第265話 馬鹿をやるのが男の子

 暗い闇からこそ光がよく見える。

 闇に包まれた密室で息を潜め光り輝き天に伸びる塔を俺は見据えている。

 吐く息の音が良く聞こえる中、俺の胸が震えた。

「俺だ」

『おいおい、こりゃどういうことだっ』

 スマフォからは先程の静謐な雰囲気を台無しにする声が聞こえてくる。

「何があった?」

『何が上層階に注意だ、このタワーマンションの住人全てが敵だぞ。総出でタワーマンションを警備してやがる』

「そうか」

 25階建て20階までの170戸と24~21階の富裕層向け8戸、最上階まるまる占有する最上級用一戸。

 てっきり富裕層向けの上層五階を占領したかと思えば下の住人全てに能力を使って虜にしたか。400人以上はいるだろうに、流石徹底している手抜かりが無い。

『そうかって、やけに落ち着いているじゃ無いか』

「たかが予想より勤勉だっただけのことで驚けるか。

 俺を驚かしたかったら想像外からのカウンターを喰らわせるんだな」

『あんたがいったいどんな修羅場を潜ってきたか、ビンビンに興味が湧いてくるぜ』

「俺なんかより、今のお前の想定内を越えた予想外を楽しめよ」

『わははははっ、痺れる言葉。最高の口説き文句だぜ』

「それで、泣き言を言う為に連絡してきたのか?」

『舐めるなと言いたいが正解だ。流石にこれだけ監視が厳しいと俺でも今夜中に調べ上げるのは無理だ。一日、いや明日の正午まで時間をくれないか』

 約半日か、ならまだギリギリ待てる。

 元々今夜を三カ所の調査に充てて、明日策を練り、準備を整え、夜襲を掛けるのが本来の予定。予定より遅れるがリカバーできる。

 更に言えば、タワーマンション住人全てが敵に回られてしまい内部調査を諦めるのも視野に入る中、それでも半日で終わらすというのは驚嘆に値する。

 以上踏まえて

「却下だ」

 俺は無碍に却下する。

『おいおい、ここは上が怒鳴れば下が破滅へ踊る旧日本軍か?』

「安心しろ、部下の力不足をサポートするのが上司の仕事だ」

 P.Tが語るは無為無策に部下を浪費する俺が最も嫌いな上司のタイプ、幾ら俺が嫌な奴でも無能の奴になるのは我慢できない。

『言ってくれるね~それでどんなアドバイスをしてくれるんだ?』

 此奴は俺を見誤っている。

 俺が口で世界を動かす智将と錯覚してやがる。

「これより支援を開始する。お前はその隙に石皮音を探し出せ」

『支援って、何をするつもりだ?』

 ほう初めて此奴の焦った声を聞けた。

 重畳重畳気分がいい。

「次は見付けたら連絡しろ」

 俺はスマフォを切ると同時にアクセルを踏み込んだ。


 これからすることは合理と計画を旨とする俺としては乱心とも言える。

 その切っ掛けは、最初の調査で2時間巻くことに成功したことで巧遅より拙速の流れが見えてしまった。

 それでもその程度の誘惑では計画を変えやしない。

 だが、更に一カ所調査する必要が無くなり大幅に時間は短縮されてしまった。

 この滝下りのような流れ、しくじれば大惨事だが乗り切れば俺を大海に誘ってくれる。

 この誘惑を断ち切れるのが俺だが、たまには馬鹿になって策なんか捨てて力押しで挑みたくもなるのが男の子。

 路上駐車していて警察へ通報される一歩手前だった軽トラックのエンジンは唸りを上げ、クラッチを繋ぐと同時に俺をシートに押しつけるGを生み出す。

 いい加速だ。

 流石旧車。この加速マニュアルで無ければ出せない。

 監視する刑事共の目を白黒させてタワーマンションの敷地内に減速無しで突入。

 伸びる加速を味わいつつ燃費最悪の重くて丈夫なフレームの真価を発揮させる。軽トラックはタワーマンション一階エントランスにオートロックなど洒落臭いとばかりに自動ドアを砕いて突撃するのであった。




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