第144話 終演

 銃弾から俺を守り凜と一本筋が入って立つその背が美しく、羽でも生えているような幻想を重ねてしまう。

「美しい」

 その生き方姿勢が表れた美に俺は素直に言葉に出していた。

「こんな所まで跡を付けてくるなんて、燦に嫉妬した?」

 零れ落ちてしまった言葉を誤魔化すように俺は言葉を続ける。

「人をストーカーみたいに言わないでっ。街中で抱きついて、あんなことまでして・・・」

 時雨は思い出したのか、ここで少し言い淀む。

 ちょっと抱きついてちょっと耳の穴舐めただけじゃん。今時の人前でキスをするカップルに比べたら可愛いもの、意外と初心なんだな。

「背中文字が本当じゃなかったら、ぶッ飛ばしてやるつもりだったんだから」

 俺の戯れ言に怒った時雨が拳を握り締めて振り返ってくる。

 確かに街で抱きついたときに時雨の背中に指でなぞって伝言を書いた。

『シゴト、キケンハナレロ』

 この文言で何で時雨が跡を付けてくる? 依頼を受けたわけじゃない俺がやっている危険な仕事の跡を付けてくる意味が分からない。普通なら離れるよな。そうか上手く背中文字が伝わらなくて『シゴト、キケンハナレルナ』と伝言ゲームでありがちな誤伝達してしまったかっ。背中をなぞっているとき少し擽ったそうな感じているような吐息がしたし、時雨の背中は敏感な隠れた性感帯?

「でももうそんなこといいや。こんなに傷付いて」

 時雨は悲しそうな顔でポケットからハンカチを出して俺の額に優しく触れようとする。

「いいよ、綺麗な君の手が汚れてしまう」

「馬鹿ッ」

 俺が伸ばされた手を止めようとすると怒鳴り付けられた。時雨はもう遠慮無くハンカチを俺の額に押し付けてくる。痛い。

 ああ、君の綺麗な手が俺なんかの血で汚れてしまう。

「無茶ばかりして、君は普通の人なんだよ」

 俺は普通の人、時雨から見れば俺なんか、心が破綻していようが能力的には普通の人であり守るべき人なんだな。

 そんな母のような目で俺を見る。

「無茶をしなけりゃ、君の横には立てない」

 俺はくせるに毒を抜かれた影響なのか。いつもなら言うべきじゃないと心に秘めることを素直に言ってしまう。

 そう理性で分かっていても毒というストッパーがないので止められない。

 ある意味俺は純真だった頃の子供に近い。

「ボクは嬉しくない」

「知ってるよ。

 時雨は優しい人、嫌な奴でも誰かが傷付くのを喜ばない」

 俺の額を抑える時雨の手を握り締める。

「傍にいるから」

 それは嘘

 俺みたいな人間、普通にしていたらあっという間に置いていかれ君の視界にも入らなくなる。

 諦めないで嫌な奴になって辛うじて繋いだ縁。イケメンでも無くコミュニケーションが卓逸でもなく能力も普通、そんな俺が惚れた女を振り向かせようとしたら命でも賭けるしか無いじゃないか。

「そんなことない」

 心に秘めているはずの言葉に時雨が応える。俺は何処まで口に出していたんだろう。

 俺の決意に触れて時雨が悲しそうに目を伏せ気味に言う。

 君は優しい、俺を傷つけないために自分すら騙して嘘を付く。

「前埜が好きなくせに」

 今までの三角錐を土台にして絶妙にバランスを取りながら築き上げてきた二人の関係をぶち壊す言葉を俺は言ってしまった。

 毒をどこか内心卑下していた俺、毒が無ければ俺も普通の人みたいに青春を謳歌できるかもとか思ったときもあったが、毒の無い俺はこんなにも無節操なのか。

 それでいて、それでもいいと思ってしまう。

 所詮そんな関係いつかは崩れ去る。

 それでも一年は持たせるつもりだったんだが。

 まっいっか。

「そそっそんなこと、前埜さんはボクにとって・・・」

 顔を真っ赤にして時雨は俺には見せたこと無い年相応の少女の顔でしどろもどろに否定する。

 その顔を可愛いと思いつつも憎らしくも思う。

「別にいいさ時雨が誰が好きだろうが、今は俺の恋人。例えそれが策略による契約だとしても俺は構わない」

「だから・・・」

 まだ抵抗するか。

「そんな可愛いことしていると食べちゃうよ」

 狼さんの覚悟は決まっているんだ、俺は握っていた時雨の薬指を甘噛みする。

「ちょっ」

 また顔を真っ赤にする。今時の高校生。処女じゃあるまいし、それとも人前は苦手なのか。

「なんじゃそりゃ。お前それ本当か? 好きな男がいる女を、どんな汚い手を使ったんだよ」

 瞑鼠が呆れ果てたように俺と時雨に間に割り込んできた。

 無粋な、まあ、どっちかというと戦場で青臭いことしている俺の方が問題か。

「はんっ、草食系かよ」

「なに?」

「寝取りは男の本懐だろうが」

「くわっっくわっくわ、お前いいな。こんな出会いじゃなかったら友達に成れたかもな。

 鬼より鬼畜だぜ」

「鬼より鬼畜だと。

 当たり前だ、だって俺は嫌な奴だからな」

 俺は胸を張り宣言をした。

「兄さん、妹はどん引きです」

 俺と時雨の会話に馬鹿らしくなったのか、いつの間にか戦いを切り上げていた燦が言う。

「そのまま引いて逃げてもいいぜ」

「しょうがないので、天使のように可愛く純真な妹が一緒にいて中和してあげます」

 しれっと燦は言う。

「おっお前は、好きな人がいる女を汚い手で奪ったのか」

 今度は大原か忙しいな。まあ女はこういう話に食い付くからな。

「そうさ」

 全くもって大原の言う通り、一片の誤報無し。

「貴様なんか、くせる様が救世するのに値しない」

 さっきは許すとか言ったのに、そこ?そこが激昂のポイントなの?

「相思相愛なんて夢幻。

 所詮どっちかの愛の強さで結ばれる。

 狂ってなんぼが恋愛だろ」

 そう壊れた俺の心も狂って、まともに見えるようになったのかもな。そうならここ最近の俺らしくない行動も頷ける。

 前の俺なら、キョウもジャンヌも犬走も燦も見捨てて逃げていた。

 俺に敵対した音羽を絶対にただじゃおかなかった。

 賀田とは、まあ利で繫がっていたかも。

 ユリもまあ、どうでもいいか。

「お前だってそうじゃなかったのか?」

 俺の邪気の無い思いを言葉に乗せて大原に問う。

「えっえっ、それはそれは、なんで私は、私は生きて英治と・・・」

 大原は頭を抱えて後ずさりしだし、その首筋に手刀が打ち込まれ気絶する。

「ははっお前いいこと言うな。気に入ったぜ。

 まあ大原のことは大目に見てくれ、その分俺が働くぜ」

 いつの間に大原の背後の回っていた影狩が気絶した大原を抱えて朗らかに言う。

 っが此奴絶対今まで狸寝入りして機会を伺っていただろ。例えそれで俺が大原に撃たれたとしょうがなしと計算していたその冷酷さ。ある意味俺みたいだな。

 まあいい、今はその冷酷さが頼もしい。

「邪気の無い兄さん、気持ち悪いです」

 そうか、そんな酷いこと言われると邪気の無い今の俺は傷付くよ。

 ちょっとした戯れ言の時間、その間に時雨も覚悟を決めたようた。

 真っ直ぐ俺の瞳を見詰めてきた。

「ふう~しょうがない。

 認めるよ、ボクは前埜さんが好き。多分この気持ちは消せない」

「そうか」

 この宣言に意外とショックを受けなかった自分に驚いた。

「それでもいいなら、ボクを振り向かせてみせてよ」

 時雨は悪戯っ子っぽく笑って言うと俺に背を向け、冥界の三鬼に向き合う。

 時雨は前埜が好き。

 相思相愛は夢幻。

 俺が時雨を思う気持ちに嘘は無い。それだけが真実。

 なら、全てを呑み込んでみせるのが男の度量。

 俺と時雨の関係はこれからだ。今度はどっしりとした土台の上に築いていける。

その為にも

「んじゃま、燦」

「はい、兄さん」

「暫定仲間、影狩」

「おう」

「時雨」

「はい」

「鬼退治としゃれ込むぜ」

「「「おうっ」」」

 ここを生き抜いてみせる。

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