第66幕 英雄召喚の書

 図書館は勉強に来る者も多いのだろう、それなりに混んでいて、真面目に本に向かい合っていたり、なにやら子供が楽しそうにしていたりと様々だ。


「それで、グレファは何が知りたいの?」

「そうだな……。

 魔法についてちょっと調べてみたい」


 俺の答えが不思議だったのだろう、変なものを見るかのような目を向けていたけど、結局俺が田舎の出で、そういうことに興味があって来たかったということで納得してくれた。


 そうして案内されてもらったコーナーには魔方陣のことに関する書物が多く収められていた。

 ここでならアンヒュルと呼ばれる魔人たちの扱う魔法についても少なからず知ることが出来る……と思ったとき、本の背表紙に書かれていたタイトルが気になり、目を止める。


 ――『英雄召喚と呼ばれる邪法』と書かれた本。


 それは以前セイルに案内された図書館で見つけた『魔方陣と呼ばれる邪神の法』とよく似たタイトルで、どうにも文字まで同じ人物が書いているようにも思えた。


 いや、それは流石に俺の思いすごしだろう。

 人間と魔人……敵対している奴らの中に同じ作者が書いた本があるわけがない。

 だけど、この本に書いてある事がもしも俺の想像していた通りであったなら……それは正しく俺の違和感への――世界の歪みへの答えになるだろう。


 少し離れたところで面白いものはないかとシエラが物色しているのを横目に、俺はそっとその本の中身を見ることにした。



 ――



 英雄召喚とは神の作り出した魔方陣を悪用した、恐るべき暗黒の法である。


 それはこの世界を作り給うた創造神の力を切り取る行為だと呼ばれており、地面に描かれた魔方陣により、異世界の者を喚び出すとされていて、召喚された者は創造神の力の極々一部をその身に宿し、この世界に現れる。


 これを使用する者は我々がヒュルマと呼んでいる者達。

 魔方陣を否定し、邪法であると罵るその姿は、我ら魔人とは似て非なるものだ。 


 彼らは自身が信じているもの以外の全てを否定し、矛盾を抱え込んでいることへの批判を許さない。

 故にそれは邪な感情に塗れ、正しきを悪とし、自然の理を醜く歪める。


 我らのことをアンヒュルと蔑称し、我らが創造神を汚し尽くす英雄召喚を用いて、その力の恩恵を得た邪悪なる者――異世界の者たちを使い、破壊と略奪を繰り返し、我らを蹂躙する。


 この時代に再び蘇る……数々の転生せし英雄たちがいなければ、我々は彼らに蹂躙されるしかなかっただろう――。



 ――英雄召喚と呼ばれる邪法より抜粋――



 ――



「やっぱり……」


 思わず苦虫を潰したような表情をしてしまう俺だったが、逆に不自然なほど納得してしまった。

 所々文章は違うが、大体はルエンジャの図書館で読んだ『魔方陣と呼ばれる邪神の法』の英雄召喚版。


 むしろここまで酷い内容に思わず吐き気を覚える程だ。

 同時に、これではっきりとわかったことがある。


 それはつまり、『ヒュルマ魔人アンヒュルの間でなにか画策する者達がいる』ということだ。

 そうでなければここまで似ていながらも互いに貶める文章なんて書けるはずがない。


 恐らく食事などの一部のものが向上しているのはそいつらの仕業だろう。

 なんでそこら辺だけ……というのも気になるところではあるが、今は気にしても仕方のないことだろう。

 それ以上に気になっていることが一つ。


 それは『転生』と呼ばれるキーワードについてだ。

 神に頼まれ転生した俺にも関係があるのでは、とも思ったが、すぐにそれは間違いだと思い直した。


 これは恐らく……俺のような者の事を指していないと考えたからだ。


 転生するときの神の言葉は確か……『もう君しかなんとか出来る人材に思い至らなくてね』だ。

 その言葉だけ考えたら他の英雄たちも過去、生まれ変わったことがあると考えられるからだ。


 だがそれならなんでこちら側――人間側に転生した英雄の事が出回ってなかったんだ?

 しかも俺は人間側の方で生まれ変わって、今ここにいる。


 俺だけが特別、なんてことは絶対にない。

 神が過去の英雄を転生させているのだとしたら、今のような偏りは絶対に起こらないはずだし、かなり目立ってる部類に入るであろう俺との接触がなかったのもおかしい。


 なら――『転生という方法にも画策している奴らが関係している』という可能性が一番高い。


「グレファ、もういい?」

「ん? あ、ああ……」


 考え事に熱中しているあまり、シエラが近くまで来ていたことに全く気づいていなかった。

 じーっと俺を下から覗き込んでたもんだから、思わず後ずさってしまった。


「そんなに驚くことないじゃない」

「悪い悪い、集中していたからさ」


 俺の反応が気に食わなかったのか、ムッとした表情で睨んでいるシエラにとりあえず謝っておく。


「はぁ……まあいいけど。

 そろそろ次の場所に行かない?」


 口には出してないが、飽きてきたのだろう。

 こういうところも子供かな……なんて思っているが、むしろ俺のほうが目的があったからこそ、ここまで熱中出来たのかもしれない。


「ああ、それじゃあ頼もうかな。

 次はどこに行くんだ?」

「ふふふ……」


 そこから急に面白そうな展開を予想しているのであろう、含み笑いをするシエラが口にしたのは、驚くことになる。


「貴方の大好きなグレリア様が使っていた武器が奉納されている場所よ」

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