第46幕 くずはの実力

 向かい合う二人……なのだが、ヘルガと呼ばれた彼女は、片手にはナイフを握りしめ、腰部の辺りにあるのは……あれはなんだろう? 変な形状の見たこともない物を携帯していた。

 ナイフの方は片刃で、分厚い剣身に峰の部分は凹凸になって、そこの先端がL字になっている。

 いわゆるソードブレイカーと呼ばれる種類のナイフだ。


 対するくずははすらりと抜き放ったそれは濡れているかのようなしっとりとした輝きを放つ『刀』と呼ばれる獲物。

 700年前にはなかった武器で、片刃であり、反りがついているのが特徴なのだとか。


「それ、拳銃? なんでそんなものが……」

「……」


 くずはが訝しむようにヘルガを睨んでいるのだが、対する彼女の方は一切表情を変えず、ただただくずはを見据えているだけだった。

 それが気に入らないのかくずはは眉をひそめて口を少し曲げているようだった。


「話すのも嫌ってこと?」

「……会話をすることに必要性を見いだせない」


 それだけ言って口を閉ざしてしまったヘルガには無機質な感じを抱かざるを得ない。

 言っても無駄というのをくずはも悟ったのだろう。

 彼女は深いため息を一つついたかと思うと、武器を構えて何も言わずに待つことにしたようだ。


 戦闘開始の声と同時に二人共駆け出し、互いに刃を――いや、ヘルガは峰の方でくずはの刀を受けとめ、そのままナイフを軽く斜めに倒したようで、滑るように走らせ、距離を詰めていく。

 あのまま思いっきりひねってソードブレイカーの文字通り刃を破壊するということも出来たはずなのだが、ヘルガはあえてそれをしなかった。


 驚いた表情のくずはに全く意を介さず、刀のつばにナイフの刃が当たった瞬間、体を捻って回し蹴りを繰り出す。

 それに反応できなかったくずはの柔らかい腹に突き刺さるようにめり込み、体をくの字に折り曲げ『ぐぶっ』とくぐもったうめき声を上げてしまう。


 俺はたったそれだけの攻防で驚きに目を見開いた。

 あれは相当訓練を積んだ者の動きだ。

 くずはのあの痛がりようから恐らく、靴の先にも何かを仕込んでいる。


 それでも体勢を整えた彼女は、腹部を抑えながら一度距離を取って追撃をかけてきたヘルガを睨む。

 あの状態では能力も何もあったものではないだろう。

 しかし……いきなりヘルガの姿が消えたかと思うと、くずはの目の前に突然姿を現す。


 これに驚いたくずはは、慌てて攻撃に移るのだが、ヘルガはまたもや峰の部分で受け止められてしまい、流れるように裏拳を放ってくる。

 辛うじて左腕で防いだくずはは痛みに顔を歪め、一度距離を離そうとするのだが、ナイフを斜めに倒し刀に食らいつくように固定されたそれは動かず、それが更にくずはを焦らせてしまう。


 剣同士での戦闘訓練は積んできたのだろうが、ここまで密接しての戦いをくずははしたことがなかったのだろう。

 明らかに自分の有利な距離を封じられ、勇者の能力を使おうとしても鋭い攻撃がそれを拒否する。


 結局、そのままなんの表情も浮かべず、そのままくずはの首を思いっきり握り締め、顔にナイフを当てることで終了。

 完全に一方的。ぐうの音が出ないほどの完敗を喫してしまった。


「そこまでだ!」


 厳かに声を張り上げたロンギルス皇帝の目は、『よくやった』とヘルガを褒め称えているように見えるが、それについてすらなんの感情も現さず――


「――Миссияミッション выполненаコンプリート


 と呟いてさっさと闘技場の一般席に戻ってきた。

 対するくずはは信じられないといった様子の表情で、地面に手をついて顔を伏せてうなだれていた。

 彼女には悪いが……こうなったのは仕方のない結果だったと思う。


 いくら訓練を積んだと言ってもくずはは【英雄召喚】で喚ばれるまでは普通の女の子だった。

 しかし、ヘルガの方は明らかに違う。

 その洗練された動きはよく訓練された兵士以上のものだ。


 くずはでは戦闘経験の差で、明らかに荷が勝っていると言えるだろう。

 前回のソフィア対ヘンリーの時とは違う。負けるべくして負けた戦いだった。


 俺の私見だが、ヘルガは【英雄召喚】で喚ばれた勇者達の中でも随一の能力を持っていると思う。

 仮にヘンリーやカーターが戦ったとしても……ヘルガには勝てないだろうと感じたほどだ。


 姿が消えるほど速くなったのか? それとも本当に消えたのか?

 疑問に思うことも多いのだが、わかる事は『姿が見えなくなる』という一点。

 そして彼女が保有している技術は並じゃない。

 兵士として研鑽を積み、幾度も対人戦を行ったであろう熟練の動きが彼女にはあった。


「くずは……」


 心配そうにそのまま動かないくずはの様子を見守るセイル。

 俺はそれを見咎めるように思いっきり背中を強く叩いてやると、セイルが痛そうにこっちを睨んでくる。

 口では何も言ってないが『何するんだ』と抗議する視線を向けてくる彼に対し、なにをぼさっとしてるんだとため息混じりに言ってやった。


「セイル、行ってやれ」

「で、でも……」

「ここで心配そうに見ているんだったら早く行って慰めてこい」

「グレリア……わかった!」


 言葉で言ってやっと理解したセイルは男の顔つきになってくずはの元に駆けていった。

 全く、世話をかけさせるやつだ。

 あいつは俺に完封された一人でもあるし、今のくずはの気持ちが少しは分かるのだろう。

 だからこそまるで自分のことのように辛い顔をしていた。


 ……そんな顔をするくらいなら、初めっから駆け寄ってやれとも思うんだが、それはまた無粋とも言えるだろう。


 今日の敗北は明日の糧に。

 人間、誰もが敗北の味を知っている。

 今彼らを圧倒している俺だってその例外ではない。


 それでもくずはには、敗北を強さにして先に進んでもらいたいものだ。

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