第114幕 ヒッポグリフの草原

 初めての野営が終えた後から更に日が経ち、俺たちはとうとうヒッポグリフの棲んでいる草原にたどり着くことが出来た。

 あれからもう一度野営することになったが……やっぱり大変だったな。


 お風呂問題が再燃してしまったり、食事で文句を言われたり……それになにより肌寒くなってきた。

 最初は徐々にだったから気付きにくかった。


 少々寒いかな? 程度のものはあったが、今では少し厚着にならないといけないほどだ。

 それでも着てさえいればそれなりには過ごしやすいもんと思ったのだが、中には例外もいるみたいで……。


「はぁ……寒い」


 ルルリナはどうやら寒いのが苦手なようで、他の奴よりずっと厚着をしている。

 これ以上寒くならないうちにこの草原にたどり着けて良かった。


「ここにヒッポグリフがいるんだね。なんだか、すごく気持ちいいなぁ……」


 空の青、草の緑。

 それが視界いっぱいに広がって、ほんの少し冷たい空気が喉を通るのはすごく心地よい気分にすらさせてくれる。

 もうちょっと暖かくて過ごしやすかったら寝っ転がって太陽の光の下、昼寝をするのも悪くないと思えてくるほどの気持ちの良さがある。


「そう? ちょっと風が冷たいし、あんまり長居したくない」


 ルルリナは両手で身体を抱くようにしているが、彼女はさっさと帰りたそうにしている。


「そうですか? もう少しこの景色を見ていたいです」

「俺はさっさとヒッポグリフを見てみたいな!」

「そうね……上半身が鳥で下半身が馬……だっけ? そんなの見たこと無いし、ちょっと見てみたいかも」


 思い思いに色々と話してはいるが、俺は少し疑問を覚えていた。

 ヒッポグリフがいる……そのわりにはそういう気配というものが感じられない。


 それに、あれはそれなりに大きな身体をしているはずだ。

 これほど見晴らしが良く、草だって視界を邪魔しない場所……それなのに、遠目にすら生き物の姿が見えない。


「グレファ? どうしたの?」


 不審そうな表情を浮かべていた俺に対し、不安を感じたのか、シエラは隣に寄り添うように歩み寄ってきて、話しかけてきた。


「いや……ただ、ヒッポグリフってのは別に警戒心の強い生き物じゃない。

 大体敵意を見せた者には容赦なく攻撃するが、普段は気性も穏やかだからちらほらと見えてもおかしくないんだが……」


 歩きながら周囲を警戒していると、ふと臭ってきたのは……血の臭い。

 風が運んできたそれを他のみんなも感じ取ったのか、怪訝そうな顔をしている。

 唯一変わってないのはミシェラくらいのものだろうか。


「なに? この臭い……」

「血、の臭いだよね? 風から漂ってくるみたいだけど……どこからするんだろう?」


 俺とシエラはなにかあるかもしれないと注意深く行動することにした。

 他の四人はまだこういう事に慣れていない。

 それなら率先して俺たちがこなさなくてはならないだろう。


 しばらく歩いた先ではどんどんとその臭いと共に、景色に赤が混じってきていた。

 それは薄黒い赤。誰かが……というよりも何かが血を流して時間が経ったもののように見える。


 一体、ここで何が起こっている――?


「ぐ、グレファくん、あれ……」


 何かを見つけたらしいシャルランが向けている視線の方を見ると、遠くに何かが積み重なっているように見えた。


「あれ、なんだろう……遠くてよく見えない」

「……どうやら、あそこから臭いがしているようだな……」


 ゆっくりと警戒気味にそこに行ってみると、そこにあったのはヒッポグリフの死体の山だった。


「なに……これ……」


 恐れるような声を上げるシエラと、声もないルルリナとシャルラン。

 だが、今のこの状況はまずい。ここにヒッポグリフの死体がある、ということは少なくともこの地殻に――


「……ちっ、ようやくお出ましかよ」

「誰だっ!」


 死体の山の……その後ろから現れたのは忘れもしない大きく筋骨隆々な体。背中に大きな剣を背負っていて、恐ろしい程の堂々とした佇まい。

 この男と出会うのもいつぶりになるだろうか……しかし、納得の行くこともある。


 ここはアリッカルとシアロルの両方と近い草原だ。

 ともすれば、ここにこの男が現れても不思議ではない。


「久しぶりだなぁ、グレリアよぉ……!」

「カーター……!」


 まさかこんなところに現れるとは……いや、しかしまずい……!


「グレリア……?」

「それってグレリア様のことかな? ……おにいちゃんが?」


 シエラを除いた俺の周囲からは戸惑い、疑い、訝しむ視線。

 そりゃそうだ。いきなり見知らぬ男……しかも明らかに敵対していてヒュルムのように見える彼が、俺のことをはっきりと『グレリア』と呼んだんだ。


 自然とそういう態度を取ってくるだろう。だが……今のこの状況、あまりよくない。


「そうだぁ……くひっ、ひひ、お前をぶち殺しにやってきたぁぁぁ……アリッカルの勇者のぉぉぉ……ルイス・カーター様だぁぁぁぁぁぁ!!」

「ゆう、しゃ……ヒュルマの……勇者……!?」


 シエラでさえ、まさかここに勇者がいるとは思いもしなかったのだろう。

 唖然とした表情でただただ俺とカーターの顔を見比べていた。


 ……ちっ、最悪のタイミングで現れてくれたな。

 しかも以前のカーターとは何かが違う……不穏な空気と傲慢さを身に着けた重力を操るアリッカルの勇者が俺たちの前に立ち塞がっていた。

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