第44幕 紳士的な彼

「グレリアくん、かっこよかった!」


 戦いも終わったし、ある意味ではカーターとの格付けも済んだ。

 もはや用はないと言わんばかりに一般席にいた二人の方に戻ってくるとエセルカが本当に嬉しそうに手を握ってくれた。


 全く、学園内だったらいつもそういう風に笑ってるというのに、イギランスに行く間もそうだが、外に出たら表情が固くなるのはこの子の悪い癖だ。

 人見知り、というのもわかってはいるがもう少しなんとか出来ないだろうか?


「……どうしたの?」

「ん? いや、なんでもない。ありがとう」


 あまり考えていたら気取られてしまう。

 そう思った俺は、この思考を切ることにして、上の貴賓席の方を見上げてみる。


 カーターがあんまりふざけていたとはいえ、ぼこぼこにしたというのに少し負い目を感じてしまったからだ。

 アリッカルのメンツを潰してしまったのではないか? とアスクード王の方を様子を伺ってみる。

 すると、クリムホルン王と親しげに話しながら俺に興味深げな視線を送っていた。


 こちら側に聞こえないように喋っているみたいだから話の内容は全く聞こえないが、少なくとも悪感情があるようには見えなかった。


「グレリア」


 ふと隣から声が聞こえてきたからそっちの方に視線を移すと、そこにはくずはが感心するかのように俺の事を見ていた。


「くずはか。どうだった?」

「あたしより小さいくせにあたしより強いなんて……なんか生意気」

「俺は鍛えてんだよ。当たり前だ」

「いや、俺も鍛えてんだけどグレリアには敵わないぞ?」


 セイルが『ん?』と疑問に思ってこっちを見ているもんだから、『そりゃあれだ。鍛え方が足りなかったんだよ』という言葉が出そうになり、俺はぐっと飲み込むことにした。

 そんな事を言ってしまえば、更に筋トレに磨きがかかってしまうかもしれない。


 ただでさえ寝起き直後に汗掻いたセイルの姿を見ることになってるのに、これ以上状況を悪化させたくない。


「それでは、次の戦いだが――」

「わたしがやるわ。カーターが情けないところを見せたんだもの。このままじゃ引き下がれないわ」


 そう宣言したのはアリッカル側のソフィアだった。

 満足そうに頷くアスクード王に対し、今度はエンデハルト王が声を上げた。


「ならばこちら側の勇者と戦ってもらおう。ヘンリー!」

「ここにいますよ」


 エンデハルト王に呼ばれたのは少し濃い茶色の髪に、明るい茶色の目をした男性。

 すらっとした容姿をしていて、切れ長の目が冷静さを醸し出していて、その端正な顔立ちからは知的な印象を抱かざるを得ない。

 丸い眼鏡を指でクイッとしている姿など、妙に様になっている。


 スーツ姿の彼は、エンデハルト王に呼ばれ、しなやかにソフィアの方に歩み寄り、右手を後ろに回し、左手を腹部に添えるようにして頭を下げてきた。


「ヘンリー・グリフィスと申します。以後お見知りおきを」

「……ソフィア・ホワイトよ」


 訝しげにその様子を観察しているソフィアだけれども、ヘンリーは涼しい顔でにこやかに笑うだけだ。

 そこにはカーターの時とは違った、大人の余裕というものを感じる。

 思わずああいう大人になりたいものだと思わざるを得ないほどの仕草だ。


「ヘンリー、次はおぬしがそこの女性と戦ってくれるか?」

「――ふぅ、あまりこのような美しい女性と争うのは好ましくないのですが……」

「女性だと馬鹿にする気かしら?」

「そのようなこと、あるはずもありません。

 ただ、私の信念としては女性に手をあげることは極力したくないのですよ」


 寂しげに微笑むヘンリーは本当に嫌そうに眉をひそめているように見えた。


「騎士道精神ってやつね。まさかこんな絶滅危惧種のような男がいるなんて」


 横でぼそっと呟くくずはは、心底珍しいものを見るような目でヘンリーをまじまじと観察している。

 そんな視線に気づいたのか、ヘンリーはくずはの方を向いて微かに微笑み、軽く頭を下げる仕草を取るが、それがソフィアには気に入らなかったのか、ため息と共に頭を左右に振る。


「そういう風に思うのは勝手だけど、だから戦えない、なんて言わないわよね?」

「無論です。これはあくまで私の信念。時に捻じ曲げなくてはならない時もあることは理解しています」


 まっすぐソフィアを見据えるヘンリーの目は全く迷いの目が見られない。

 ここでどうしても女性だから無理と言わないところも評価が高い。

 カーターとはあまりにも大違いすぎて、同じ異世界の人間なのか? と疑問に思うほどだ。


「なんか、異世界にも色々な奴がいるんだな」

「当たり前じゃない」


 妙に感心するようにうんうん頷いているセイルの方を、呆れながらくずはがツッコんでいる間に、ソフィアとヘンリーは闘技場の中心に移動していて、ソフィアの方は軽く準備運動しているようだった。


 どうやらソフィアは大きなハンマーを扱うようだ。柄の方は少々長く、四角い金属の平面からトゲが飛び出しているような武器。


 対するヘンリーの方は実戦に使えるほどしっかりとした作りの細剣――レイピアだ。

 決していやらしい過度な装飾はされておらず、細いが刺突以外の目的でも使えるだけの剣幅はあるそれは、ソフィアの構えたハンマーと見比べるとどうにも心もとない。

 受け止めた瞬間、ポキっと折れてしまいそうな未来が見えそうなほどだ。


 流石にそんなものを【英雄召喚】で喚ばれた勇者に渡すとも思えないし、それなりにしっかりした硬度を持っているものなのだろうとは思うのだが……。


 それも戦ってる姿を見れば全てわかることだろう。

 そう結論づけた俺は、戦いの合図と共に、彼らの動きをしっかり見定めることにした。

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