第154話 OHITOYOSHI

「座り込んでどたの、疲れた?」

 その場に座り込み息を整え出す俺に水波は心配そうに尋ねる。

「舐めるな、お前に心配されるほどヤワじゃない」

「強がっちゃって、かわいいじゃん」

 その頑張る小さい子を見るおねーちゃん目線にいらつく。

「走るのは終わりだ」

「もう、走らないの?」

「ああ、無駄だからな」

「諦めたらだめじゃん。アッシーがマッサージして上げよか? あっ性的な意味無しでアッシー結構得意よ」

 そう言うが俺の前で開いたり閉じたりする掌の動きがいやらしい。

「いらん」

「じゃあ」

 水波は転がりそうな玉の汗が浮き出た背中を俺の前に向けて座り込む。そのまま蹴り落として欲しいのか?

「なんだ?」

「アッシーがおんぶして上げるから諦めずにがんばろ」

「何で俺が汗臭い背におぶさらないといけないんだ?」

 若い肌に弾かれた汗はおぶさればそのまま俺にべたついてきそうだ。

「臭くないじゃん。女の子はいい匂いなの」

 何やら戯言を叫びつつ振り返ってきた水波が俺の両頬をぐっと両手で挟み込む。

「おい」

 ゴンと俺のおでこにおでこを当てて逃げようのない俺の目を真っ直ぐ見てくる。

「男のプライドとか~意地とか~あるのは分かるじゃん。でも今はそんなこと言っている場合じゃないじゃん。大丈夫、誰にも言わないで上げるから。

 諦めないで頑張ろう、アッシーがちゃんと下まで連れて行ってあげる。

 まかせるじゃん」

 ニカッと惚れそうになるいい笑顔をする水波だが、悪いがこの女何を勘違いしているんだ?

「ほら」

 水波は俺の手を掴むと自分の胸に触らせる。

 ギャルの胸でも女なんだな暖かくて柔らかいてぐにゅっとする。

「無事脱出できたらご褒美も上げるから」

 だからそれは勘弁して下さいと言ったはずなんだがな~、それより何よりこの女の行動が理解できない。

「なぜそんなことをする?」

「えっ疲れてんでしょ。だからアッシーがお・・・」

「いやその思考になる前」

 俺が疲れて走れなくなり諦めたと勘違いしていることも理解した。

 諦めた俺を見捨てないで助けようとしていることも理解している。 

「前?」

 犬の如く首を傾げる水波、質問の意味が難しかったか。

 俺はただ単に根本的なことが理解できないんだけなんだが。

「なんで俺を助けようとする?」

 全てはここが起点になっているが故の行動で、この起点が俺には理解できない。

「なんでって?」

 友達でも恋人でもないのは当然として、今までの会話行動を鑑みて、俺は此奴に好かれるような行動言葉、仮面を付けた覚えが無い。

 この場でさよならもう二度と会うことは無いだろうで、素のままで対応していた。

 だったら嫌われているはず、そこには自信がある。

「見捨てればいいだろ?」

 顔面に圧が掛かったと思えば鼻先に拳があった。

「あんま舐めないで、意地でも見捨てないよ」

 拳を寸止めしたことで逆に本気で怒っているのが伝わってくる。

 そういや元々は、頼まれもしないのに行方不明になった友達を探すくらいの女だったな。

 つまりなんだ、こんな外見して本質的には時雨と同じなのか。

           OHITOYOSHI

「はあ~」

「何その溜息?」

「格好付けさせて悪いが、俺は別に諦めてないぞ。

 これ以上幾ら走ったところで脱出できないから止まっただけだ。俺は生き残ることを一瞬たりとも諦めたことはない」

「マジ」

 目を見開いて驚くこの頭の悪さで、此奴この先悪い人に騙されたりしないか心配になる。

「マジだよ」

「うわあああああん、だってだってあんなにつよっきーだったのに。弱気っぽい台詞だし無駄だから諦めたと思うじゃん、だからアッシーだって心細いけど頑張らないと思って」

「分かった分かった。俺の言い方が悪かった、今度からちゃんとめんどくさがらないで噛み砕いて説明するようにする」

 俺の胸でがしゃくり泣く水波の頭を撫でてやる。

 考えてみれば此奴はつい最近までユガミに出会ったショックで外も出歩けなくなっていたんだったな。なのに格好付けて平気な振りしていたのか。

「やさしいじゃん」

「抱いてはやらないけどな」

「いけず」

「抱きしめるくらいはしてやるよ」

「やん」

 俺は水波をその胸に抱きしめてやった。

 べちゃっと水波の体液が俺の皮膚に纏わり付いて、むわっと俺をこの女の体臭で包み込んでくる。

 これも一種の二人が一つになる行為かもな。

 そのまま落ち着くまで、そっと壊れ物を抱くように優しく優しく俺も包み込む。




「この空間は無限に広がっているわけじゃない。俺達が通り過ぎた空間を巡廻させて俺達が進む先に持ってくることで無限に続いているように錯覚させている。まあエスカレーターの原理と同じだ。

 分かるか?」

「それくらいなら、・・・・・・・なんとか」

 俺の胸の中から見上げてくる水波の目は?に近い。

 大丈夫か? まあ此奴が理解するしないは作戦実行に支障は無いから流す。

「無限に広がっていたらお手上げだったが、騙し絵のようなトリックを使っているのなら手の打ちようはある。

 簡単なのは、お前が上に行き俺が下に行く。無限に広がっているわけじゃないんだ、限界に達したときにこの空間は破綻する。上に上がるものか下に降りるものかどっちかを優先せざる得なくなる」

「それで?」

「上手く対処すれば、どっちかが助かる」

「うまくって?」

「さあな。だが何かが起きたときに、適切に状況を分析して適切に状況に対処する。たったこれだけのことだ。誰でも出来るさ」

「さらっと本気で言っている?」

 どこか憮然とした目つきで俺を睨むが、俺は何も変なこと言ってないぞ。

「ああ、何も陰陽師みたいに魔法の力を起こせと言っているわけじゃない。普通の人が普通に頭を使って普通に行動するだけだ。

 どこにも不可能がないだろ?」

 俺は極当たり前のことを言っているのに、なぜ水波は何言ってんだ此奴って顔で見返してくる。

「取り敢えず言いたいことあるけど、おいといて。

 助からなかった方はどうなるの?」

「助けが来るのを信じて待つしか無いか、次の手を考えるしかないな」

「どのくらい待つの?」

「まあ、連絡とって体制整えて、まあ早くて二日」

「駄目じゃん。二日もこんなとこ一人でいたら寂しくて死んじゃうじゃん」

「そうか? お前そんな繊細か?」

 寧ろ水不足とかで死ぬのを心配した方がいいと思うが、そもそもそんなにこのユガミが放って置いてくれるとも思えない。

「アッシー敏感で評判、マグロじゃないじゃん」

「お前ちょくちょく下ネタ挟んでくるな」

「駄目じゃん、駄目じゃん。アッシーどっちに転んで死んじゃうじゃん。

 アッシー見捨てるのも見捨てられるのもいやじゃん」

「いや別に、適切に対処すれば」

「そんなのアッシーに出来ないじゃん。アッシー偏差値高くないじゃん」

「いや別に勉強が出来る出来ないわ関係・・・」

「アッシー頭悪いじゃん」

「身も蓋もなく自分で言うなよ」

「兎に角却下。アッシー意地でもしがみつく」

 水波は俺に抱きついて離れない。

「じゃあ、そのまましっかり抱きついていろよ」

「へっ」

 間の抜けた水波を置いて俺は腕を伸ばして銃をエスカレーターと平行になるように照準を合わせる。

 そろそろ冗談も終わりだ。

 エスカレーターじゃないエスカレーターに水平に消失点のその先、何処までも遠く何も無い空間を狙い撃つ。

「くっ」

 クソッ手首に痛みが走って照準を固定できない。

 今回ばかりは適当に撃つわけにはいかない、精密さが必要だというのに。

 痛みが走る俺の手首が暖かく包み込まれる。

「アッシーが支えるじゃん」

 水波が俺の手を支えてくれる。

「ありがとよ」

「内助の功」

 今回ばかりには笑えない。俺は銃を支えない、照準だけを合わせることに集中できるように水波が絶妙な力加減で支えてくれる。

「勝負は一瞬だ。黙って俺に付いてこい」

「亭主関白」

 消失点の先に照準が合わさり、俺は引き金を引いた。

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