第35幕 隣国の町
初日の夜を越えて、進んだ旅路はかなり順調だった。
次の日に運転手側の椅子に腰掛け、ミシェリさんに司達勇者の話を聞いたんだが、彼女も実はそんなに詳しくないのだとか。
護衛役が男なのは嫌だという司のご希望で国の中でも選ばれた
くずははどうかは知らないが、それだけでも司が女性に何を求めているのか少し透けて見えて……余計にこの旅路を不安にさせたもんだが、幸いエセルカには話をする以上のことはされなかったからまだ良かったのだが……。
対するくずはの方は少しだけではあるがセイルと打ち解けていたようだった。
初日の夜に交代した時、彼女は少し表情が柔らかかったし、それからも……厳密に言えばだが、司以外には心をひらいているようだった。
そんな風に過ごしながらあまり美味いとも言えない携帯食を食べつつ進んでいくと……とうとう隣国の魔法王国ナッチャイスの町の一つにたどり着いた。
「おー、なんか中国っぽいな」
司が窓の外から独特の屋根や、赤い布がぶら下がっていて、商品名や店名なんかが色々と書かれている。
中国ってのはよくわからないが、異世界からこっちにやってきた司が言うんだ。
ということは、この国も【英雄召喚】で喚び出された英雄の影響を多大に受けている……そういうことだろう。
しばらく馬車で町中を進んでいたが、やがて一つの大きな宿の前まで止まるとミシェリがこちら側の馬車の中を伺うように入ってきた。
「今日はこの町で宿を取りましょう。勇者会合までまだ余裕がありますしね。勇者様方もそれで良いですか?」
「構わないわ」
「おれもだ。こうも馬車に閉じ込められていると体を動かしたくてしょうがないからな」
二人共どうやらこの町に興味津々なようで、視線があっちの店に、こっちの店にとちらちらと目移りしていた。
俺も少し気持ちはわかる。見知らぬ異世界で自分の生きてきた世界に似通った風景。
更にここに来るまでは、外に出るのは朝と昼のわずかな時間と、俺達であるならば見張りをしている時の間だけ。
それ以外は自然と馬車の中で過ごすことになる。
体は硬くなるし、やることはないから風景を見るか喋るか……最悪寝るしかない。
そんな状態からの離脱を望むのは必然だと言えるだろう。
「だったら俺は宿を抑えておきますから、ミシェリさんは司達についていってください。
自由行動も構わないけど、やっぱり護衛がついてないと、ね」
「わかりました。それではこれがお金です。どうぞ」
ミシェリが袋の中身を少々別の袋に渡してくれた。中には……金貨が詰まっている。
というか、これはちょっと多すぎるんじゃないだろうか?
一体何故? というかのように視線をミシェリさんの方に向けると、笑いながら俺にこう言ってきた。
「グレリアさんも宿をとった後……私達が帰ってきてからですが、自由にされていいので、その時に使ってください」
まるで子供にお小遣いを渡してくれるお姉ちゃんのようなノリで渡してくれたが、それでこんなに渡されてはどう反応していいか困る。
「うわー、こんなに……」
「本当にいいんですか?」
「はい。英気を養うのも仕事のうちの一つですから」
そう言われたら受け取らざるを得ない。
結局そのまま金貨を受け取った俺は、宿を取って一人で待機することにした。
最初司が執拗にエセルカを誘っていたが、それを断って俺の方にやってくると、面白くなさそうにミシェリさんを引き連れてさっさと行ってしまった。
本当に欲望に忠実なやつだ。
……というか一人で押すようにミシェリさんを連れて行かれたらくずははどうなるんだと抗議を上げたくなってきたのだが、それをぐっと堪えることにした。
今から追いついて言ったとしてもあまりいい顔はされないだろうし、どうしたものかと思案していると、今度はくずはがセイルを誘っているようだった。
「セイル、エセルカも、一緒に見に行こう」
「おう」
「えっと、あの……」
セイルは相変わらずの元気の良さで返事をしたけど、エセルカの方はどうも歯切れ悪く俺の方をチラチラと見ていた。
その視線を追ってくずはの方は眉がやや下の方に下がり……本人は気づいてないのだろうが、『来てくれないの?』って目で訴えかけてるようにも見える。
少し遠目で見ると不機嫌そうに見えるのが彼女が誤解されやすいところだろう。
ま、仮にも勇者だ。
揉め事が起これば対応できるぐらいには城の方で鍛えられてるだろうし、仮にここで襲撃を受けた場合、責はナッチャイス側にもあることになる。
それに……セイルとエセルカの二人ならきっとうまくやってくれるだろう。
結論を出した俺は出来るだけ笑顔を浮かべて『ここは任せろ』と言わんばかりに頷いてやる。
「俺は司達が帰ってきてから行くから、遠慮するな」
「う、うん!」
そういってようやくエセルカは二人と一緒に町を駆けていった。
……全く、俺から見たらエセルカはリスのような小動物。
くずははまんま寂しがり屋のウサギだ。
それを証拠に、リスの方は目を輝かせて、ウサギの方は実に嬉しそうだ。
本当に動物だったらぴょんぴょん跳ねて喜びを表現してるんじゃないのかな? とか思うほどだ。
司はミシェリさんと。
くすばはエセルカとセイルと。
そして最後に残った俺は、目の前にある宿の手続きに、とそれぞれ動き出したのであった。
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