第50幕 襲いかかる者

「凍てつけ我が魔力。愚か者を氷漬けにしろ【アイスボム】」


 こっちに迫ってくる魔物の群の上空に向かって氷の塊を打ち出す。

 それはピキピキという音を立てて割れた後、一気に冷気の爆風を全体に広げながら追手に向かって襲いかかる。

 それをものともせずに突っ込み……ある程度の体を凍りつかせながらだが、追う速度に一切緩みはない。

 よくよく見ると鞍やら手綱やら……使役している以上に乗り物として利用している側面が強いようだ。


 やはりそれなりに鍛えている奴らにはこんなふざけた詠唱という魔法ではこの程度か……。


 まるでお返しだと言うかのように狼の魔物に乗っている黒ローブ達が一斉に手を突き出して詠唱魔法を唱え始める。


「「「「「燃えろ我が魔力。雨となって降り注げ【フレアスコール】」」」」」


 一斉にこっちに向けて放たれる炎の雨。

 一つ一つはそれほど脅威でもないだろうが、こうもまとめられてはまるで豪雨。

 こっちもそれ応戦すべく、更に魔法を放つ。


「流れろ我が魔力。壁となって我を守れ【アクアウォール】!」


 迫りくる炎の雨を水の壁が防いでくれるのだが、飛び火したいくつかは馬車の進路方向……正面を炎で焼いていく。

 鎧馬がそれを避けるように移動するため、更に移動速度は下がり……とうとう追ってくる群は馬車の背後についてきた。


「爆ぜろ我が魔力。眼前の敵を焼け【フレアボム】」


 黒ローブの一人が更に魔法を紡ぎ、馬車の一部に炎の球体を当て、爆発を引き起こす。

 爆風に車体が揺れ、足場が不安定になるが、それを堪え、これ以上はやらせないと俺は魔法を紡ごうとして……考えを改め直す。


 このままではジリ貧だ。

 ランドシェイクはこちらも不利になる。

 攻勢に転ずるには攻め手が欠けていて、今の俺には満足に扱える武器もなければ、肝心要の魔方陣も今は展開するわけにはいかない。


「おい! これを使え!」


 馬車の防護窓を開け、大声でなにかを叫ぶ司が投げたそれを急いで掴むと、それは司が使っていた剣。

 正直これほどまで頼りのない武器を手にするのは久しぶりだが、この際贅沢は言ってはいられない。


 少なくとも市販で手に入るものよりはずっとマシであることには違いない。

 俺は剣を握り締め、馬車の上から飛び出すように躍り出る。


「おれの内なる魔力よ。炎を象り、理となせ【ファイアボール】!」


 クルスィの詠唱と全く同じように放たれるファイアボールで援護してくれる司に続いて、セイルやエセルカも魔法で相手の行動を妨害してくれている。

 対して黒ローブの方も負けじと魔法で応戦しているようで、俺への注意が少し散漫になっていた。


 その間に俺は一匹の魔物に飛び乗り、思いっきり狼の首に剣突き立てる。


「ガ、ガアァ……!!」

「くっ……!」


 苦しく濁り、くぐもった声をあげている狼の首からそのまま剣を引き抜き、跳躍するように思いっきり蹴り飛ばしながら、近くの黒ローブが乗った狼に再度飛び移る。

 俺が蹴り飛ばした狼はそのままバランスを崩しながら転げ回り、絶命する。

 黒ローブの方も無事ではなく、ごろごろと転がりながら強かに体を打ちつけたようで、すぐには行動出来ずにいるようだった。


「き、きさまっ……!」

「無駄口を叩いてる暇があるのか?」


 仲間と同じ轍は踏まないと言うかのように剣を抜いてくるが、数瞬遅い。

 そのまま別の狼へと移動するため、思いっきり蹴り飛ばし、移動しながら後ろに左腕を突き出し、前だけを見て詠唱。


「凍てつけ我が魔力。愚か者を氷漬けにしろ【アイスボム】!」


 前回のように空中から氷の爆風を当てるというような生易しいものじゃない。

 避けさせる暇もなく直撃を受けた狼は、黒ローブと共に体が凍り、脱落していく。


 意識はそのまま未だ追跡している狼をしっかり見据えていたのだが、流石に三度目はなかったのか、俺の着地地点にいた黒ローブは手綱を上手く操って狼を移動させる。

 が、そんなこと予測出来ない俺ではない。


「大地を揺るがせ我が魔力。他者の行動を阻害せよ【ランドシェイク】!」


 魔法を唱え、そのまま受け身を取る。

 その刹那、追跡者である狼の魔物・黒ローブは全員急激に揺さぶられた大地に上手く対処ができずにいた。


 出来れば転倒してくれれば一番良かったのだが、流石に訓練を積んできているのだろう。

 足を止めることには成功したが、それ以上の効果は得られなかった。


「ちっ……なら……燃えろ我が魔力。雨となって降り注げ【フレアスコール】!」


 詠唱魔法の良いところは魔力・魔素・言葉……この三つさえ揃えば誰でも扱えるという点だ。

 もちろん俺は魔素なんてものは信じてないし、言葉を紡ぐ意味もあまり見出していないのだが……使えるものはなんでも使え。

 実際使えるのであればそんなことは後回しにすればいい。


「なっ……!」

「バ、バケモノめ……!」


 まさか更に魔法を使うとは思ってなかったのか、そのまま狼ともども火の雨にその身を晒すことになった。

 一度で倒せるとは考えておらず、ニ~三度立て続けに【フレアスコール】を唱え続けた。


 幾度となく降り注ぐ炎の豪雨は、周囲を焼き払いつづけた――。



 ――



 しばらくしてその身を起こした俺は、辺りに動くものがいないことを確認し、一息つく。


 ――その刹那。感じるのはゾワリとした言い知れぬ嫌悪感。

 敵意。殺気……そして猛烈な死の匂い。


 周囲を探るが、少なくとも俺にどうこうできるであろう範囲には誰もいない。

 その事は俺が一番わかっているのだ。だが今感じているこのなんとも言えない不安――


 ――『このまま何もせずに立ち止まっていれば、間違いなく死ぬ』


 その直感を素直に信じた俺は、ほとんど無意識に剣を野原の方から頭を狙える位置に移動させる。

 次の瞬間、体を貫かんとするかすかな光を、俺は幻視した――ような気がした。

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