第199話 薔薇の棘

 俺は大通りへと続く細い路地を再び歩き歩きながら思考する。

 あの男は何だったんだろう?

 ここで会ったのは本当に偶然なのだろうか?

 ないな。

 なら俺を狙って待ち伏せしていた?

 ないな。

 あの感じ演技じゃない。たまたま見られたから始末しようとしただけか。

 俺で無くあそこにいた理由、波柴の馬鹿息子が目的なら警察病院に行く、そっちじゃないなら目的は俺と同じか?

 そうなるとやっかいだな。犯人を追いかける過程でまた出会う可能性が高い。あんな手は二度と通用しない。今回は旋律士の他に護衛を雇わないといけないようだ。

 費用が嵩むが、そんなのは五津府と波柴に請求すれば済むこと。だが、この任務絶対に失敗出来なくなる。

 二連続失敗では俺の評価は駄々下がりはいいとして、二連続経費未回収では致命的な財務状況になる。退魔官は破産申請出来るのか? 個人事業であり公務員でもある半官半民は、こういう時に困る。

 いっそ費用が掛かる前に手を引くのも一考に値する。任務失敗だけなら首だけで済む。職を失い借金も背負うでは洒落にならない。

 どうしたものか? 

 悩む俺の視界に影が過ぎる。

 敵と身構える俺の前にジャンヌが舞い降りた。

「逃げられたわ」

 ジャンヌか。身構えた体から力が抜ける。これがあの男のお礼参りだったら、結構危なかった。今日はただでさえ朝からハードなんだ、これ以上の過重労働を強いるというなら追加料金を払って欲しいぜ。

「そうか」

 俺の関与しないところで揉め事のタネが摘まれるなんて都合の良いことは無いか。だが別に期待していたわけでもないので、残念でもない。

 俺の人生なんてこんなもの、厄介ごとは自分で片付けるしかない。

「残念がることは無いわ。貴方と私が組むんですもの次で捕まえるわ。

 早速どこかで打ち合わせしましょ」

 そんなに俺は残念そうに見えるのか? 見えたということは俺は自分で思っていた以上にジャンヌに期待していたのか、ジャンヌが俺がジャンヌに期待していると幻想を抱いているのか。

 まあどっちでも結果に影響は無いのでどうでもいいが、この女の中では俺と組むことが確定になっていることが気になる。確かに助けて貰ったが、それでジャンヌに協力するとは言ってない。

「なに? 置き去りにされたことを拗ねてるの?」

 俺が少し考え込むとジャンヌがおもちゃを見付けた猫のような笑顔を俺に近づけてくる。

 鼻息が触れるほどなのに肌に粗が見つからない。却ってシルクのような滑らかさを見せ付けられてしまう。

 触れたらしっとりと馴染みそうな魅力に少しジャンヌに女を意識してしまい、視線を逸らしてしまう。

 そんな様を見せてしまいジャンヌは益々誤解していく。

「そこはしょうが無いじゃ無い。人にはそれぞれ得手不得手があるのも」

 慰めてくれているようだが、そもそもが拗ねてなどいないんだが。

 だがそれは俺が思っているだけで、端から見れば置いていかれて拗ねている子供のように見えているのか?

 まさかな。

「私は貴方の得手の方に期待しているわよ。

 こんなところさっさと立ち去りましょ」

 ジャンヌは俺の手を取ると引っ張っていく。

 流されいるがまあいいか。あの男について情報が欲しかったところだし、うまくいけば護衛を雇う経費が浮くかもしれないしな。

 しかし、この娘は人を過剰に信頼する傾向があるな。そして持ち前の明るさと行動力でグイグイ人を引っ張る。

 ジャンヌは清く気高く美しい。

 アイドル、旗頭としてこれほどの人材はいない。きっと今までもジャンヌに憧れ付いていこうとした者達は掃いて捨てるほどいたのだろう。

 だがジャンヌは美しいだけじゃ無い、気高く美しい薔薇に棘があるようにジャンヌにも天才という棘がある。

 一所懸命に付いていこうとした凡人いや秀才達のどれだけが棘に自尊心を剔られ去って行ったんだろうな。

 さっき俺も置いてけぼりにされたばかりだ、その気持ちは容易に想像が付く。だから、別にその連中を非難するつもりは無い。

 人は無理なものは無理なのだ。

 都合良く覚醒などしない。

 諦観して一歩下がるか潔く去るしかない。

 どちらを選ぶかは個人の自由、厄介なのは嫉妬して足を引っ張ろうとすること。

 嫉妬は醜い。俺も棘に刺されて心が血だらけには成りたくない。

 だが、彼女ほどの天才を前にしてただ去るのは子供過ぎる。

 汚い大人で無ければ生き残れない。

 俺みたいな心の壊れた男が、自尊心を適度に保てて利益を適度に得られる距離を掴み取れるのだろうか?

 無理だろうな。

 そんな絶妙な人間関係が構築出来るのなら心が壊れたりしない。壊れた心を利用して利益に重心を置いた距離感で行くしか無いか。

「そう引っ張らなくても逃げはしないから」

「ほんと」

 振り向いたジャンヌがチラッと見せてしまった顔、俺の先程の妄想があながち被害妄想だけで無いことを感じさせてしまう。

 天才と変わり者は紙一重、どちらも孤独に陥りやすい。

「少しは俺に華を持たせてエスコートさせてくれ」

「もう、しょうがないな~。意外と男の子なのね」

 ジャンヌは手を離して、弟を甘やかすように言うなら弟気分で甘えましょ。

「まずは昼でもご一緒して貰えますか?」

 情報料代わりに、まずはこのケチな俺が奢ろうという。

「いい女をエスコートするのに相応しい店にしてよね」

「分かってますよ、お姫様」

 言われるまでもなく、ある程度周りに会話を聞かれる心配の無い店で無いといけない。そうなると必然的に高い店になるが、多少の出費は仕方ない。

 ちょうど狭い路地裏から出ると俺はジャンヌの横に立って一緒に歩き出すのであった。

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