第201話 救世主

「ご馳走様でした」

 ジャンヌが日本人より日本人らしく手を合わせて言いつつ俺を睨む。少しかぶれすぎじゃ無いか。

「ご馳走様でした」

 仕方ないので俺も一応言う。

 ウェイトレスが食器を下げ、代わりにデザートと食後のコーヒーを置いて去って行く。

 さて疑似デートの時間は終わり、ここからが仕事の時間だ。

「仕事の話をしようか」

 俺が言うまでもなくジャンヌも先程までのどこかぽやぽやした顔付きから丸みが削れた顔付きになっている。

 ここからは先程までのジョークを飛ばせる雰囲気じゃ無い。

 オンオフの切り替えが出来るのは実に好ましい。

「まずは私が日本に残った理由からね」

「ああ」

 さっきの話ではセクデスに関係しシン世廻が関わるとなれば柄にも無く緊張に舌が乾く。

「勿論貴方の傍にいたかったからよ」

 ジャンヌは告解するかの如き深刻な顔と口調で告げてくる。

「それは光栄だな」

 コーヒーでも飲むか、乾いた口の中にコーヒーが香りを纏って染みていく。いい豆といい焙煎だ。

「張り合いの無い」

 さらっと流した俺にジャンヌは不満そうに横を向いて溜息一つ。

 ここで俺が顔を真っ赤にでもして取り乱せばご期待に応えられたのか、悪いが俺はそういうノリにノレない男なんだ。

「アランから手紙が届いたのよ」

「手紙?」

「自分に危険が迫っているのを悟っていたみたいで、自分に何かあったら私宛に送付するように手配していたみたい」

 心なしかジャンヌの声のトーンが落ちている。

「そうか」

 伊達に棘ある薔薇と行動を共にしていたわけじゃ無い。この一件から見ても相当優秀な男だったんだろうな。俺は生前には会ってないが、空港で会った感じでは明るくイケメンでコミュニケーション能力に優れる人生の勝ち組だったな。

 ジャンヌの恋人だったのだろうか?

 そう言えば今使っている銃はアランの遺品だったな。この銃でジャンヌの役に立てば供養に成るのか、それとも嫉妬で怨霊と化すのか

「アランはヨーロッパでセクデスの動きを追っている内にシン世廻とセクデスの間を取り持つ組織があることに気付いたみたいなの。

 それが世界救済委員会」

 何度聞いても、ここが剣と魔法の世界で魔王にでも狙われているのでもなければ釣り合いそうも無いご大層すぎる名前だ。

「巫山戯た名前だが、何を目的としている組織なんだ? 世界征服でも狙っているのか?」

「その名前の通り世界の救済が彼等の目的よ」

 ジャンヌは別に悪意も他意もなく素直に答えているだけ。

 そうだよな。世界征服を狙う悪の組織も世界平和の為という。どんな悪党でも意外なことに悪を行うためと公言することはあまりない。

 聞き方が悪かった。

「どんな手段で世界を救済するつもりなんだ?

 地道に孤児院に寄付とかしているのか?」

 だとしたらもう放っておけばいい。何なら寄付してやってもいい。

 まっとうにアメリカ大統領になって世界を救うなら、俺はお呼びじゃない。

 まっとうに世界を経済支配して世界を救うというのでも、俺はお呼びじゃない。

 魔の力を使って世界を支配して世界を救うというので、多少は俺に出番がある。

 救済の仕方が重要だ。

「今世界は行き詰まっているわ」

 いきなりジャンヌは予言者のように厳かに告げる。

 神に愛された造形をしているジャンヌが凜々しく言えば、そうなのかと思ってしまいそうになるカリスマの風が吹く。

 これも一種の魔なのか、俺は飲まれないように屁理屈でも口を開く。

「中世の世界に比べれば天国みたいなもんじゃ無いのか?」

 何のかんの言っても世界は科学の恩恵を受けている。だからこそ多少収穫が落ちてもいいと無農薬有機野菜とかいう道楽もやってられる。

「科学がもたらした恩恵で豊かに成った代わりに人はその心から神を失ったわ。

 故に人は迷いあてどない不幸を作り続ける」

 これは世界救済委員会の題目なのかジャンヌの本心なのか、俺には分からなくなってくる。

「そうか? 昔の方が戦争していたと思うが」

 その神の巡ってどれだけの血が流れたか?

 まあ今も流れているか。

「そうね。

 神を巡る戦争は減ったかも知れない。

 でも代わりに人のエゴはもっと露骨に浮き上がってきたわ。

 彼等はこの時代の不幸に見舞われた人達。

  ある者は異常気象で家族を失い。

  ある者はマフィアに愛する者を皆殺しにされ。

  ある者はエネルギーを求めた人々の代償に故郷を毒に犯された。

  ある者は薬の実験台にされた。

 全て神を失い傲慢に成った人間がもたらした厄災」

「そうか、そんなの昔からだろ。

 昔も今も人間は変わらないだろ。

 神がいても科学が進んでも人の精神は変わらない。

 人の心が神や仏と成熟するなど、ありえない。

 個人で行き着く者は希にいるかも知れないが、人類全ての精神がアップグレードされる日は永遠に来ないと断言してやる」

 逆に言えばアップグレードされたことが無いんだから、古来より人の心は下劣なままよ。

「人の精神のアップグレード。それこそまさに世界救済委員会の悲願。

 神を失い行き詰まった世界を救済する為には、かつて救世主がもたらしたような世界の変革が必要だと彼等は思い詰めた」

「人の精神が変わっただと、そんなことが・・・」

 俺の言葉を確信に満ちたジャンヌの言葉が切り裂く。

「かつて人は救世主により何度かアップグレードされている。

 人が救われるには人を喜びたらしめる欲を捨て去るしか無いと諭したように。

 人間に近かった神々を排除し超越した唯一の神をもたらしたように。

 神への絶対服従こそが人の傲慢をへし折り幸せにするとしたように。

 その他救世主により数々の精神の転換が為されたように、今この科学が発達した時代に合った指針を示す者、救世主が必要なのよ」

 うまいものを食べて寝ていい女を抱く、果て無き欲を満たすことは不可能ならば捨て去ることこそ幸せと悟って人類は変わったのか?

 触れて語れる神々は消え去り、永遠の先にある絶対の善。その概念を得て人類は変わったのだろうか?

「まあ頑張って救世主が天から遣わされるのを待ってくれとしか言えないな」

 いるなら会ってはみたいが、俺は他人を待っている趣味は無い。

 救いは己からのみ表れる。

「彼等は救世主を望み、神に祈るのを辞めた人々。

 彼等はもう待たない、自らの手で救世主を生み出そうとしているわ」

 待たないまでは俺と同じだが、その後が180°違うな。

 結局他人を頼るのかよ、そんなに自分を見限るか。

「自らの手で?」

 救世主の養殖? 各地に残る救世主の異物から細胞を見つけ出しクローンでも作るのか? だが遺伝子が同じでも経験が違えば救世主には成らないだろう。

 犬や馬みたいに優れた人間を掛け合わせていき、人を超えた遺伝子を持った人間を生み出すか?

「救世主とは神に愛された才能を持ち、神の試練を乗り越えた者が辿り着く極地。

 だから彼等は神に愛される者を探し出し、彼等が試練を与えることで救世主を生み出そうとしているわ」

「見込まれた方はたまったもんじゃ無いな。

 自分達が救われるためなら誰かを犠牲にしても構わないと考え自体が傲慢じゃ無いのか?」

 試練と言えば聞こえはいいが、そんな連中が考えた試練など碌なもんじゃ無いだろ。

 折角才能を持って生まれたのに、その才能が故にキチガイ共に目を付けられるとは人生が何が禍いになるか分からないな。

「私もそう思うけわ」

 今まで彼等の代弁者の如く語っていたジャンヌがきっぱりと決別を告げた。

 他人の犠牲を良しとしないジャンヌに知らずほっとしてしまう。

「けど彼等はそう思わなかった人々。この世界を救うためにはしょうが無いと割り切っている」

「一種の狂信者か」

「そうね。

 アランの残してくれた情報に従いこの国で調査を開始した私は世界救済委員会のエージェントの一人を突き止め追跡を始めたところで貴方に再会したの」

 とんでもないな。

 その話の通りなら、あの男に出会ったのは偶然じゃ無く必然に成ってしまう。

「貴方が今思った通りよ、今回の事件の犯人を世界救済委員会は救世主候補になるか見極めようとしている」

 俺の顔色から思考を読んだジャンヌが言う。

「あんなところを彷徨いていたところを見ると、エージェントの方でもまだ犯人を見付けられて無いということか」

 俺同様手掛かりを求めていたと見ていいだろう。

「幸か不幸かね。

 あなたがこの事件を追えば、世界救済委員会エージェント「殻 笑斗」と嫌でも再会することになると思うわ」

「したくないね」

 キチガイには関わらない。それが人生幸せに生きる基本。

「貴方には犯人を引き続き捜して欲しいわ。

 殻より早く犯人を見付けて欲しいの、そうすれば殻に対して先手が取れる」

 なんだかんだで外国人であるジャンヌではこの国の活動はしにくいだろう。現地人を見繕うが賢いやり方で、その見繕われた現地人が俺か。

「ジャンヌは何をするんだ?」

「貴方の護衛をしてあげる。

 こんな美人とデートも出来て光栄でしょ」

 ウィンクしてくる笑顔に照れも虚勢も無い、本気でそう思ってやがる。

「それは嬉しいな。だが足りないな」

「あら私じゃ不足だと言うの?」

 ジャンヌは心外そうに言う。

「護衛じゃ足りないな。

 俺の完全指揮下になるというなら手を組んでもいい」

 ジャンヌは可愛く優秀なのは認めるが、同時にトラブルメーカーでもある。

 ジャンヌは天性の才能で自ら引き寄せたトラブルを片付けていけるだろうが、付き合わされる凡人はたまったもんじゃ無い。

 手綱は絶対に握る必要がある、例え引き寄せるトラブルを片付けるのが一番の近道だとしてもだ。

「はあ~貴方も男なのね。そんなに主導権取りたいの?」

 主導権を取ってぐいぐい男らしく引っ張りたい出なくブレーキを掛けたい。

「そうで無いなら俺はこの事件降りる。得体の知れない組織となんてやってられるか」

 降りたと思わせて俺はジャンヌをマークする。ジャンヌが障害を片付けてくれた道を歩かせて貰う。

「わかったわ。

 この事件貴方と組むのがベストだと私の勘が告げているの。事件の間は貴方の忠実な相棒になってあげるわ」

 笑顔でジャンヌは右手を出してくる。

 微妙に相棒という言葉が引っ掛かる。日本語を知らないだけか? ここは部下だろ?

 忠実な相棒って微妙すぎるニアンスだ。

 だがここがジャンヌの妥協点な気がする、これ以上踏み込めばジャンヌの方が立ち去りそうだ。

 凡人に妥協無くして先には進めないか。

「よろしくな」

 俺はジャンヌの手を握った。

「ふふ~ん、よろしくね相棒。

 あっ断っておくけど恋人じゃないからベットのお誘いはNGよ」

 全くジャンヌのジョークは笑えない。

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