第48幕 奮闘少年

 グレリアのお陰でなんとか司と喧嘩にならずに旅を続けることが出来たんだけど……どうも納得行かない。

 あいつ、本当に勇者とまで呼ばれるほどの英雄なのか? と疑問を覚えるほどだった。


 現にグレリアが宿を取ってくれている最中に普通に町に繰り出していて……それが一度なら良いんだけど、町に行く度にそんなことばっかりしている。

 どこまでも自分勝手な振る舞いに怒りを覚えるほどだ。


 こういう時、同じように喚ばれたくずはを気遣うのが普通なんじゃないのか?

 彼女は今すごく傷ついてる。

 自分に自信があって、少なくとも英雄として喚ばれた事に責任を感じているようだった。

 それがボロボロに負けたんだ。あんなふうに傷ついても仕方ないだろう。


「くずは!」

「……なに?」


 俺はそのままくずはが部屋の中に入ろうとしたのを見咎めるように声を張り上げて彼女を呼び止めた。

 こういう時、一人でいるべきじゃない。暗い気持ちに余計に引きずられてしまうだけだ。


 最初に宿を取りながら町を移動する事になったときから、くずははずっと元気がなくて、宿を取ったらすぐに部屋に閉じこもってしまっている。

 どうにかそれをなんとかしてあげたかった。


「せっかく初めての町に来たんだし、ちょっと見に行かないか?」

「……行かない」

「そう言うなよ。お前、町に着いても宿にこもってばかりじゃないか。

 たまには――」

「余計なお世話よっ!」


 うつむきながら声を張り上げたくずはは、そのまま部屋の中に入って俺を拒絶するかのように強く扉を締めてしまった。

 怒らせてしまったようだけど……このままじゃいけない。


 だけど……俺もどうすればいいかわからない。

 こういう時、グレリアはどうするんだろう? あいつは俺にくずはを任せてくれると言っていた。

 それは多分、俺だからくずはの気持ちがわかってやれるんじゃないかって思ってるからだ。


 俺もグレリアに瞬殺された一人だしな。

 ただ、違いがあるとすれば……それは最初から負けるかもしれないとわかっている戦いに赴けたか否か、だ。

 例え負けても、死んでさえいなければ、チャンスはまだある。

 勝とうという気持ちさえあれば……再び立ち上がることが出来るんだ。


「そうだ。俺は、あいつに教えてやんなきゃならないんだ」


 そのために、俺がすべきことが……こうなったら、俺の心のままに動くことだけだった。



 ――



 俺は出来るだけ当たりのお店で持って帰れる料理を片手に、どんどんとくずは一人になった部屋の扉を叩いた。


「くずはー、一緒に飯食べようぜ。

 まだ何も食べてないだろう?」

「放って置いてよ! あたしのことなんて!」

「そんなわけにいかねぇだろ! いつまでも悩んでんじゃねーよ!」


 俺は感情的に声を張り上げ返し……思いっきり扉を蹴破ってやった。

 後で弁償とかになりそうだったけど……そんな事関係ない。


 窓を閉め切り、明かりも付けずに部屋の中にいたくずはは、驚きの表情で入り口にいる俺を見ていていたんだけど……すぐに俯いてしまう。


「な、よくもレディの部屋を……」

「いつまでもそんなに暗い気持ちでいるからだろうが。

 お前の気持ち、少しはわかるつもりだけどよ、もうそう悩むな」


 俺の言い方が悪かったのだろう。

 怒りの表情でキッと俺の方を見上げ、その目と言葉は俺に抗議していた。


「あんたに……あんたに何がわかんのよ!

 あたし、何もできなかったんだよ!?

 こんな訳のわからないところに喚ばれて! 勝手に英雄だ勇者だって人のことも考えないで!

 なんであたしが……意味わかんない……」


 今まで我慢してきた色々を全て吐き出すように俺に畳み掛けてくるくずは。

 激流のように吐き出されたそれは、俺のさっきまでの意思を容易く押し流してしまった。


 そうだ。彼女だって女の子で……【英雄召喚】で喚ばれる前は普通の少女だったんだ。


 今までの諦めなければ戦えるとか、俺もグレリアに打ちのめされたから、気持ちがわかるとか……俺の思い上がりだったことを思い知らされた。

 そういう考えこそ、喚んだ俺達がくずはに押し付けた行為だってことに。


「俺もここの人間だからさ……それはわからない。だけど――」

「でしょ!? それでもあたし、頑張ったんだよ?

 帰れないから。勇者として戦わないと、何のために喚ばれたのか訳解んないもん!

 それでもあたし負けたの! 勝てなかったの! いる意味ないじゃん!

 もうやだ……帰りたい。帰りたいよ……」


 ぐずぐずと泣き出したくずはは、いつもの強気な雰囲気なんて無くて、か弱い、勇者だなんて到底思えない姿。

 だから俺はくずはの隣に座って、慰めるように背中をさすってやった。

 俺には、それ以外できなかったから。


「くずは……そんなに嫌ならもう戦うな」

「ぐ、ぐすっ、ぐしゅ、な、なにを……」

「俺がお前の分まで戦う。

 俺はあんま強くないけど、それでもお前の気持ちを背負って戦ってやる。

 だから……無理して戦うな」

「せ、ぜいる゛……」


 涙でぐしゃぐしゃになっていくくずはに、俺は努めて優しい声で彼女の心がこれ以上傷つかないようにそっと触れるように背中をさすり続ける。

 強気で誰にでも噛みつきかねない不機嫌な視線を身にまとったこの子は、本当はとても弱くて不安を抱えている臆病な少女だった。


 もう俺はこの子の事を英雄と見ることはできないのかも知れない。

 だけどそれで良かったんだ。だって、今本当のくずはがここにいるような気がするんだから。


「立ち上がれないならそれまでそばに居てやる。

 戦えないなら代わりに戦ってやる。

 帰りたいなら俺も一緒に帰れる術を探してやる。

 ……居ていい意味が欲しいんだったら、俺がここに居てくれって願ってやるから。

 これ以上、一人で背負うな」

「う、う゛ぁ、うあああ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁっっっ!!」


 そのまま俺に抱きついて泣き崩れるくずはをそっと抱きしめて、気の済むまで泣かせてやることにした。

【英雄召喚】で喚ばれたのは半年前くらいだと、ドンウェルにいた時に聞いたことがある。

 今は流れてる透明で、悲しみの色を湛えた涙で、全部、吐き出してほしかった。


 エセルカ以上に弱くて脆くて……それでも強くあろうとするくずはに、俺は少なからず惹かれてしまったから。

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