第188話 悲しみは雨に流される
降りしきる雨が爆炎を洗い流し周りの様子が見えてくる。
「何て奴だ」
地面に伏せていた山田が起き上がりながら呟く。
「大丈夫ですか主任」
「大丈夫だ。それより死体の確認をしろ。直ぐにでも煙は晴れる」
死体を確認するまでは油断しないのは流石のプロ、山田は立ち上がろうとして体がズシリと重いのに気付いた。
山田は手榴弾の威力が弱いような気がしていたが、思った以上にダメージを受けていた自分に驚く。
「思い違い。偽装では無かったということか」
死んだと思わせて奇襲をしてくるかと警戒していたが、杞憂だったかと少し気が緩む。それでも戦場でいつまでも休んでいられない、まだ狩るべき獲物涼月がいる。
「おい、佐藤悪いが・・・」
「からだがおもい」
部下に助けを求めようとした声が途切れる。見れば部下達は一様に地面に膝を付いている。高枝鋏の男など真っ青な顔をして既に両手が地面に着いている。
「一体何が起きている? 神経毒でも使われたのか? だがこの雨の中?」
山田が理解不能の事態に戸惑っている間にも雨は一層激しく降りだし、益々体が重くなっていく。
とうとう耐えきれず山田も両手を地面に付けてしまう。
「それが貴方達の罪の重さ」
爆炎は雨に洗い流され消え去り、代わりに涼月が地上に舞い降りていた。
ばっと手を広げれば水飛沫が羽のように広がり、断罪の天使のように地に這う罪人達を睥睨する。
「かっ体が重い」
「ひいいいいっ女が女が」
「たっ助けて~」
山田は悲鳴を上げる部下達を見て気付く。
部下達に降り注いだ雨は接着剤とで言うのか一滴たりとも地面に流れない。降り注がれた雨粒全てが部下達に降り積もっていく、これでは時間と共に体が重くなるのも納得がいったが、なぜこんな事になるのかは全くもって理解でいない。
理解しようがしまいが納得しようができまいが手を打たなければ事態は進んでいく。
果無との戦いで無事だった者達も降り積もる雨に耐えきれずほとんどの者が地面にうっぷし、その程度で許されないとばかりに雨で型取られた女が体から浮き上がってくる。
罪は気絶をしていたくらいでは免れない。果無との戦いで負傷し気絶していた者達にも容赦なく雨は降り積もり、降り染みて罪を問うてくる。
現実の恐怖は感じないが、夢の中深層心理にすら雨は染みこんでいくのか、気絶した者達の顔は決して体の痛みだけじゃない苦悶の表情を浮かべている。
「お前は一体何なんだ?」
部下達の悲鳴をバックコーラスに山田は軋む体に耐え涼月に問う。
「雨女。
女に流させた涙のぶんだけ罪を償わせるもの」
「雨女だと!? 噂に聞いたことがある。女の依頼だけを受け、雨の日にだけ表れる復讐代行業者。こんな少女だったというのか?」
「あら意外と私有名人なのね。それとも貴方が情報通なのかしら」
妖艶に微笑む涼月が山田の方を見下ろせば、ついに耐えかねたのか山田を支えていた腕の間接が砕ける音が響いた。
ボギと鈍い音と共に顔が地面にめり込む。そして顔を地面にへばり付かせ反り上がった背には雨から生まれた年増の女性と幼い少女が楽しそうにはしゃいでいる。
「佳枝にうた! なっなんでお前達が」
その背で踊るは捨てた妻子か、殺した妻子か。
山田の目は恐怖に見開き血走り、もはや涼月のことなど映っていない。
その背に乗る女達に釘付けである。
「私はこれ以上は何もしない。雨に裁かれなさい。
これで依頼は果たしたかしら」
涼月が悲しそうに見る先にある黒焦げた地面には煤れたコートを纏った黒焦げた人間が転がっていた。
駆け寄るまでもない。
断罪の涙が全く降り積もることなく表面を流れていくのを見れば涼月には一目瞭然。
だがそれだけだろうか?
本当は知らず確認するのが怖いのかも知れない。
「さっきは私を少し傷つけたんですもの、少しは罪を感じて欲しかったな。
貴方は男だけど嫌いじゃなかったわ」
抱かせてあげるといった言葉、意外と本気だったのかも知れない。
だがその言葉の真偽は涼月本人ですら不明瞭なままに、雨降る闇の中に消えていくその背はどこか寂しそうだった。
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