は……最強だああああああ!!!」
「そうか、なら逝け」
自身の優位性を微塵も疑っていないその姿勢で大剣を上段に構え、今までのどんな加速よりも早く……そして俺に最大限の重力を付加しての一撃。
更にカーター自身も身体強化の魔方陣を展開しているようで、その動きに更に磨きをかけている。
恐らく、奴の全身全霊を込めた一撃。たしかにこれなら……初めて出会ったあの時の俺には届き得ただろう。
そう……
スローな動きで迫るカーターは俺に向かってその巨大な剣を振り下ろそうとしている……その間に奴の懐に潜り込み、腹部に肘鉄を打ち込む。
「ぐ、ぶっ……!」
うめき声を上げて密着状態から抜け出したいカーターは機会を伺うように防御の構えを取り、それに魔方陣を加えて守りを厚くしてきた。
しかし、それは完全な悪手だ。
ヘンリーのところにいた兵士とは違い、カーターは魔力も多いし、しっかりと魔方陣を重ねて効力を高める術を心得てる。
あいつらに比べれば、カーターはずっと強いだろう。
だが、さらに魔方陣を展開し、魔力を注ぎ……自身の身体を人から逸脱した存在へと昇華させ続ける俺に対して、下手に身体を強くするということは苦痛を長引かせるということだ。
「ば、かな……俺は……俺は最強、なんだぞ……!
こんな、ふざけた……ことがぁぁっ……!」
どんどん動きのキレが増し、早く、重い拳を浴びせる俺は、カーターの防御を徐々に突き破るように激しい連打を叩き込んで行く。
力を抜いた軽い拳ですら尋常ではない威力を発揮し、時折腰を入れ、足による重心移動を加えて適度に強く殴っていき……やがてその防御をこじ開け、その一瞬の隙を突くように左手を手刀の形に揃える。
更に全ての身体強化の魔方陣にブーストをかけるように一気に魔力を注ぎ込んで、一つの
「がはぁ……お、お……れは……つ……ごぶぉっ……ん、だ……お……は――」
大量の血を吐きながら、両手で俺の腕をがっしりと掴んで引き抜こうとするが、徐々に弱まる奴の身体は抵抗が許されないようにたった一本の片腕に縫い留められたままだ。
確実にこの男を仕留めるべく、突き刺さった左手の方で爆発系の魔方陣を構築。
それを発動させる。
カーターの左胸には破裂音と共に血の花が咲き誇り……再び血を吐いて、カーターは完全に動かなくなってしまった。
――アリッカルの勇者は……その瞳に不遜とも言うべき傲慢さを宿し、自らが絶対的強者だという驕りを持ち続けながら、未練がましくこの世を去っていった。
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