第173話 取引
深夜の建築現場。
基礎工事は終わり壁はないが柱が等間隔で並び、一輪車やら資材などが所狭しとおかれ部外者が入れないように敷地を仮囲いでぐるっと囲まれている。
深夜の警備員が居るわけでもなく秘密の取引には持って来いの場所。
急に合谷から連絡があり一日早いがあるだけでいいから銃の取引をしたいと強弁に押し切られ、合谷の指定でここで行うことに成った。
本来ならスケジュール変更など認めない、嫌なら取引中止上等の俺だが今回だけはそうもいかないのが苦しいところ、悲しき駆け出し闇売人鏡剪になりきり呑んだ。
連絡通り仮囲いの一部が外されており易々と中に入り込め、俺は柱だけのビルの一階で仕込みを済ませ待っている。
深夜の工事現場とはいえ、誰に目撃されるか分からない。鏡剪になるときに軽い変装として鬘を被り大原に軽い化粧をして貰って印象を変えているが、今回更にサングラスを掛けておいた。『怪しい取引目撃』と激写されてネットにでもあげられたら洒落にならない、用心に用心は重ねてし過ぎはない。
準備万端の俺の足下に置いてある段ボールには影狩や大原、臨時バイトで雇った西原を使って作り上げた銃が5丁ほど入っている。
あんまり合谷のことを舐めて逃げ道のないマンションにほいほい行って裏切られたら目も当てられないから、ここでの取引は都合が良い。それでもこの銃の代金15万が手に入るか、鉛玉を代金代わりに貰うことになるかは半々だな。
もし俺の正体がばれていたら、ここで派手な銃撃戦が始まり囮捜査は終わり、下手をすれば俺の命も終わり。
素直に応援を近くに待機させておけば良かったかもな。
犬鉄や叢雲、工藤率いる警官部隊は近くで監視などしていない。
目的の黒幕は闇夜の水面に浮かぶアメンボのような奴、少しでも波立てばさっといなくなる。今回林野のことがあって初めてその存在が囁かれる程度、普通合谷達複数のグループから金を絞れるクラスに成れば金が集まり金遣いも荒くなる。キャバクラクラブソープランド等の女、馬船麻雀カード等の賭博、美食美酒、飲む打つ買う喰うのどれかで散財をして妬まれ尻尾を掴まれる。
なのにそれが一切無い。まさか老後に備えて貯金をしているとでも言うのか、阿漕なことまでをして金を稼ぐのに欲が無いなんて気持ち悪い奴がいるわけがない。
以上からプロファイルされる人物は深い闇に影と成って潜っていられる強い自制と用心深さ、そして鋭い嗅覚を持っていると推測される。
今回の取引だって黒幕が出張ってくることはないだろうが、何処でアンテナを張って監視しているか分かったもんじゃ無い。
引っ張り出すその日まで、どんな些細な波紋も立ててはいけない。
あくまで獲物が引っ掛かるのを待つ蜘蛛のように罠を張って待ち構える。犬鉄等は五キロは離れた各要点に配備してあるだけ。何かが起こればここを中心に検問が形成され獲物を逃がさない布陣が迅速に展開される。
これなら用心深い奴でも察知できまい、だが逆に言えば俺の味方は5キロ四方には居ないことになる。何かあればほぼ自力で何とかするしかない。
何で俺がここまでのリスクを冒しているのか。
試しに時雨やキョウ、ユリなどが此方の毒牙に掛かったと思ったら、このリスクも許容出来ていた。
まるで俺が普通の人のようだな。
割れた壺はどんな技術を使って修繕しても元には戻らない。
壊れた心もどんなに時が経とうが優しくされようが元に戻ることはない。
どちらも元の形に限りなく似た何かになるだけ。
断ち切らなければ、希望に足を引き摺られ夢で溺死する。
ぽっかりと空いている天井から月を見ていると、足音が響いてきた。
「もう来ていたのか」
「ビジネスは時間が命ですから」
前を向けば合谷が辺秀や柄作、その他一名を引き連れてきていた。
ん? 二人ほど足りないが、留守番か? それとも伏兵か。少し当たっておくか。
「何人か居ないようですが?」
「いちいちフルメンバーでこねえよ」
合谷は苛立つように答えてきた。
朝瑠がいなくなったことを俺には教えないか。まだまだ信頼を得てはいないようだな。もう少し時間と手間を掛ける必要があるようだ。
それとして二人の不在が気になる。合谷みたいな奴は、こういう時には虚勢を張るために少しでも人数を集める。強さを誇るが決して一人では行動しない。
二人の死体が上がったと工藤からの連絡は無いことから、あの少女に殺られてはいないと思う。やはり伏兵か?
まあ考えすぎても仕方ないか。用心するに止めよう。
「そうですか。
ブツはこの段ボールの中に入っています。事前連絡通り5丁です」
俺は足下にある段ボールを指し示しながら言う。
「分かった。こっちも15万現金で用意してきた。
ところでそっちは一人なのか」
合谷はわざわざ俺が一人なのを確認しつつ向かってくる。
一歩一歩近づいてきて
一泊一泊鼓動が高まっていく
敵対行動は取れない。
あくまで態度は変わらず平静に体の力は抜いておく。
心だけが強張っていく。
「この程度の取引に人数を用意したりしないですよ。
それに合谷さんのことは信頼しています」
抑止になればと、いざとなれば人数を揃えられることを仄めかしておく。
「ありがとよ。ほれ金だ」
合谷に不用意に間合いに入って封筒を握った手を伸ばしてくる。俺は緊張を悟られないように腕を伸ばして封筒を握る。
そのまま合谷は封筒を離し俺は封筒を受け取る。
特に何も無かった。
中を確認すると確かに15万入っていた。下手に値切ろうと14万くらいしか入ってないことも考えていたが、流石にそこまで馬鹿じゃないか。
「確かに。そっちはどうです」
「合谷さん、確かに5丁入っています」
柄作が屈んで段ボールの中身を確認して答える。
「そうか」
「初取引はトラブルもなく無事終了ですな。またのご注文をお待ちしてます」
出来ればこれを最後に次は牢屋で対面したいところだ。
「待てよ」
立ち去ろうとした俺を合谷が呼び止める。
「なんですか。早速追加注文だと嬉しいのですが」
「お前に紹介したい人が居る」
「可愛い女の子だと嬉しいですね」
此奴等が紹介する人物はもれなく碌でもないだろうが、外見だけでも美人なら多少は我慢できる。
「なかなかの道化師振りだ、なるほど良く踊りそうだ」
「!」
声の方を見れば、闇にぽっかり白い輪っかの穴が二つ空いて語りかけてくる。
違う、錯覚だ。
柱の影に潜んだ男の目だけが光に反射して見えているだけだ。
少し考えれば簡単に理屈が付く。
なのに、俺には重厚な実体を持った闇が語りかけているように思えてしまう。
なんだこのプレッシャーは、魔とかそんな能力の有無など関係ない。
直感が悟る。
此奴は悪だ。
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