第075話 惨状

 


「この中に……ニールはいませんね」




 酷い状態の遺体が多いが、彼の特徴があるものは無い。


 何よりセイナが言うならば間違いないだろう。




「多分ですが、この遺体は一週間以上前にやられているように見えます。時期的に師匠がこの村に来る前に……」




「ジン、もうすぐ日が落ちるわ。一度戻りましょう」




「ああ、そうだな」




 戻る時間でもあるが、セイナの顔色が非常に悪い。


 一旦休む必要がある。


 葬い気持ちもあるが、事が終わってからにしたい。




 正面玄関から出ようとした時、違和感があった。


 気が滅入って疲れた頭を切り替え、凝視する。




 扉に細いワイヤーが張ってあり、その先には天井に仕掛けてある木箱に繋がっている。


 明らかに罠だ。


 爆薬なのか何なのか分からないが、いずれにせよ玄関を蹴破ったら一発でアウトだった。




 ……気を抜けば、僕もこの死体のようになってしまう。


 いや、僕だけじゃない。カヨとセイナも巻き込んで……それだけは絶対に避けなければならない。




「カヨ、玄関に罠が貼ってあったからもう一度壁を抜けよう」




「わ、罠!?」




「何の仕掛けか分からないが、扉を開けたらワイヤーが引っ張られるタイプだった。カヨとセイナも気をつけてくれ、僕も罠を見破るなんて自信が無い」




「……分かったわ」






 僕らは同じ方法で壁を抜け、村長の家を後にする。かなりの時間を遺体の確認で使ってしまい、外は暗かった。


 夕闇に紛れ、今度は村の正門側から出るルートを取った。




 打合せ通り、僕が先頭で確認しながら手を下げて後ろに制止の合図を送る。




 正門の少し手前に足跡が多数あった。


 地面は深くえぐれ、金属製のブーツよるもの。山村の人でそんなものを履くわけはない。この村を襲った……帝国の連中だろう。


 足跡は不自然に道の真ん中だけを避けている。




 慎重に土を払うと木の板が地面に埋めてあった。




「多分これも罠だ。落とし穴の類で村に入った人ではなく……大きさから馬車を狙ったものだと思う」




「本当に陰険な奴らね」




「……」




 カヨは毒付いてるが、お前も僕を落とし穴に蹴落としたからな。




 いや、蒸し返すのはよそう。落とし穴が地雷になってしまう。










 ……………………










 僕らは雑木林を抜け、バンケッタが待つ馬車まで戻ってきた。


 彼は鍋を用意して帰りを待っていたようだ。


 食欲を誘う匂いのはずだが、先ほどの遺体のせいで食べる気が起きない。




 バンケッタは僕らに気付き、立ち上がった。




「どうだった!?」




「う……それは……」




 セイナに詰め寄り首尾を聞くが、暗い顔で答えれなかった。


 今の彼女には他の事を気にする余裕なんてないだろう。


 代わりに僕が答えるしかない。




「村は何者かに襲われていました。恐らく村の人は殺されたか、連れ去られています。村長の家には十数名の遺体がありました」




 村全体では40人程度の規模と聞いたので、遺体の数が足りない。


 あと殺されていたのは中高年の男女が多く、若い層は無かった。


 それらは連れ去られたか、別の場所で殺されたか、うまく逃げ延びたか。




「なんて事だ……」




 バンケッタは丸太に腰掛け、頭を抱えた。




「……それで息子……ケディは?」




「それなんですが……」




 チラリとセイナの方を向く、彼女も暗い表情をしていた。




「遺体の中に、ギルドの者と思われる人はいませんでした。 ギルド員が派遣されるよりも少し前に、村人は殺されていたと思います。 何よりも村の入口の罠に誰も引っかかっていなかった。 ケディさん達も僕らと同様に村の異変に気付いて、危険を回避できた可能性が高いです」




「じゃ、じゃあまだ生きてるって事か!?」




「ケディさんと一緒に行った斥候の師匠……ニールは、僕なんかよりも優れています。僕でも無事戻れたので、死んでいないと思いますよ」




「本当なんだな!?」




 嘘ではない。けど、可能性の話だ。


 僕もそう信じたいから、出た言葉なのかもしれない。




「まだわかりませんが、休憩を取ってからもう一度調査します。それでバンケッタさんにお願いがあるのですが……」




「俺に出来る事なら何でも言ってくれ!」




 興奮して僕の手を握るお爺さん。


 なぜ手がヌルヌルしてるんだろうか?




「村の惨状をギルドに連絡してほしいんです。村が全滅となれば優先順位も上がって、すぐに上級ギルド員を派遣してくれるはずです。僕らはその間に近くの迷宮を調べます」




「わかった、任せてくれ!」




「遅くとも二日で踏破できる程度の迷宮だと思います。それまでに応援をお願いします。それと、もし村を調べるなら罠が仕掛けてあるので、注意するようにと」




 バンケッタは僕の話を聞くなり、馬車の荷を下ろし軽くし始めた。


 そして「言ってくる!鍋は好きに食べてくれ!」と大声を出して馬車で駆けて行った。




「……ジン、今の話は本当ですか?」




 セイナは涙目で僕の方を見ている。




「ええ、師匠は村の罠にかかってなかったから……」




「そうではなくて、ただでさえ危険な少数の迷宮探索。しかも帝国軍がいるかもしれないのに、私たちだけでは非常に危険ですよ? 応援を待った方はいいのでは?」




「でも、セイナは止めたって一人で行くでしょう?」




「そ、それは……」




「師匠は僕にとっても大事な人ですから」




「私もいるし、いざとなればジンを盾にすれば何とかなるわよ」




 幼馴染から若干酷いフォローが入る。 もう少しマシなセリフがあるだろう?


 僕は仕返しにヌルヌルした手で、カヨの手を握った。




「ちょっ!? 何コレ?」




「分からない。僕もバンケッタさんから付けられた」




「お前!」




 カヨが拳を振り上げた所で、ポロポロとセイナは涙をこぼし、小さな声でありがとうと呟いた。




 カヨはセイナに微笑み、拳を収めてくれた。






 そして鍋をよそって食事の準備を進める。




「ほらセイナ、余り食べてないんでしょ? そんなんじゃ持たないわよ」




「ええ、そうですね。 小さいとはいえ迷宮は迷宮、長丁場になりそうですし」




 涙を擦りながら、彼女は器に口をつけた。




「……からい!!」




 好みの味付けでは無かったようだ。


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