第64幕 新しい都市の探索
決意を新たに町の中に入ったのは良いのだが……ここから先どうしようか。
全くノープランでひとまずのんびりと歩いているのだけれど、どうにも今までやってきた町とは違う様子を感じる。
まず第一に鎧馬というものが全く無くて、代わりに普通の馬を使った馬車が道を進んでいる。
700年前の風景がそのまんま再現された場所を歩いている俺は……なぜ魔人の国はこうも発展していないのか疑問に思ってしまう。
ジパーニグ・ナッチャイス・イギランス……それぞれが【英雄召喚】によって喚ばれた勇者達の知恵により独自の発展を遂げている。
恐らくまだ行ってないシアロルとアリッカルも同様だろう。
そんな中、いくら魔人の領域とはいえ、全く発展していないこの町は異常だ。
まるでここだけ時の歩みから意図的に取り残されたかのような……そんな気さえする。
なまじ俺が700年前の過去から転生してきたからこそ感じるのだろうが、ここまでの違和感、決して無視できるようなものではない。
出来れば地元のやつらに色々と話を聞きたいのだけれど……困ったことにこの国で知り合いは一人もおらず、気軽に話しかけてボロが出るのもまた厄介に思う。
なんて事を考えながら歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「ねえ、なにきょろきょろしてるのよ」
「……?」
振り向いてみると、そこにいたのは白銀の髪の――あの月夜の時に出会った少女だった。
流石に二年も前だったからか、それなりに成長して、随分と綺麗になっている。
髪も頭の両側に少しだけ耳の上の方にサイドアップしていて、残りは全部後ろで結わえているようだった。
「あー……久しぶり?」
「あら、覚えてたの」
クスクスとなにかおかしそうにしている。
手で口を抑えてるから笑いをこらえてるようにも見えるのだが、そういうわけじゃないだろう。
「忘れられるわけないだろ。
あんな出会い方したことないからな」
「私もよ。いきなりグレリア様の名前を名乗るんだから、随分印象に残ったわ」
「それは光栄なことで」
多少おどけて見せたが、彼女はまるで旧友にでも会えたかのように機嫌が良くて、俺の方もかなりホッとしてしまう。
名前も知らない少女なんだが、それでも彼女はこの魔人の地にて唯一知り合いとも言えなくもない人物なのだから。
……それに、彼女はどことなく懐かしい感じがする。
近くにいると不思議と落ち着く。
「それで、グレリア様はなんでこんなところにいるの?」
意地悪そうな笑みを浮かべてわざわざ昔の事をほじくり返す辺り、本当にあの日の……。
ああ、思い出した。
この身体になってはや15年。忘れて掛けてきたことも多いが、彼女は娘の幼い頃にそっくりだ。
思えばあの子も仲のいい子によくそんなちょっかいを掛けていた。
やけに大人の、立派になったあの子の姿ばかりが思い出されていたのだが、そう言えばこういう時代もあったと、胸がほっこりと暖かくなるのを感じた。
「……なによ、気色悪い顔してじーっと見てきて」
「いいや、なんでもない。
それより、なんでお前、こんなところに?」
「お前、じゃない。
シエラ・アルトラよ」
「アルトラ……懐かしい響きだ」
なるほど、と納得がいく。胸にストンと落ちるというのはこういう事を言うのだろう。
アルトラ……それは娘が嫁いだ家の名前だ。
孫が産まれたとき、一人はファルト姓にしたいという娘の願いで、三人いるうちの一人を家で育てることになったっけか。
不意に思い出したせいで呟いたそれは、シエラには意味不明に思えたのだろう。
『何を言っているんだこいつは?』みたいな表情で俺の事を怪しむように見ているのだから。
「変な人ね。
で、その変な人の本当の名前は?」
「グレリ……グレファ・エルデだ」
「そう、よろしくね。グレファ」
グレリアと言いかけた俺のことを『それ以上言ったら殺す』とでも言うかのような殺気を放出していた。
今シエラに機嫌を損ねられると、せっかく得られそうな情報が儚く消えてしまうだろう。
「それで、シエラはなんでこんなところにいるんだ?」
「……別に良いでしょう。そんなこと」
嫌そうな顔で喋る事を拒否するシエラに、俺は少々悪戯心が沸き起こり……彼女が娘の幼い頃とそっくりだというのならとこんな言葉を投げかけた。
「大方、速力強化の魔方陣を初めて使って舞い上がってたクチだろ?
あれは全力で走れば風と一体になれてすごく気持ちがいいからなぁ」
「……」
ちらっと反応を見ると、シエラは一瞬だけなぜわかったというような表情を浮かべた後、バツが悪そうな顔ですぐに顔を伏せてしまった。
なんだ、単純な話、シエラも風になってここまで来てしまったというわけだ。
ある意味俺も同じような状況だったせいか、自然と笑いがこみ上げてきた。
「ちょっと! 笑わないでよ!」
自分の恥を見事言い当てられ、更に馬鹿にされたと勘違いしたシエラは顔を赤くしながら一気に不機嫌になってしまった。
その後、俺の今の状況を説明すると、今度は逆に笑われる立場になったんだが……悪い気はしなかった。
彼女は俺が初めて目にした――確かに生きた『証』のようなものに見えたのだから。
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