第139話 妹の無償の愛

 くせるに向かって俺と影狩が動き出す。別に相談したわけじゃない、俺が一人で動き出したのに影狩が合わせた感じた。

 対してくせる側は瞑夜が燦の相手に動いただけで、後ろに控える鼠みたいな顔した男と壁みたいにでかい大男は動く気配が無い。

 くせる一人で片が付くと言うことか。

 なけなしの逃げるチャンスは相手が此方を侮っている内にしか無い。

 さっき見た感じでは流石軍で使用しているだけはありダメージコントロールは万全、あの車はまだ死んでない。動く。だがただ車に逃げ込んだところで、また死体でも投げ付けられて阻止されてしまう。何とか向こうが動揺する一撃を加えて隙を作ってから車に逃げ込む必要がある。その時一応影狩にも声を掛けてやる積もりだが、その後俺に続くか残って戦うかの判断は勝手にしろ。

 さて、まずは様子見のジャブといくか。

 影狩は俺に合わせてくれたことから、俺の意はある程度汲んでくれると思い俺は左手のジェスチャーで左から回り込めと指示をすると影狩は左に膨らんでいく。いいぞ、生き残れたら酒ぐらい奢ってやる。

 影狩が左に膨らみ対照的に俺は右に膨らんでいき、くせるを中心にその角度が90°になったとき、俺と影狩の銃が一斉に火を噴いた。

 俺のコンバットマグナム、影狩のM1911、同士討ちを避けた角度による左右からの挟撃。一人の攻撃なら銃口の向きや撃つ気配を読んで避けられるかも知れないが、左右に展開する俺達の動きを同時に読み取るのは困難のはず。これで多少なりとも効果が無ければ、更にリスクを取るしか無くなる。


 人は汚泥に撒かれた蓮華の種


 くせるは日本舞踊のように風車を回す動作で見得を切って躱してしまう。

 その動作まだまだ余裕を感じさせる。

 くそったれが。

「そこのクソ女、悲劇のヒロインに浸っている暇があったら、怒りの炎を燃やして立ち上がれっ。

 そんなに慰めて欲しけりゃ、俺が後で抱いてやってもいいぞ」

 俺は一時の激情を吐き出しへたり込んでいた大原に叫んだ。

 暴言なのは自覚している。

 影狩だけじゃない、燦や瞑夜、後ろに控える男達、あろうことかくせるすら俺にサイテーと言う顔を向けてくる。

 自覚している。

 だが敢えて言ったまで。命が掛かった勝負にジェントルマンもレディーファーストもあるか、死んだら終わりの勝負なりふり構ってられるかっ。

「おっお前が英治の代わりになるかっ」

 怒りで顔を上げ大原は般若の如き顔と銃口を俺に向ける。

しくったか。女の八つ当たりで死ぬとは俺らしい最後かもしれないが、流石に情けなさ過ぎる。

 死が迫る集中の高まりに銃口のライフリングすら見えてくる。その銃口がスッと逸れて中央のくせるに向かって弾が放たれた。

「後で殺す。後でその股間引っこ抜いてやる」

 背筋が凍り付くような怨嗟の声。

「それもこれも、くせるを殺した後だ」

 あそこが縮こまる恐怖を感じつつも俺も再び狙い定めてくせるを撃つ。

 3方向からの同時射撃、今出来うる最高の攻撃。

 それさえも擦ることすら出来ない。

 ぽ~ん、ぽ~ん、ぽんっとリズムで手鞠をついて躱してしまう。

 手鞠がつかれれば、火の玉の如く虚空に真っ赤な蓮華の花がぼっと浮かび上がる。

 蓮華!?

 あれは殺された人達から生えている蓮華の華と同じなのか?

「クソがっ」

 なおも続ける攻撃に弾が切れた。

 リボルバーをこんな銃撃戦で使用するもんじゃ無い。引き金を引けば弾が絶対に出る信頼性と堅牢な構造から発射可能な強力なマグナム弾による一撃必殺こそ真骨頂。銃撃戦をしたければセミオートライフルでも用意するっての。

 くせるが優雅に舞って風車から甘い笛の音の旋律を響かせ出す。

 死体から生えていた蓮華がすーーーとっ伸び上がっていって虚空に浮かび上がる。

 この馬鹿さっさとしろという二人の視線に耐えつつリロードしている内に、くせるの旋律は始まってしまう。


 一輪の花を咲かせましょう

  生まれて

  老いて

  病に出会って 

  死の花が咲く

 汚泥に足掻くが人生か

 救いを求めて汚泥の底より芽を伸ばす


 地獄に見立てた舞台で地獄童女が血の色蓮華に彩られ地獄にいざなう。

 ゆったりと亡者を引き寄せる甘い笛の音。

 虚空には無数の真っ赤な蓮華の華がゆらゆらと漂い人を誘導する。

 火に飛び込む虫、抗えないフェロモンを放って地獄童女が笑み舞い踊る。

 ここは現世か常世か。

 迷い込んだか氷結地獄。

 恐怖で心と思考は凍えて悴んでしまう。

 闘志を燃やさなくては心の凍死。


 なのになぜだ?

 こんな地獄の光景を見せられて、影狩と大原は動きを止めていた。

 それも恐怖じゃ無い、まるで極楽浄土にでも迷い込んだような顔をしている。

 あれほど怒りに燃えていた大原でさえ、くせると恋人の死体が弄ばれた地獄の光景を眺めて煩悩が抜け落ちた穏やかな顔をしている。

 この地獄の光景に魂を抜かれたというのか?

 それとも俺とは見えるものも感じるものも違うというのか?

 だが今はそんなことはいい。

 これこそ、戦力二人を腑抜けにされたこの窮地こそ、七転八倒九起の好機。

 今しか無い。

 瞑夜は燦が抑え、影狩と大原はくせるの魔の旋律に囚われている。

 ここで俺が逃げ出せば、くせるは影狩と大原をこのまま仕留めるべく旋律を続けるか、辞めて俺を追うかの二択を迫られる。

 俺を追うかも知れないが、だがくせるは僅かな時とはいえ判断に動きが鈍る。

 この数秒に俺の命を賭ける。

 幸運の女神の前髪を掴めるのは迷わず手を伸ばせた者のみ。

 俺はくるっと反転、車にダッシュした。

「貴様、お嬢の救世から逃げるかっ」

 気付いた瞑夜が俺を追おうとするが、その前に燦が立ち塞がる。

「兄さんはやらせないよ」

 なんでだよ。なぜ立ち塞がる。瞑夜以外にお前の足に追いつける奴はいないんだ、その瞑夜の意識が俺に向けられた時こそ燦にとっても逃げる絶好のチャンス。

 俺は燦に俺に構わず逃げろと言っておいた。

 お前の目的が俺の中にあるセブンフィールなのは察しが付いている。

 俺を好きなわけでも愛しているわけでも無い、全ては打算。

だがそれもこれも生きて自由があってこそだろ。感情が抑えられているお前ならその程度計算出来たはず。それとも殺されないと計算してのことか。

 まさか、あの程度のやり取りで情が沸いたなどと曰うなよ。

 俺は逃げる。

 俺は生きる。

 この自我失ってたまるか。

 この自我有ってのこの世界。

 なのになんでだ、なんでだよ。

 心が疼く。

 俺を初めて無償で助けてくれた人が時雨。

 その姿を貴いと思え美しいと感じた。少しでも傍にいたいと願った。

 今また燦は無償で俺を助けようとしてくれている。

 それは表面上の演技で深い計算による打算かも知れない。

 だが人は所詮他人の心の内など知りようが無い。

 行動を見るしか無い。

 燦が心の中で俺を憎んで軽蔑していようがどんな打算があろうとも、それを口に出さずに俺を助けたのなら。

 俺にとっては、それが真実。

 燦を見捨てるは美しいものを見捨てるのと同義なのか。

 判断仕切れない。


 なら俺の生き方の流儀に従うか。

 仇には仇を、恩には恩を。

 仇には仇を忘れれば俺は再び迫害される。

 所詮自分を助けるのは自分の力のみ。

 恩には恩を忘れれば俺は俺を迫害した連中と同じところまで魂が腐ってしまう。

 それはきっと自分でも耐えられないほどの腐臭を放つ。


 だが俺の第一信条は己が生きてこそだ。

 臭かろうが蔑まされようが、それを感じる自我有ってこそ。

 くそっくそっ俺が損得計算仕切れない。

 結局どんなに打算を張り巡らせようとも、最後は己の心に従うしか無いというのか。

 情を捨てたはずが情に委ねるのか、お笑いだな。

「すうぅぅぅぅ、はあぁぁぁぁぁぁぁ~」

 深い息と共に思考を吐き出した俺の体は、俺の心のままに動き引き金を引いていた。

 銃弾が車のフロントに突き刺さりエンジンに点火、大爆発した。

 ボンッ、ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。

 咄嗟に伏せた上を爆風が過ぎ去っていく。

 立ち上がれば、影狩と大原は爆風で吹き飛ばされ地面に転がっている。

 まあ、死んではいない。

 くせるは上手い具合に爆風をいなしたのか、車から燃え上がる炎に照らされて平然と立っている。それでも一時的だが旋律を中断させることは出来たようだ。

 上々。

 てらてらと血の川を炎が照らし、今まで和やかに見えた生首の表情に陰影が深く刻まれ苦悶の表情に映り変わる。

 結佐趺坐して悟り開く極楽浄土の住人から地獄に苦しむ罪人の骸へと変わる。

 俺は浮かぶ蓮華を左手で掴み火の粉に掲げ。

 ぼっと赫く燃え上がる蓮華の花。

 俺は浮かぶ蓮華を右手で掴み火の粉に掲げ。

 ぼっと蒼く燃え上がる蓮華の花。

 二つの蓮華が未練彷徨う鬼火の如く俺を照らし出す。

「赫き炎は怒りの証。

 蒼き炎は恨みの証。

 お前が極楽を見立てるなら俺は地獄を見立てる。

 くせる、お前が殺した連中が地獄で手招きしているぞ」

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