第134話 妹に土下座

「そういえば妹よ。今日はこの後どうするんだい?

 帰るなら送っていくよ」

 服に着替え居間のローテーブルでお茶を啜りながら、さり気なく尋ねる。当然笑顔も忘れない、爽やかに明るい兄さんをイメージした仮面を被って対応する。

「何を言っているの兄さん、泊まっていくに決まっているじゃ無い」

 燦もお茶を飲みながら当たり前のようにおすましな妹のように答える。

「ははっ、そんな事したら兄さん逮捕されちゃうよ」

「大丈夫義理だから」

 燦は全く動揺すること無くしれっと答える。

 何が妹なら駄目で義理なら大丈夫なのか、軽いセクハラ脅しを掛けても動揺無しとか、改造される前は俺より進んでいたのかもな。

「はっは、お前どう見ても18才未満じゃ無いか」

 妹に手を出すのもやばいが18才未満に手を出すのも同じくらいやばい。ましてや俺は一応警官だ。純愛でした、知らなかったじゃ澄まされない。

「大丈夫、手を出さなければ良いのよ」

 手を出そうが出すまいが、お年頃という人生で一番発情している時期の男女が一夜過ごせばそれが既成事実になる。痴漢冤罪と一緒で男の抗弁など聞き入れられない、社会的に抹殺される、時雨やキョウとのなけなしの信頼が吹っ飛ぶ。

「お前はそんなに自分に魅力無いと思っているのかい?」

「兄さんはロリコンなの」

 可愛く小首を傾げて真顔で聞いてくる。

 くそっプライドを擽れば危機感を持つかと思ったが、やはりいざとなれば俺より圧倒的に強いことに裏打ちされているからか動揺しない。精神が大事とか言うが人間の自信なんて肉体的強さで支えられるものさ。

 ああ、そうだよ。仮にもし俺が燦に欲情して襲い掛かっても、逆に俺が肉布団になって畳まれる。それでもな~腕力だけが絶対的強さじゃ無いんだよ。手段を選ばなければクスリを使う手だった有るし、不意を突いてスタンガンを使えば筋肉そのものが動かなくなる。




 やめよう、俺は何を犯罪計画を立案しているんだ。そこまでして手にいれたいとも思わない。

 脅して縋って煽てて得た情報から切り口を変えよう。

 勘だが、この娘は行動は馬鹿っぽいが馬鹿じゃ無い。この馬鹿っぽい行動もまともにやったら前に進まないと計算してのことだと推測される。

 相手は馬鹿じゃない決してマンガに出てくるような非現実的ヒロインの思考をしているわけじゃ無い、模倣しているだけ。

 以上を踏まえて対応する。

「燦」

「なあに兄さん」

 微笑み答えてくれる燦。

計算も出来、計算した上で馬鹿も出来、肉体的にも強い。

 年下でこの余裕も納得出来る。

 だが計算が出来た上で、馬鹿な賭に出られるのはお前だけじゃ無い。

 そして俺には「嫌な奴になる」覚悟を決めた日に得たお前には無い下劣さもある。

「今すぐ抱かせてくれ」

 俺はその場でがばっと土下座をして頼み込んだ。

「・・・」

 今まで余裕で返ってきたレスポンスが無いので頭を上げれば、燦が目を見開いて固まっている。先程まで抱かせてあげてもいいよくらいの余裕の態度でひらりのらりとセクハラを躱していたのが嘘のようだ。

「・・・まだ朝よ」

 呼吸を整え燦は答えてきたが、今までのような平淡ながらの切れが無い。

「小鳥の朝の囀りは欲情しているからだぞ。

 つまり朝そういう気になるのは生物学的には可笑しくない、寧ろ正しい」

「・・・」

 甘い甘い、振り切った俺のお下劣さ変態性はこんなもんじゃない。ここは共倒れ覚悟で俺はあけすけに晒す。

「お前のその絹ように滑らかで瑞瑞しい肌をこの掌でさすって撫でてこね回したい、その長い睫を舐め上げ俺の唾液を滴らせ啜りたい」

「・・・」

 燦の眉が僅かに歪む。

「その澄ました人形のように可愛い顔は視姦じゃ足りない舌で舐めてその美を感じさせてくれ、その小枝のように細い指を咥えて吸って甘噛みしたい」

「・・・」

 すすっと燦が座ったままに僅かに下がったような気がする。

「その服を捲って晒される白くも柔らかく締まった腹筋に指を食い込ませ、臍に舌を挿入したい」

「・・・」

 俺の理性が剥がれた全開変態に燦の元々乏しい表情が完全に消え、能面のようになる。

「兄さんのこの迸る妹愛を受け止めてくれっ。

 慰めてくれるよな、だってお前は俺に愛して欲しいんだろ。

愛とは相対する心、愛を欲するならまず愛を捧げよ」

「だから・・・」

「おおおっっと、心で愛しているなんて本質から外れたことをまさか賢い燦が言わないよな。

愛とはエロス、エロス無くして愛は無く、欲情が無ければ愛じゃない」

「そういうのはもう少し時間を掛けて・・・」

 やっと燦は生まれたての子鹿のように震えた声で言う。

 まあ、キモイの一言で席を立ってまだ帰らないだけでも根性はあると褒めてやる。

「そんな時間は無い」

だが容赦はしない、燦に逃げを許さない。

「お前だって分かっているんだろ、俺の愛が欲しいというなら今すぐ抱かれて俺を虜にするしかないことくらい。

それとも最初の出会いの時のように俺を殺して奪うか?」

 俺は燦の瞳に自分の瞳を重ね合わせる。

 さっきのメールに添付されていた燦を調べた機関のレポートには、燦は人造魔人実験の影響で感情の起伏が小さくなったとある。だが過去の記憶は徐々に思い出してきて今ではほとんど自分の連続性については認識出来ているという。ただ感情が伴わないだけ。

 ならば、燦は普通の少女だった頃の理性をある程度取り戻しているはず。人殺しは悪いことだと思い出しているはず。出会い頭で俺を殺そうとした時とは違う。

 まあこの推測が違ったら、めんどくさいとばかりに襲われるだろうが、前とは違う。相手が怪力だと分かっているんだ、分かっていれば色々と手は有る。

 俺は凡人、凡人故に次があれば知恵を振り絞って対策を練る、それが凡人の強さ。凡人故に天才と違って初見で終わってしまい凡人の強さを発揮出来ないことが多々あるが、生き残れたからには凡人の強さを見せ付けてやる。

 さあ燦よ。殺し合いか愛し合いか、お前はどちらを選ぶ?

「それは出来ないわ。

 ねえ、教えて私はどうすればいいの?」

 そこにはクールさは無く、燦は怒っているのか泣いているのか定まらない福笑いのように崩れる表情で俺に訴えかけてくる。

 情けないことだが、こんな年下の少女に俺は今初めて頼られたのかも知れない。

 感情を失った燦が俺に求めるもの、何となくだが分かる。いや違うか、断言出来る。それを求めて俺に強襲を掛けて来た。言わば俺は獲物に過ぎない。短期間で獲物から随分と出世したもんだ。

「冬の嵐を葉を散らし丸裸になろうとも耐える木のように、何も出来ず過ぎ去るのをただ耐えるしか無いときもある」

 燦は望んで人造魔人になったわけじゃない。勝手に改造されて勝手に放置されて勝手に救い出されて勝手に危ないと監禁される。自暴自棄に暴れてもしょうが無い理由があり、理解も出来る。

 だが実際に暴れれば可哀想と言葉を投げかけられつつも始末される。怒りがあろうとも呑み込むしか無い。こんな年端もいかない少女にそれは酷な要求かも知れないが、幸いなことに感情の起伏の幅が小さい。合理的に納得出来れば、呑み込めることは出来るはずだ。

「もっと具体的に」

 気取りすぎたか。

「今は時間を掛けて上の信頼を勝ちとるしか無い。

 そして信頼を勝ちとるにはどうすればいいかお前なら分かるだろ」

 仮に俺が情に負けてここにいていいと言ったところで、世間がこの国の治安機構がそれを許すわけが無い。何をするか分からない人造魔人の自由を国が認めるわけが無い。

 唯一の手段は自分は安全だと上の連中を安心させて、首輪を自ら嵌めるしか無い。最早完全な自由など手に入りはしない。そんな自由が嫌だというなら、シン世廻にでも行って先の無い暴力に身を委ねるしか無い。バットとワースで好きな方を選べと言っているようなもの。

「私は間違っていた?」

 燦は答えの結果を先生に聞く生徒のように俺に尋ねる。

「ここに来るまでに誰かを傷つけたか?」

「ううん」

 燦はゆっくりと首を振る。

「なら、まだ取り返せる範囲だ。寧ろ正解かも知れない」

「えっ」

「我慢するだけじゃ、何も伝わらない。デモみたいなもんだ、今回のはあまり褒められた行動じゃなかったが、今回のことで俺はお前を知った」

 倉庫で偶然出会っただけの少女が、言葉を交わし食事を共にすることで血肉が通う燦という少女となってしまっていた。

「知った以上俺はお前の味方になる可能性もある」

 場合によってだが、俺が首輪になってもいい。幾ら美少女でも人一人の行動の責任なんて背負いたくもないが、最早仕方が無いほどに縁が結ばれてきている。

「私の味方になってやるとは断言しないの?」

「それはこれからのお前の行動次第さ。

 俺の言葉はそんなに軽くない」

「分かったわ」

 燦は目を瞑り静かに何かに納得したように頷いた。

「そうか」

「兄さんが女の人にもてないのがよく分かったわ」

「おい」

何をしれっと人を評価してくれる。今のところは言葉の裏にある言った以上は責任を果たすという真意を読み取るところだろ。いい場面が台無しだろ。

「それなら妹はそんなに焦る必要は無いかな。

今日は帰るわ。だから家まで送っていってね」

「勿論だよ」

 良かった。燦には理性がある相互理解が出来る交渉が出来る。それだけで味方出来る十分な理由になる。少なくてもその施設で非人道的扱いを受けているのなら抗議くらいはしてやろう。

 まあ、それとは別としてだ。任務達成だ、やったぞクソ上司。思わず心の中ガッツポーズを取ってしまった。

「それで私の家が分かるのよね。それがどういう意味か分かるわよね」

 燦の矢のように鋭い視線が俺に突き刺さる。ここで回答を間違えたら、即死とでも言うような問い掛け。

 読み取れ燦の思考は決して突飛じゃ無い、普通に読み取れるはず。

「ああ、これで兄さんの方から遊びに行けるな」

 このくらいの譲歩はしょうが無いというか、また家に侵入されるよりずっといい。

「そう」

 燦は安心したように一旦目を瞑り、再び俺を見詰める。

「兄さんは結構偉いんでしょ」

「そうだな。どうかな、それなりかな~」

「囚われの妹の存在を知った兄として何をするべきか分かるよね」

 再びデットオアライブの視線が問い掛けてくる。

「お前の外出許可を得られるように尽力しよう」

 まあ今回の失態を交渉材料にすればこのくらいの条件は出来なくも無いだろう。

「それでいいわ」

 良かった。これくらいで妹様は満足してくれた。一緒に住むようにしろとまでは言わてない慎ましさがあった。

「じゃあまだ午前中だし。街でデートしてから帰りましょ」

「はいはい。兄さんどんと奢っちゃうぞ」

 絶対経費で落としてやる。そして今日は出勤日として扱って貰う。

 この果無 迫、仕事のモチベーションと質を保つため、自己補填もサービス出勤もしない。それがプロってもんよ。

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