第196話 犬も歩けば
資金はあるが、最初から人を顎で使うようなことはしない。俺はドラ息子が倒れていたという現場に向かっていた。
今後の方針を決めるためにも事前調査というか現場は一度自分で見ておく必要がある。初動をとちると碌な事は無い。明後日の方に進んでしまうと引き返す分を合わせて労力が倍掛かる。正しい方向に走り出すため、最初の情報だけは自分の足で稼いで肌で感じ取る。 偉そうに後ろに控えるのは、方針を決め、人を配置してからだ。
俺は歩いている。ビルとビルの谷間に意図せず生まれた迷路のような道、日の光は遮られ下には生ゴミが散乱し少し据えた臭いが漂う。犯罪者か探検好きでも無ければこんな道を好んで通ろうと思う奴はいないだろう。
波柴の馬鹿息子はここで何をしようとしたのか?
こんなところに今更手掛かりが落ちているとは思っていない。俺は現場を歩きながら事件を想像していく。
波柴の馬鹿息子はここでおいたをしようとして返り討ちに遭った。もしくは正義の味方が表れて倒されたか。
復讐者に追われてここに逃げ込んだとは考えにくい。波柴の馬鹿息子にしてみれば、馬鹿親父がいるんだ警察に逃げ込んでしまえばいい。
そうなると、波柴の馬鹿息子の獲物となった人がいるはず。其奴を見つけ出せば何があったか直ぐ分かる。その日の波柴の馬鹿息子の行動を辿れば見つけられないことはないだろう。
この程度、あの切れそうな黒田が思い付かず行っていないとは考えにくい。地道で時間は掛かるだろうが、組織力を活かせばいずれ答えに辿り着く。
結論として、この方面の捜査は果報は寝て待てで、俺は何もしないで結果が出るのを待てばいいとなる。組織力の無い俺としては、そこから動いた方が無駄なく早い。
まあ金は貰っている。働かないわけにはいかないが、こういう時には奇抜なアイデアより地道な人海戦術の方が最後には結果が出て早いことはままある。奇策など所詮金が無い奴が行う苦肉の策、王道には勝てない。どうしようも無いなら仕方ないが、今回は黒田に頭を下げてしまえば済む簡単な問題。今日一日別アプローチで結果が出そうも無ければ、待機一択とさせて貰うか。
もしかしたら、ファンの隠し財産を探す暇が出来るかもしれないな。
最善策は成った。気が楽になったところで、今は仕事に集中しよう。
ここは入って直ぐに道は入り組み大通りからの視界からは遮られる。波柴の馬鹿息子はそんな道の行き止まりで倒れていたという。
通報があったというが、誰が見付ける事が出来る?
誰もいやしない、当事者達以外にはな。
通報者は、獲物なのか正義の味方どちらなのか?
どんな奴だ?
あの状態でこんなところに放置されたら、遠からず死ぬことに成るだろう。
それは流石に可哀想と思って通報した、甘い奴なのか。
簡単には死なせない少しでも長く苦しめと通報した、正義に燃える奴なのか。
可能性は低いが、生きて罰を受け悔い改めることを期待する、善人なのか。
巡るめく思考に浸っているうちに、狭苦しい道は開け、まるで人生の縮図のような四方をビルに囲まれたどん詰まりに辿り着いた。
土地の割り当てミスかぽっかりとそこそこ広い空間が空いている。
そして一人の男がいた。
横顔を見るに三十路くらい、長髪を後ろで束ね少々垂れ目でニヒルな感じ。
さて、此奴は何だ?
黒系のスーツを着こなしているが、迷い込んだ営業サラリーマンには見えない。
辺りを調べていたようにも見える。
また犬も歩けば棒に当たるかよ。
危ない橋は渡りたくないが、どうせ向こうも此方に気付いて出方を伺っている。こんな奴に背中を晒すのも恐ろしい。
正体を突き止めたい、こういうときに便利な言葉を俺は知っている。
「警察だ。そこで何をしている」
そう俺は警官。不審者に声を掛ける権利、寧ろ声を掛け無ければならない義務がある。
男はゆっくりと映画の俳優かのように優雅に両手を挙げて此方の方を向いてくる。
「冒険心が疼いて入ってしまっただけの子供のような大人ですよ。
それより貴方の方こそ、本当に警察ですか?
すいませんが警察手帳とか見せてくれませんか」
いきなり銃で撃たれるとか警戒していたが、男は意外なほど朗らかな笑顔でまっとうな対応をしてくる。今の俺は防刃防弾耐熱耐薬と現代の鎧ともいうべきコートを羽織っていない。前回の事件で消失してしまい補充出来ていない状態だ。このまま何事も無く終わってくれた方がいい。
警察手帳は表の役職の方を携帯している。警察と名乗ってしまった以上見せないわけにはいかないだろうな。
俺はスーツの内ポケットに手を入れると手帳を出して男の方に提示した。
「ここは薄暗くて、よく見えませんね」
男は警察手帳を確認しようと自然に近寄ってくる。そして顔を近づけて警察手帳にある写真と俺の顔を交互に確認した。
「本物なんですね。私服ですけど刑事さんですか。しかも警視!? 大学生くらいに見えるのに、キャリアですか」
笑顔を浮かべつつ話し掛けてくる男、左腕に痺れが走った。
「何のつもりだ」
俺に才能は無いが命を賭けた実戦で磨き上げた本能が反応した。咄嗟に受けを取った左腕に男の右手が回り込むように絡みついている。
くっ、なんだこの打撃は正面からなのに防御しなかったら後頭部に打撃を受ける軌道を描いていたぞ。
「おや~、ちょっと眠って貰うつもりだったのに日本の警察にこんな手練れがいるとは驚いた。
刑事さんガリ勉のキャリアじゃなかったんですね」
変わらず笑みを浮かべたまま。いや間近で言葉を交わして肌で感じれば分かる。何て此奴の笑顔は乾いているんだ。まるで、俺がいい人を演じるときに被る仮面のようだ。
男は乾いた笑顔を浮かべたままに、右手を引くがままに左手の手刀を突き込んでくる。
これは読めていた。難なく躱してカウンターを放とうとした俺の足の踏ん張りが消えてしまった。
!?
体勢が崩れ背面に倒れていく。奇襲的に足が払われてしまったのだ、意識してなかっただけに簡単に崩された。
手刀と足払いの同時攻撃、蟷螂拳に似ている。
っと考えつつも俺の視点はドンドン下がっていき、見上げる男の振り上げる拳が見える。あれを喰らったら拙い。喰らったら、そのまま地面に後頭部を叩きつけられる。
迫り来る拳、やけにくっきり見え指毛すら数えられる。
死を意識した所為かゾーンに入ったのか、迫り来る拳がやけにゆっくり見えるが、俺の体が相対的に早く反応することは無く、自分の体はもっとゆっくりと感じる。
もはや出来ることは一撃を覚悟することだけだった。
ドサッ
だが拳の追撃は来ず。俺は何とか受け身を取って地面に落ちた。
一体何が?
「おやおや、おっかないお嬢さんですね」
男は俺を潰すはずだった手でスローイングナイフを掴み取っていた。
そして男の視線の先。
こんな薄暗い路地裏でも太陽のように輝き翼のように広がる金髪の少女、ジャンヌがいた。
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