無限エスカレーター

第146話 無限エスカレーター

「うわっすご、すごくない」

「そうだな」

 金髪に小麦色に焼けた肌のギャルとシルバーネックレスをじゃあじゃらしたチャラ男が見上げる先には、先が霞むほどに高く伸びていくエスカレーターがあった。

 天空のエスカレーター。利便性は度外視で観光の目玉として作られ、単一乗り継ぎ無しでビル七階分を一気に登る。幅は人二人分、当然ビル内部には設置できないので階段状になっているビルの部分に立て掛けるように設置されている。こんなのを剥き出しにしたら利用者が風で吹き飛ばされるので強風対策で半円状の風防に覆われているので、馬鹿でかいウォーターライダーのようにも見える

 エスカレーターの利用者は徐々に昇りながら街の風景を俯瞰していき、まるで天空を飛んでいるような錯覚に陥ると話題になってデートスポットになっている。

ちなみにこのエスカレーターに下りは無い。利用者には帰りはビル内部をエスカレーターで下って貰い、ついでに買い物や食事を楽しんで貰おうというのが狙いで、投資者にとっても天空から札束が墜ちてくるようだとか。

 そのエスカレーターの入口に続く長い列に先のカップルが並んでいた。エスカレーターは将棋倒しとかの危険防止のため入場制限が掛けられているので長い列が出来ているのだ。

 列に並ぶ暇な時間にギャルが電話していた。

「どう画像見た。テンション上がる~?」

『はいはい、こっちはシングルだってのに、めちゃうらやましいですね』

 掛け手のテンションに反比例するように受け手のテンションは沈んでいる。

「きゃははは、あやめも振られたこといつまでも気にしてないで、早くおにゅーの男つくんな~」

『べっべつにふられてないっつーの』

「うそうそ。水族館にデートしてからずっと落ち込んでるじゃん」

『おちこんでないっつーの。

 ちょっとバイオリズムが悪いかんじ、テンションが上がらないだけっつーの』

「じゃあそういうことでいいからさ。テンション上げて今度外に遊び行こーよ」

『うっうん』

「じゃあね。また後でれぽーつスッから」

 どうやら何かあって落ち込んでいた友達を励ましていたみたいだ。

「終わったか。もうすぐ番だぜ」

「わったお。うわ下から覗くとすごっ。めちゃテンション上がってめちゃ自慢できる」

 半円の強化ガラスの風防に覆われたエスカレーターは光り輝き、まるで天から降り注ぐの光のスポットライトであり、中に入れば天の光で天空に導かれるようでもある。

「おいおい、エスカレーターもいいけど俺も自慢してくれよ」

「もち。自慢のダーリンじゃん」

 ギャルはチャラ男と腕を組むとうきうきした目でエスカレーターに踏み入れるのであった。


「凄い凄いテンションマックス、あやめに自慢自慢」

 ギャルはエスカレーターから見える街の風景を写真に撮ってはアップしていく。そのテンションのヒートアップにあやめの方はとっくに着いていけなくなって、生返事レスすら返ってこなくなっている。

「おほっほんとすげええな、空飛んでるみたいだぜ」

 エレベーターと違い地上の風景が小さくなっていくだけで無くスライドしていく感じは空を飛んでいるように錯覚する。二人ともエスカレーターから墜ちそうになるほど身を乗りだして風景を見ている。

「でしょでしょ。ここ見付けてきたアッシーすごくない」

「すごくある」

 和気藹々とする二人だが、ふとギャルが我に返った。

「あれっ? 人がいなくね。こんな空いてたっけ?」

 夢中になっていた外から視線を戻せば、いつの間にエスカレーターの中にはカップルの二人しかいない。万が一の将棋倒しを防ぐため間隔は適度に開けられているが、こんな見渡しても誰も見えないほどには開けてない。ついさっきまでは同じようにはしゃぐカップルが見えていたはず。

「みんな遠慮してくれたんじゃね」

「そうねそうね。アッシー達のらぶらぶに当てられちゃった」

「「ねーーーーー」」

 顔を合わせて声を合わせる、仲のいいことだ。


「っというか~まだ着かないの? いつまで登るのよ」

 最初こその暢気に構えていた二人だったがいつまで経っても到着しないどころか、見上げれば先は入ったときと同様で霞んで未だ頂上が見えない。

「落ち着けよ。たかが七階分もうすぐ着くよ」

 チャラ男の方は男の余裕を見せているのかギャルを落ち着かせようとする。

「そっそうね」

「そうだよ」

 落ち着こうとして、どれだけの時間が流れたのだろうか。

 二人しかいないエスカレーターの中、延々と上に運ばれていく行為に時間感覚が麻痺していく。

「ねえ、流石に可笑しくない」

「そっそうだな。恥ずいけど助けを呼んでみるか」

 ギャルに言われチャラ男はスマフォで消防でも呼ぼうかと思ったが、いつの間にかスマフォには圏外と表示されていた。

「どういうことだ、これっ都会だぞ」

「アッシーのも繫がらないよ」

「ちきしょう落ち着け。外だ外見てみるぞ」

 二人が風防から外を見ると今まで二人が暮らしている街が見たことも無いほどに小さく眼下にある。

「おいおい、七階ってこんなに高かったか!?」

「でもでも街ちゃんとあるよ」

「そうだな」

 見慣れぬ風景、それでも見知った街が目に見えることは二人に安心感を与える。

「エスカレーターはちゃんと動いている。ならその内着くだろ。俺達慌てすぎ?」

「そっそうよね。焦りすぎ」

 そう思いもう一度上下を見るが、上下共に誰もいない。

 エスカレーターはちゃんと動いている、それでも何か理解を超える何かが起きている感がひしひしとする。

「疲れた。誰もいないんだ、座ろうぜ」

「そうね」

 染みこむ恐怖に二人身を寄せ合いじっと耐える。山の遭難であればよくぞパニックにならずにその場に踏み止まったと褒められる行為だが、ここでは逆に仇になった。

「何か頭が痛くなってきたわ」

 ギャルが額に手を当てて辛そうに言う。健康的に小麦色に焼けた顔色に青みが加わってきている。

「それになんか寒くなってなくね」

 高度が上がるほどに気圧は下がり酸素濃度が減少する。酸素濃度が減少すれば、当然酸素が欠乏して体の不良が表れていく。所謂高山病なのだが、高山病は普通標高2000メートル以上から表れるというが、弱い人では1000メートルで軽い症状が出たりもする。

 また気圧が下がると温度も下がってしまう。通常1000メートル上昇して6.5度ほど低下する。冬場で二人ともそれなりに着込んでいるので徐々に一二度下がったても体感しにくいが、6度近くも下がれば流石に実感する。

 つまり彼等の不調から推測するに7階どころか、1000メートル以上の高地に運ばれていることになる。

 異変が起きても、その内何とかなるだろうと思っている内に抜き差しならない状況に彼等は押し上げられたのだ。

 当然チャラ男に以上のような知識は無く推測も出来ない。

 だが、見上げれば、未だ風景は変わらず先は霞んでいる。

 かといって見下げれば、既に下が見えないほど登ってしまっている。

「ごくっ」

 何が起きているか分からない、それでもエスカレータの行き着く先は死だと本能が悟っている。

「このままじゃ死んじまう。降りるぞ」

 チャラ男は立ち上がってギャルに告げる。

「降りる?」

「そうだよ。走るぞ」

 チャラ男は男気を見せてギャルの手を掴むとエスカレーターを逆走し始めた。

 子供時代デパートなどで人の迷惑顧みないで一度はやったことがあるいけない遊び。だが今はあの頃のような心の高揚は無く、ただ必死だった。

 走った。

 少女の手を握り少年は必死に走る。

 時には振り返って少女を勇気づける。

 そして走っても走っても走っても下に付かない。

 少しでも休めば、嘲笑うように上に運ばれてしまう。

 そして現実は物理世界であり、精神力でどうにかなるのは体力の限界まで。

「あっ」

 チャラ男の疲労物質が溜まって動かなくなってきた足がもつれた。

 咄嗟に少女の手を離したのは賞賛に値するが、その代償として支えてくれるものを無くし、もつれたままにエスカレーターの下に転げ落ちていった。

「きゃあああああああああああああ」

 エスカレーター内にギャルの悲鳴が木霊する。


 それから数分後、半場放心したギャルがぼとぼと下に降りていく。その歩みは遅くても下に転がったチャラ男はいずれエスカレーターで運ばれてくる。

 程なく二人は再会する。

「大丈夫?」

「痛い痛い」

 ギャルが再会したチャラ男は瀕死だった。転がり落ちたときにエスカレーターの角張った部分に何度も打ち付けられたのか、足は曲がらない方に曲がり腕などは皮膚をぶち破って骨が露出していた。

 チャラ男にギャルの声は届いてないのか、虚ろな目をして痛い痛いと呟いているだけだった。

 先程の自分を力強くリードしてくれた彼はもういない。このまま見捨てて自分一人で降りていく選択肢もある。

「疲れたね。一緒にいてあげる」

 ギャルはエスカレーターに腰を下ろすとチャラ男をその膝に抱えた。

「ふふっアッシーの膝枕感謝しなさいよ」

 ギャルは優しく微笑む。


 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。

 助けは来ず、未だ頂上には辿り着かない。

「さむ・・・」

 小麦色に焼けていた肌は真っ白に変わっている。霜が肌に張り付いているのだ。睫には涙が凍り付き、声を出すだけで唇が割れ痛みが走る。

 ギャルはチャラ男をその胸にきつく抱きしめて互いに暖め合おうとするが、もはや裸で抱き合ったところでどうにもならないくらいに寒い。もはや世界最高輔の山に普通の冬服で挑んでいるようなもので、どうにもならない。

「っっさ・い」

 寒さで感覚が麻痺したのかチャラ男もいつしか痛いでなく寒いと呟いているのだろう。

 体に染みこんでくる寒さ。そして欠乏していく酸素に最初こそ頭が痛んだが今は何やら全てに白い霞が掛かったような思考になっていく。

 そうね寒いね。でもきっと二人で暖め合えば、この台詞声に出せたのかギャルの脳内だけの会話か。ギャルはチャラ男の服を脱がせ自分も服を脱ぐ。そして抱き合う。

 ちょっと暖かい

 かれしーの心臓の音がするまだいきてる

 あ~あ、あやめともう一度遊びたかったな~

 最後にそう呟いてギャルの目は閉じられた。

 ギャルとチャラ男の体は白く白く凍り付いていき、もう動くことは無かった。

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