第99幕 二度目の教室

 あの後、ルシェラと壁をぼこぼこにしながらやりあった俺は、そのまま編入試験合格を申し付けられ、そのまま学校で使う白い制服を渡された。

 なんでもあれ以上されたら訓練場が壊れてしまうと言われてしまったほどだ。


 そんなこんなで、次の日から訓練学校に通うことになり……今、ちょうど目の前に教室の扉があった。


 訓練学校には階級があり、それぞれG、A、Bの三つの階級が存在して……例えばGの一年の一組の場合、G1の1と表記されるんだとか。

 そして俺はG級――グレリア級らしい。ちなみにシエラはA級で、クラスが違う。


「はい、というわけで新しく編入した子を紹介しまーす」


 担任の教師の合図とともに俺は教室の中に入った。

 周囲を見回すと、やはり見知らぬ顔ばかりが――


「あ、おにいちゃーん! やっほー!」


 ――いや、一人いたか。

 あの日以降、尋常じゃない懐き方を見せたルシェラだった。

 そのせいで周囲の生徒も『信じられない』というように俺とルシェラを交互に見ていた。

 担任の方も俺がルシェラと知り合いだとは知らなかったようで、『え!?』というかのようにその栗色マルーンのくりくりした目を見開いてこっちを見ている。


 同じ色のふんわりとした髪型と少し子供っぽい顔つきのせいで幼く見えるけど、体型は完全に大人だ。

 少々背が高く、スレンダー……とでも言えばいいのだろうか。

 なんというアンバランスさなんだろう。


 ……というか、そういうことは教師同士で共有しておいてほしいもんだ。


「ほら、こっち! こっちこっち!」


 ルシェラはそんな周囲の空気なんてものともしてない様子で、自分の隣に座るようにしきりに呼びかけている。


「えっと、とりあえず、自己紹介お願いしますね」

「……グレファ・エルデだ。よろしく頼む」


 すっかり緊張感も毒気も抜けてしまった俺は、普通に素で返事をしてしまい、そのままこっちに自己紹介をした担任のアウラン・ロウリューに言われるままにルシェラの隣の席につくことになった。


「えへへ、よろしくね! おにいちゃん!」


 にやーと満足そうに笑顔を浮かべるルシェラなんだが……


「その、おにいちゃんって呼び方、どうにかなんないか?」


 編入試験が終わった後、ルシェラは俺の事をそう呼ぶようになった。

 セイルには『兄貴』で、今は『おにいちゃん』……か。

 正直、俺は兄という立場に相応しいとも思えないし、妙にこっ恥ずかしいからやめて欲しい。


「いやー!」


 そんな俺の願いを無視するようにとても嬉しそうに否定されてしまった。

 思わず軽いため息が漏れてしまったが、これ以上何をいっても仕方がない。


 ……こうして、俺の新しい学園……いや、学校生活はスタートした。

 あまりいいスタートを切れたとはいい難いけど、な……。



 ――



 その日は簡単に歴史の授業と訓練が行われ、後者は俺の方は最初だからと見学することになった。


 訓練は模擬試験でやったのと同じ形式の試合で、唯一違うのは木剣ではなく、刃を潰した普通の武器が使われている、ということだ。


 流石に学園と比べるのもおかしいが、ここのクラスの連中は全員腕がいい。

 ……が、その中でもミシェラは更に異質なのか、一人だけ浮いていて、今も一人で人形相手に戦っているようだった。


 その様子は死ぬほどつまらない……といった感じで相当ぶすくれている。


「ミシェラー!」

「……っ! なになにー!? 一緒に遊んでくれるの!?」


 俺が声を掛けると……それはもう待ってましたと言わんばかりの様子で俺の方に突撃してくる。

 あれだな、エセルカが小動物だとしたら、ミシェラは犬。しかもそうとう懐いてて若干鬱陶しいくらいに『構ってくれオーラ』を噴出させている小型犬だ。


「いや、お前は他の奴らと訓練しないのか?」


 さっきから見ていて気になったことだ。

 クラスの連中は全員ミシェラを意図的に避けているようで、最初は驚いた視線を向けたはいたけど、今ではすっかりこの通り。


 いないもの……として扱われてるわけではないようだど、その視線はどこか恐れと軽蔑・侮蔑の類を纏っているようにも見える。

 とてもじゃないが、同じクラスメイトに対して向けるものじゃない。


 が、ミシェラの方は全く気にせずに、むしろ俺に呼ばれて相当ご機嫌そうだった。


「えー……だって、あの子たちじゃつまんないもん。

 おにいちゃんじゃないと楽しめないよ」

「……そういう言い方はやめろ。変に誤解を招きかねない」


 妙に少女に近いこの少年にそんな事を言われてしまうと、全く知らない人から見たら明らかに別の方向に捉えられかねない。


「それに……」


 そんな俺の想いをまたもや無視して、どこかはにかむように頬を掻いてる。


「僕はおにいちゃんに出会えてすごく嬉しいよ。

 だって、全力でぶつかったのに、おにいちゃんは手加減してくれてたもんね」

「は? 手加減?」


 そんなわけがない。

 俺はあの編成試験の時、本気で戦っていた。

 そりゃ……剣は速攻で砕け散ってしまったし、魔方陣に関してはルシェラに合わせて戦っていたが、それ以外は今ある俺の力をぶつけたつもりだ。


「だって……おにいちゃんの方が魔力高いよね。もっと魔方陣を使えばもっと余裕だった……でしょ?」


 どうやら気付いていたようだ。

 確かにルシェラがあの時何もかも全力だったとしたら、未だに魔力量の底が見えない俺はいくらでもやりようがあった。

 ……が、そんな事をしたら一歩間違えれば殺していた可能性だってある。


「僕、『グレリア様の申し子』で本当に良かったよ」

「『申し子』? それって――」


 言葉をかけようとしたのだけれど、そこで訓練終了を告げるチャイムがなり、ルシェラはそのまま走り去っていってしまった。

 確かその言葉……前にも聞いたことがある。

『グレリア様の申し子』ってのは、どういうことだ?

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