第191話 光を守れるのは闇

「邪道は所詮邪道と教えてやろう」

「くっ」

 万全の構えを取る俺を前にして、スタスタと無造作に歩いてくる。

「舐めるな」

 敢えて器用な右腕を前にした威力より勝負を制するスピードとテクニックを取った構えからの右ジャブだったが、連打する間すら与えられず鰻でも掴むかのようにぬるりと会計士が間合いに入り込んでくる。

 飛び退くか、と判断したときには視界一杯に会計士の背中が目に映る。

「がはっ」

 ダンプカーにでも跳ねられたような衝撃に俺は後ろに吹っ飛ばされていた。

 何が何だか。

 理解が追い付かないままに空と地面を交互に見る羽目になる。

「こなくそったれ」

 地面を手で叩きその反動で何とか立ち上がる。

 怪我の功名、痛み止めを飲んでなければ今の一撃で気絶していたかも知れない。顔を上げ前を見れば足裏が迫ってくる。

 起き上がって直ぐさま地面にダイビングして再び転がっていく。

 取り敢えず距離を取ろうと無様だろうが地面を転がっていくが、やがて何かに当たって回転は止まる。

 中央にあった大木か。

 俺は起き上がって、本能のままに直ぐさま大木の裏に回り込む。

 ドスンッと鈍い音が響き渡る。

 大木が折れるんじゃないほどの衝撃に木が揺れているうちに俺は走って間合いを取る。

「はあ、はあ」

 ここで初めて俺は振り返り様子を確認する。

 大木に突き込んだ拳をゆっくりと戻し、会計士は俺に視線を向けてくる。

 あの衝撃。そんな威力の拳を大木に叩きつけて拳は平気なのか? それに最初の一撃。最近の格闘技にない動き、八極拳の技に似ている。

 また見誤ったというのか。

 所詮取り入る悪魔と思えば、俺とは比較にならない功夫を積んでやがる。頭脳だけでなく武術すら俺の遙か上を行くというのか。

「どうした、我流の神髄を見せてくれるんじゃなかったのか?」

 悔しいが言い返せない。一連の流れで俺はほとんど何をされているか動きを掴めていない。ただ無我夢中、本能に従い必死に逃げていただけだった。

 会計士は大木を背にして俺に向き直る。

 振り出しだな。

 だが振り出しに戻っていないこともある。


 例え相手が遙かに強かろうが。

 相手が人間なら。

 相手が一人なら。

 嵌め技一回でお釣りが来る。

 

 刻み込まれた恐怖に抗い俺は会計士を睨み付ける。

「見せてやるぜ。我流奥義 葉散忍芽」

 右足に体重を掛けたままに腰を極端に落としていき、左足の前に伸ばす。空手の後屈立ちにも似た構えだが、あれより更に姿勢が低い。

 さっきと逆、右拳の一撃に掛ける構え。

「なんだ?その構え」

「吹き荒れる嵐に例え葉が全て散ろうとも忍び再び芽を咲かせる。

 名付けて、葉散忍芽。

 俺の人生にピッタリの技だろ」

「ふっ」

 会計士は俺の覚悟の構えを鼻で笑う。

 アニメや映画に見慣れた者なら意外と様になっていると思う構え。

 格闘技を正統に学んだ者から見れば失笑ものの構え。

 我流邪道の嵌め技よ。

「面白い。私の攻撃を耐えきって見事反撃してみるんだな」

 前回同様スタスタと無造作に此方に歩いてくる。

 前回同様だが、前回にあった俺への警戒が薄らいでいる。此奴は達人レベル、達人レベルが故に例えここで俺が銃を抜いたところで勝てないほどの実力差を見切ったのであろう。

 ここしかない。

 右正拳突きを放つ。右足に溜めた力が左足に流れるように連動し腰が捻られる。

 全ての力が螺旋に捻られ増していく。邪道の構えながらも空気を切り裂く音が響く拳が前に突き出さた。当たれば威力はあったのかもしれないが会計士は突き出された右拳の遙か先、それこそ漫画みたいに衝撃波でもでなければ全く意味が無い。

 俺は突き出された右拳に親指を立てて、180°返した。

「?」

 俺の一連の行動にほんの一瞬だけ会計士の思考に虚が忍び寄り、その背に大木の上から音もなく降下してきた黒い物体がしがみついた。落下の勢いのままに滑空した勢いをぶつけられ、流石の会計も立ってられず地面に倒れる。

「なっなんだこれは?」

 会計士の背中にしがみついているのは黒い大型リュック大の物体で、四枚のプロペラと昆虫の様な足を持っている機械。

「ドローンだ。俺が予め大木の上で待機させておいた」

「ドローンだと!? お前、我流の技で・・・」

「なにが我流の必殺技だ。何が葉散忍芽だ。馬鹿らしい。少年漫画かよ」

 会計士の問いかけを俺はばっさりと切り捨てる。

 こんな馬鹿らしい口上を述べたのも雰囲気を盛り上げ会計士を舞台で気持ちよく踊らせるため。男の子は好きだよな~こういう浪漫。

 最初に対峙したときにはピリピリと張り詰め背後ですら無かった隙。俺の実力を見切ったが故に生まれた僅かな緩みを突かせて貰った。

 弱者故に掴み取れた勝機とも言える。

「待機させていただと?」

 地面に転がされ屈辱に歪み憎しみに満ちた目を俺に向けてくる会計士、幾たびの人間を破滅に追い込んできた悪魔にしては人間らしい。

「ああ、読んでいた。ここいら辺一体の地図は頭に入れてある。お前が尾行に気付いてここに俺を誘い込もうとしていると読んだ時点で先回りさせた」

 ハッタリだ、俺の方が上回っていると思い込ませる為の。本当は誘い込まれている可能性があると思った時点で、三機をそれぞれ別の場所に先回りさせておいた。ここをピンポイントで予測したわけではない。宝くじが運良く当たっただけのこと。

「弱者は生き残るために必死なんだぜ。強者と違って浪漫も誇りもない、卑怯だろうがやれること打てる手は全て使う」

 米軍で採用されつつある軍事用ドローン。自分は安全地帯にいて一方的に虐殺出来る合理的兵器に俺が目を付けないわけがない。

 俺が作った此奴には流石にミサイルやライフルは装備されていないが、プロペラの静音性に気を遣い、火器の代わりに胴体に昆虫のカブトムシのような足を取り付け、一度しがみつかれたら生半可な力じゃ振り解けないようにしてある。

 更には多分ばれたら人道的に問題あるとかで非難されそうなAIを組み込み。ある程度命令しておけば独自判断も行ってくれる。

 今回は指差しでターゲットロック。サムズダウンでゴー&キル。

「まんまと騙された訳か」

「約束だ。正体教えろよ」

「私のことを子供と馬鹿にしたが、君こそ子供だな」

「何!?」

「大人の世界は喧嘩に勝てば終わりじゃない。

 寧ろここからが勝負とも言える。私には友人が多いぞ。違法捜査やこんな違法武器の所持を付けば、君の方が不利とも言える」

 多分俺が五津府に泣きつき退魔官としての特権を振り翳しても三~四分ってところか。

 俺が警官ならな。

 会計士は分かってないようだが、それは脅しじゃない。

 覚悟の後押しだ。

「それが遺言でいいのか? せめて名前くらいは覚えておいてやろうとしたが」

「まさか」

 余裕溢れていた会計士の顔に焦りが浮かぶ。

「流石察しがいいな。

 そのドローン最大の機能が自爆だ」

「貴様っ。お前に降伏した相手を殺すことが出来るわけがない」

「出来るさ」

「降伏した人間を殺せば、絶対に後悔することになるぞ。毎夜、俺の死に顔が浮かんでまともに寝れなくなるぞ」

「お前はよく眠れないのか?」

「・・・。

 馬鹿を言うな私はそもそも降伏した者を殺したことなど無い」

 俺の問い掛けに会計士は一瞬とはいえ黙り込んでしまった。

 沈黙こそ雄弁に語る。

 加えてこの強さ。裏から操るだけじゃない、実際に命の遣り取りを潜り抜けた者にしか辿り着けない強さ。人の命を奪って得られる強さが語っている。

 それに仮に会計士の言う通りだとしても俺が悪夢に魘されることはない。

 なぜなら、そもそも会計士は降伏などしていない。

 顔が目が、俺の目では見抜けないほどに反省しているように見えても。それは俺の目が節穴だと言うこと。

 いや違うか。この場では本当に反省しているのかも知れない。ただそれが後日簡単に覆るだけ。

 過去。何度許してしまって、後悔したか。

 こういう輩は今この場を逃れれば絶対に報復にやってくる。失いたくないものが出来てしまった今の俺はそんな轍は絶対に踏むわけにはいかない。

 後悔しないためにも情報から合理的に判断し直感が告げた決断は変えない。

「私の持つ財産も権力も全てお前にやろう。それでどうだ?」

 捕まるくらいならと自ら死を選んだフォンに比べて悪の美学など感じ取れない。だがそもそも悪の美学とは何だ?

 悪とは美の対極にある。

 つまりみっともなく醜いものこそ悪。この男は今自分が助けるためなら何でもする。この場で俺の尻の穴を舐めろと言えば、喜んで舐めるだろう。

 悪故に羞恥など無い。

 悪故に誇りなど無い。

 悪故に誠実など無い。

 己の魂源に忠実に生きる。故にこの場を乗りきり俺に隙があれば平気で約束を覆してくる。

「悪いが一度発動したら解除は出来ない。後は時間で爆発するだけだ」

 悪魔は人の善意に付け込むのが旨い。これも万が一にも悪魔の甘言で気持ちを翻意してしまっても後戻り出来ないようにしたセーフティーの一つ。

「じゃあな」

 これ以上ここに留まれば俺も爆発に巻き込まれる。

「待て貴様。呪ってやる、呪ってやるぞ」

 呪いで人が殺せるなら、俺は大量殺人者になっている。

「私の正体に興味が無いのか?」

「死んでしまえば無。今更だ」

 それに一度反故にされた約束。告げられたところで真実なのか俺にはもう判断出来ないだろう。

「あばよ」

 俺が会計士の脇を通り過ぎ大木の影に隠れるのとタイミングを合わせるように大爆発が起こった。

 俺は大木から顔を出して血が飛び散る結果を確認するとスマフォを取り出し先程知ったばかりの連絡先に電話する。


『はい、山田清掃会社です』

 深夜だというのにスリーコールで美人を連想させる綺麗な女性の声が返ってくる。

「掃除を頼みたい」

『失礼ですがどなたからの紹介でしょうか?』

「さっき知り合った山田主任からだ」

『何者だ』

 急に野太い男の声に変わる。取り次ぎを頼む手間が省けた。

「俺も面倒なんでな。お前等の社員+1人分の後片付けを依頼したい。その代わり今回の件は水に流してやる」

『仲間の敵討ちをされると思わないのか?』

「別に俺とお前等の間に怨恨はない、あるのはビジネスだけのはずだ。

 そこに感情を持ち込むというなら、不本意だが俺も感情を持ち込むしかない」

『具体的には?』

「全ての罪をお前等に背負って貰おう。俺は別にそっちでもいいんだが、それだとお前等を追いかけないといけないからめんどくさいんだよ」

『逮捕しなくていいのか?』

「お前等がプロに徹すのなら。どうせ代わりは幾らでも湧いてくる。俺はそんな無意味なことをしたくないんだよ。

 するとするならお前等が自分達の感情で動き出したときだ」

 世から恨み辛みが消えることはない。

 世から悪が消えることもない。

 ならここで山田清掃会社を潰したところで、似たような代わりが生まれるだけだろう。

『いいだろう。今回はお互いビジネスということで水に流そう』

「なら手早くやれよ。俺が抑えていられる時間はそんなに長くないぞ」

『了解しました。またのご利用をお待ちしています』


「ふう~。天使のような時雨さんとはドンドン遠くの存在になっていくな。

 違うか、出会ったときから遠い存在だったな。

 だからこそ俺は嫌な奴になって恋人となった。

 だが後悔はしない、光を守れるのは闇だ」

 こういう時煙草でも吸えば絵にでもなるのだろうが、生憎の嫌煙家。

 しまらないなと思いつつ俺は公園から立ち去っていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る