第220話 合コン

「く~っビールが旨い。そしてピザも旨い」

 ピザに齧り付きビールで流し込む。品の無いおっさんくさい食い方だがそれでいて気持ちよさを感じさせてくれる。

「さくちゃん本当においしそうに食べるね」

「だって本当においしいんだもん」

 合コンが始まりまずは談笑となり、憎めない可愛さと明るさで千賀地があっという間に輪の中心となった。

 盛り上がっていくだろう。酒もドンドン飲んで潰すまでも無く潰れそうで本来の計画通りなのだが、困ったことに俺の関心は別の女性にある。

 ポニーテールの女からの刺客かもしれない「秋津 葉梨」だ。乱入者であるこの女を見定めなければならない。無関係と言うことは無いだろうが、何処までの関係かは慎重に探る必要がある。ポニーテールの女の変装から仲間、更には俺が良くやるように金で雇われた傭兵までと幅は広い。それによって適切な対処を取る必要がある。

 都合の良いことに俺の前に座っていることだ、簡単にボロを出すとは思えないが出来るだけ情報は引き出す。

 問題は意気揚々と来た千賀地にいつ伝えるかだな、タイミングをとちれば波柴達の余計な介入を招く恐れがある。今回は本当に思惑はなく、仕事を果たす為に対応するだけなのに信用が無いとは悲しいものだ。

 しかしそれが仕事とも言える。今は目の前のことから片付けていくとして、さてどう話題を切り出したものか、ビジネスの話は得意だが意味のない会話は苦手だ。でも幸いここは宴席合コンの場、多少変なことを言っても酒の所為に出来るし、そもそも好かれたいわけじゃ無い、気楽に行こう。

「果無さんは大学何処なのですか?」

 俺が口を開くより先に秋津の方が先に合コンの席とは思えないほどに静かに聞いてくる。

「帝都大学の工学部だ」

「まあ、頭いいのですね」

 絵に描いたように微笑んで褒めてくれる。

「別に、高校時代全てを注ぎ込んでその程度ですよ」

 嫌みでも謙遜でも無い、俺に部活で汗を流したり友達と旅行をしたとか皆が語る青春の思い出は無い。それでこの程度とは凡人もいいところ。同学年には体育会系の部活をしていた奴や青春をエンジョイしていた奴なんて腐るほど居る。そういう奴らこそが頭がいいと言って連中なんだろうな。

 普通の人とずれているんだ人と違った尖った才能が欲しかったが、才能だけは凡人とはつくづくこの世は甘くない。

 嘆いて腐ったところで何もいいことは無い。

 凡人は凡人らしくこつこつと出来ることを積み上げて凡人らしい幸せを掴むしか無い。

「そういう秋津さんは、何処の大学なんですか?」

 焦らずこつこつと会話を積み上げていく。

「私ですか。茶の湯女子大の政治経済学部です」

 一流どころを出してきたな。本当に学生なのかそれとも何か意図があって茶の湯の名前を出したのかただ単に言ってみただけなのか。

 何にせよ今は合わせていくしか無い。

「へえ~凄い。将来は政治家か社長さんか、どっち目指すの?」

 政治経済学部だからと安直過ぎると我ながら呆れるが、ここから気の利いた会話を広げられるスキルはまだ無い。

「目的が果たされるのでしたら手段としてどっちでも構わないと思ってます」

 仕事生き甲斐主義に侵された日本において、仕事手段と言い切れる人間は珍しい。こんな若い女性が抱く目的に多少興味がでてくる。

「目的って何なの?」

「私は世界の人々を幸せにしたいのです。

 その為に私は経済を学び活かしていきたいのです」

 その少女はこんな盛った男と女が求め合う合コンの場にそぐわな過ぎるほどの真っ直ぐな夢を真っ直ぐな目で言い切った。

 普通の合コンでこんな事を言ったら格好の肴のネタだな。

 だが俺は寧ろこの方が話しやすい。

「なら宗教や哲学でも学んだほうがいいんじゃ無いか?」

 どちらも人を内面から幸せにするための方法を模索する。

 神を信じ切れるなら宗教ほど救われるものはなく、俺みたいな我を捨てられない奴ならなら哲学で死ぬほど理屈をこねくり回せばいい。

「その二つを否定する気はありませんが、私は経済がうまくいってこそ人々を幸せにすることが出来る思っています。あなたはそう思いませんか?」

「餓えが無いのは人が幸せになる土台だとは思う。腹が減っていてはありがたい説教も頭に入るまい」

「そうです。全ての人のお腹が満たされ、寒さに震えることが無くなればこの世界にエデンを生み出せます」

 それなら日本の学校は疑似エデンだな。

 飢えも寒さも無い。

 勉学に励み、友と語らい、趣味に打ち込める。

 だが、それでも零れ落ちる奴はいる。

「それはどうかな、人は足るを知らないが飽きるは知っている厄介な生き物だぞ。

 腹が満たされれば、服、服を手に入れれば家、家を手に入れれば女。喰う寝る女の三大欲求が満たされ、一時幸福に浸れても、飽きたと何か別のものを探し出す。

 このどうしょうもない人間の根源をどうにかする方法が無い限り救うなんて夢物語だな」

「その通りですね。

 ですから私は土台を作って、人の話を聞ける状態にするまでです。導きは別の人に託します」

「おいおい、最後は放り投げかよ」

「仕方ありません。私は自分が及ばないことを知っていますから」

 人類救済と途方も無い夢を目指しておいて、妙に夢から覚めた悟った顔で言う。

「最後の最後で他人に自分の意思を委ねるなら、最初から神に委ねた方が手っ取り早くないか?」

 それで成れるなら遠回りをすることはない。

「ふふ」

 秋津は笑う、少女のようにはにかみ。

「何か可笑しい事言いました」

「それでは貴方のような人は救われないでは無いですか」

「!?」

「あなたは目に見えず触れもしない神に自分を委ねることが出来ない人。

 そんな人でも目に見えて話せる聖人なら委ねられると思いませんか?」

 聖人とは最近聞いたような話だな。

「どうだかな、俺は俺であり意思は俺だ。

 誰に出会おうが放棄する気はなく、今までそんな人間に会ったことも無い」

「それは仕方ありませんわ」

 俺を否定すること無く秋津は穏やかに俺を肯定する。

「そうなのか?」

「はい。だって貴方は本当の聖人に会ったことが無いんですから。

 きっと聖人に出会うことさえ出来れば、誰もが、私如きがする土台があろうがなかろうが、きっと導かれることでしょう」

 自分の努力を自分で全否定かよ。

 己がする努力は聖人に依存しきっていないと聖人に胸を張って会う為の自己研鑽に過ぎないというのか。

「知ったように言うが、お前はあるのか?」

「残念ながら。

 でも僅かですが過去の歴史上そういった人は存在していました」

 確かに歴史に名を刻み、確かに人類の心に変革をもたらした者達は居る。彼等のおかげで獣から多少は脱皮出来たのかも知れない。

 それは認める。

「ならこの時代に出会える奇跡だってあると思いませんか」

「まずは聖人が誕生する奇跡が必要だろ」

 そもそもそんな聖人が居ないのなら出会える奇跡だって起きやしない。

 そんな偉大な思想家は何万年と続く人類史の中数えるほどしか居ないんだぞ。どれだけ生まれる可能性が低いのか分かるというもの。

「本当にそうですね。

 ですから私達も微力ながら聖人誕生に尽力するべきだと思いませんか?」

 秋津は首を傾げて可愛く問い掛けてくるが、この問い可愛いものじゃ無い。

 迂闊に応えれば奈落に落ちていく。

「金の力で1000万人集めて、その1000万人がある人を聖人だと言えば、それは記録上聖人になる。

 だがそんな聖人に何の意味がある?」

 一番簡単な作り上げた聖人だ。

「天然ダイヤも人工ダイヤも見分けが付かないで機能が同じなら、人は気にしませんわ」

「確かにな。機能まで同じならそれはもはや偽物とは言えないかも知れない。

 単なる気分の問題だ」

「分かってくれましたか」

「だがそれは机上の理論、言葉遊びに過ぎない。

 怪我を手で触れただけで治すとか、そういった物理的奇跡を起こす聖人のことを言っているわけじゃないんだろ。

 人の意識を変える変革の言葉。そんなものそれこそ真の聖人で無ければ語れない。凡人がどんなに研究しようが語れるものじゃ無い。

 故に偽物は本物となり得ない」

「本当につれない人。酒の席の戯言で認めてくれたら抱かせてあげたかも知れなかったのに」

「君からそんな言葉が出るとは意外だな」

「あら、ここはそういう場でしょ」

「そうだったな」

「貴方真面目な人なのね。

 私達意外と気が合うと思わない?」

「そうかもな」

「なら、もう一つ真理を。

 私達は聖人を作り出すんじゃ無い、聖人を生み出すのよ」

「それは・・・」

「なになに~二人で何盛り上がっているの~。駄目だぞ~抜け駆けは~」

 突然横から割って入ってきた千賀地が秋津に抱きついてくる。

 よりによって、お前が捜査の邪魔をするのかよ。

「そんなことないですよ」

「ならあきっちも一緒に飲もうよ」

 千賀地が秋津を輪の中心に引っ張って行ってしまう。

 千賀地に釣られて年相応俺の前では見せなかった明るい笑顔も披露する秋津。

 さっきのどこかミステリアスな秋津と年相応に笑う秋津、どっちが本当の顔なのか俺には分からなかった。


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