第74幕 疑問と帰国

 ルーシーと兵士たちを倒した俺は、ひとまず縄でぐるぐる巻きにしてやった後、兵士たちはその場に放置。

 ルーシーだけは一緒に宿屋に連行した。


「兵士たちは良かったの?」

「あいつらは邪魔になるだけだし、勇者もいない。兵士もいないじゃぶつけるところがないからな」


 今言った事もそうだが、それ以上に兵士の方は何も話しそうにないと判断したからでもある。

 国への忠誠心に溢れていそうなのより、そういうのが薄そうなルーシーを連れて行くのが一番だと判断したというわけだ。


 そしてそのまま俺達は宿屋の方に入り、三人では多少狭いがこの際仕方あるまい。

 部屋自体はどうせ一人一部屋取ってるわけだし、これはシエラとルーシーにでも使わせればいいだろう。


「はああああ……ようやく一息つける……」

「おいおい、あまりだらしない顔をするなよな」


 部屋に入った途端、疲れたようにベッドダイブを敢行するシエラに対し、少しはそういう子供っぽいところを控えろというように咎めたのだけど、本人には全く効果がなかったようだ。


「それにしても……」


 そのまま仰向けになってぼーっと天井を見ているところを見ると、俺の話を聞くつもりは全く無いらしい。

 というか、せめて着替えてから寝転がらないと、服がしわになるだろう。


「なんでこんなところに勇者がいたんだろう?」

「それは……こいつに聞いてみないことにはなんとも言えないな」


 何を憶測したところでルーシーとその兵士たち以外がそんな理由知ってるわけがない。

 地図的には確かにイギランスの近くにはあるんだが……。


 なんにせよ、全てはルーシーが起きてからだ。

 村の連中には安全であることは伝えたし、一応ルーシーはこちらが首都の方に移送する手はずになった。

 傷ついた駐留兵達を酷使するわけにもいかないし、一般人に運ばせて万が一があっては困るといった建前もある以上、村長の方も断ることはなかった。


 むしろ俺達の申し出に歓迎してくれていたからな。

 そのかわりに兵士たちはそのまま彼らに預けることになったが、これはもう仕方のないことだろう。


 さて、兵士の事をいくら考えても仕方がない。

 ルーシーが目覚めるまでの間、適当に時間を潰すとするか……。



 ――



 しばらく各々自由な時間を過ごし、食事をして部屋に戻ると、ルーシーは目を覚ましていて……なぜか獣を見るような冷たい目で俺を見ていた。


「よう、お目覚めのようだな」

「ええ、おかげで最悪な目覚めになりましたわ。

 よくもどうもありがとう」


『よくも』の部分を随分と強調してくれたところを見ると、まだまだ心の方は折れていないようだ。

 くずはだったら多分参っていただろうと考えると、このルーシーってのは結構強い部類に入るだろうな。


 なんてのんびり考えてたらシエラの方は嫌そうに顔をしかめていて、『助けなきゃよかった』という感じが表情にあふれていた。


「どういたしまして。それで、聞きたいことがあるんだが……」

「……よくそうやって平気で返せますわね。

 それと、わたくしがそれに答えると思ってますの?」

「答えたくなければ答えなくていい」

「いいの? そういうこと言うと、何も喋らなさそうだけど……」


 俺が答えなくていいといったのが意外だったんだろう。

 シエラが思いっきり目を見開いて俺とルーシーを交互に見ていた。


 対してルーシーの方は訝しむようにこちらを見ていたが……まさかそんな返し方をされるとは思っても見なかったのだろう。


「わかっておりますの? 『答えなくていい』ということは、わたくしは一切答えないということも出来ますのよ?」

「わかっていってるさ。ただ、その場合は解放できないがな」


 まるで喋らなければずっとそのままだと言うかのように言ったが、例え話したとしても、今の状況では解放することなんて出来るわけがない。

 イギランスがこの女勇者を隠した理由……少なくともそれを知るまではなんとも言えないだろう。


「……脅しても無駄ですのよ? それでもよろしいのでしたら、どうぞお好きにしてくださいな」


 こちらの態度に開き直ったかのように笑うように鼻を一つ鳴らして、どこかそっぽを向いてしまう。


「よし、なら一つ。

 まず、なんでお前はここに来たんだ? ここには何も……まあ、畑や家畜ぐらいならいるな。

 だが他には何もないだろう。どうしてわざわざこんなところに……」

「ここは元々、わたくしを召喚した国の――イギランスの領土だと国王陛下からお伺いしましたわ。

 そしてそれを解放することこそ、アンヒュルから人を救う足がかりにされる、と」


 随分と素直に答えてくれたが、これくらいなんともないってことだろうか。

 ルーシーの言葉に反応したのは、やっぱりシエラだった。


「な、何を言ってんのよ!

 ここは昔からグランセストの領土だったのよ!?

 それをヒュルマに奪われてようやく取り戻して……ここまで復興したっていうのに、また奪うって……そういうの!?」


 勢いよく詰め寄って、まくしたてるシエラのあまりの剣幕に押されたルーシーは、縛られているその身を精一杯よじらせながら引いている。

 食ってかからんとしているシエラをなんとか抑えて、彼女が落ち着くまで宥めてやることになった。



 ――



「……ごめんなさい」


 シエラはそれだけポツリと呟いて、そのまま黙ってしまった。

 ルーシーの方もすっかり警戒してしまって迂闊なことは言えないだろうと思ったのか……それとも答えていい範囲がそれだけだったのかは知らないが、こちらの方もだんまりを決め込んでしまった。


 こうなっては仕方がない。

 元々どれだけ話してくれるかわからなかったし、むしろ一つだけでも聞けただけで十分だろう。

 後は……あまりこの手を使いたくはなかったが、一度ジパーニグに戻り、くずはや司経由で彼女から話を聞くという手だ。


 もちろん確実というわけではないし、下手をすれば俺は魔人として討伐対象にまでなるかもしれない。

 だから、あくまで行くのはジパーニグとグランセストの境目付近の村町だ。


 運が良かったら、再びセイルたちに会えるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いて、俺は再びジパーニグに戻ることを決意した。


 ……もっとも、シエラを説得するのに時間がかかってしまったのだが、彼女もなんとか納得してくれたようだ。

 それまでルーシーを縛ったまま、というのも無理があったから、彼女には俺の監視付きということ限定で縄を解いて行動を共にすることにした。


 おおよそ、一年越しとなるジパーニグへの帰還だった。

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