6 双子の王太子

 王都はごった返していた。

「いよいよブレアが終わっちまうぞ!」「ヘルジェンに占領されたらみんな奴隷にされるってよ」「いいや皆殺しって聞いたよ!」物資や食料は買い占められ、脱出しようとする者で大混乱———


「という事にはなっていないのだな」

 ブレア国王グスタフは生真面目な顔で呟く。

 背筋に緊張をもった、見慣れた父である。言われてみれば少し老いが加速した感じは否めないか。


『陛下は御病床に伏せられています』

 バッシ伯はの言葉は真実なのだろうか。隣の帝国丞相じょうしょうの言葉に耳を傾ける父の姿に、フェルディナントはまだ信じられぬままだ。しかしその伯はもういない。今朝早く、この目で死に様を見届けてきたところだ。


 大混乱しているのは国民ではなく幕僚たちの方である。

 王都は冷静だった。かつて帝国に占領された時、帝国は食料や物資を買い上げ適正な価格で公平に分配した。おかげで物価は急騰せず、農民も商人も市民も飢えることはなかった。


 そして今回も帝国丞相莱雁ライガンが、ダルゲンが攻められた段階で先んじて手を打っていたのである。


 莱雁の政策手腕は巧妙で、絶妙な上げ幅で税金を増やしつつも民を飢えさせない。事実として生活は豊かになっていて、上から押さえつけることなく信仰の自由を認めている。しかしその行きつく先は戦なのだ。


「今回だって、始めから帝国軍が戦えばよかったのに」

 帝国兵はブレア国にも駐留している。しかしダルゲンの敗走で失った1万の兵は、ほとんどがブレア国民である。帝国の為に血を流すことがこの国の正義になってしまったのだ。


 そういう道を選択したのは、他ならぬ父であった。

 バッシ伯がああ言ったからには、先はそう長くはないのだろう。


『私の命と、今日失った1万の兵の命、王都喉元に突きつけられた剣が私からのはなむけです』

 そして大きな背反があると言ったな。伯よ、私にどうせよというのだ。


『父君の選択を正しいものにするのは、殿下次第なんじゃないですか』

 ヴェンツェルといったか。男にしては細身、女にしては大柄で、これまで見たことがない異質な存在。妃の話ではかなりがめつい奴らしい。


 しかし、あの傭兵になぜを問うてから、不思議と体が熱いのだ。

 

 喧々諤々の幕僚たちをよそにフェルディナントがぼんやりと父の姿を眺めていると、無遠慮に扉が開いた。


「軍議に遅れ申し訳ありません、父上。マンフリート、ただいま帰還しました」

 鎧も、薄汚れたマントもそのままに、部屋の奥に座る国王の元へ一直線に進んでいく。


 本人たちは全く別の顔だと思っているが、周囲の皆からは同じ顔だと言われる。フェルディナントとマンフリートは双子の兄弟だった。


「大義であった。よく無事でいてくれた」

 跪いたマンフリートの肩に父は手を乗せる。


「バッシ伯に完全に裏をかかれました。全て私の不徳の致すところです。どうか戦場で挽回させていただきたい。私に出陣の許可をお与えください」

 マンフリートはバッシ伯と共にダルゲンより更に東の前線を守っていた。しかし伯に裏切られ、ヘルジェン軍の侵入を許してしまったのである。


「しかし兵はほぼ壊滅と聞いている」

「いいえ、不名誉な事ですが、食事に強力な眠り薬を盛られて一昼夜眠りこけていたのです。ですから精鋭部隊は無傷です。どうか私に前線を指揮させてください」


「なりません」

 ナイフを突き刺すように、口を挟んだのは丞相莱雁ライガンだ。

 クリスティーナと同じ、帝国独特の茶色い顔。父王の先が長くないのなら、国王よりも発言力を持つと言っていいだろう。


「帝国軍が向かっています。第二王太子殿下には王都を守りつつ帝国の援護をしていただきたい」

「このオレが援護だと? 精鋭部隊は無傷だと聞いていなかったのか」


「聞いていましたとも。しかしいかに殿下が鍛えた精鋭部隊とはいえ、今のヘルジェン軍を打ち破れますかな」

「黙れ、文官の貴殿に何が分かるというのだ」


「確かにダルゲンという補給基地を得たヘルジェンを相手にするのは厳しいな。長期戦に持ち込まれる可能性もある」

 マンフリートの忌々しげな視線をかわし、フェルディナントは続ける。


「陛下、これは決して負けられぬ戦いです。王都を守り抜くにはダルゲン奪還が先決ではないでしょうか」

 

「うむ…。しかし、ヘルジェンも勝負をかけ兵を集めている。ダルゲン攻略に兵を差し向けた分、王都の守備は手薄になるぞ。帝国軍が来るまで耐えきれるか、極めて危険な賭けになるな」


 つまり、ダルゲンは取り返したいが兵は出せない。

 ———ケチだな。

 そういえばまた戦債を大量発行したと聞いた。買い手はもちろん玖留栖クルス帝国で、一体祖国がどれだけ借金まみれなのか、フェルディナントにすらわからない。


「いっそのこと、ダルゲンに放火してはいかがでしょうか…」

 すると幕僚の一人が発言する。兵糧や建物を使えなくするのは、確かに戦法の一つではある。


 しかし「国民の生活を破壊することは許さぬ」と、王に制されては幕僚もそれ以上食い下がろうとはしない。

 口を開いたのはマンフリートだった。


「私もむやみに焼き払うのは反対です。しかし今は国家存続の危機、ダルゲン市民を動員してでも一端を担わせるべきではありませんか」


 ヘルジェン軍がダルゲンに至るまでの路程にある村では、マンフリートの部隊が先回りして焼き払うこともあったという。敵に食料や物資を与えないためとはいえ、苦渋の決断をよく下したものだと、フェルディナントは弟を思う。だが、それと都市ダルゲンでは規模が全く違う。


 それに先回りするからこそ効果があるのであって、既に奪われた街を焼いて、果たしてどうか。

 マンフリートに後押しされて、幕僚たちが再び互いの主張を言い合う。


「国民に一端を担わせるというマンフリート殿下に賛成だ」

「武器もろくに扱えぬ民に何ができるというのだ」

「そうだ、足手まといであるぞ」

「そんな事はない。帝国は征服民を徴兵しているではないか。たとえ訓練を受けていなくとも、集団の力というものがある」


「…そうか、民意だ。それこそが集団の力だ」

 フェルディナントは顔を上げる。


「陛下、萊雁ライガン、私もマンフリートの意見に賛同します。暴動を煽るのです」

「暴動だと?」

 マンフリートは眉を釣り上げてたずねた。


「このままヘルジェンに与するのと、ブレアの手に取り戻すのと、どちらが得なのか国民に選ばせるのです」

 つまるところ、どちらの支配下の方がお得なのか。国民の関心はそこである。それを見事に突いたのが帝国で、属国になるのは損ではないと信じ込ませている。


「今までの生活が保障されないとなれば、暴動は必ず起こせます。例え戦の素人であろうと集団の力は侮れません」

 元来がダルゲンは商人の街で、組合が街を動かしていると言っても過言ではないほど結束力が強い。


「なるほど、あくまで兵力は割かずに、人民の力でダルゲンを奪還しようというわけですか」

 萊雁ライガンはパンと一つ手を叩いた。


「簡単に言うがな、一体誰に、どうやって煽らせるというんだ。市民には先導が必要だろう、誰ができるというんだ。それにダルゲンの門は閉ざされて自由に出入りなどできないぞ」


 マンフリートの冷たい声と目を受けながら、フェルディナントは静かに立ち上がった。

「うってつけのがめつい傭兵がいます」

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