第98話 根回し2

「~という訳でよろしいですね」

「うむ。少し性急すぎないか?」

 俺の報告を聞き終えデスクに鎮座する五津府が顎を擦りながら答える。

 アポイント無しで朝一に五津府の執務室を訪ねたが、意外にも重役出勤など気取らず在席し、更に意外にも直ぐに話を聞いてくれた。上司を一つ飛び越えたよろしくない行為だが、時間が無く遅れて出勤してくるという如月さんを待てなかったので仕方が無い。それでも、会ってくれたことで、上司を飛び越えるより更にやってはいけない独断専行をしないで済んだ。

「間を空けて準備をすれば情報は漏洩し逃げられます」

 これが俺が如月さんを待てなかった理由。更にいえば既に田口に命じて署員に捜査には出ないで署で待機させておくように命じている。

「それでもだ。関係各所からの反発は大きいぞ。特に裁判所の許可は間に合わない」

 裁判所の許可は出ても、関係各所というか警察の他部署の反発は大きいだろう。だが今はいちいち根回していく時間は無い。強襲に近いことをするので足を引っ張る時間は与えないが、その後に必ず横槍が入るくらいならまだ良いが、手柄をかっ攫らおうとする奴らも出てくるだろう。そういった後々の面倒ごとを引き受けて貰いたいが為に煩わしいと思いつつも俺は上司に報告するのだ。

「ならば一等退魔官の権限で動きます。

 問題有りませんね?」

 魔に関する事件においては、捏造すら許されるのが退魔官。全ては社会安定の為、法にすら優先されるのが退魔官の判断。退魔官権限で行うことの是非は、法廷では裁かれない。全ては警察機構の中で内々に処理される。

「なら最初からそうすればいい、なぜ私の所に来た?」

「緊急時なら兎も角、上司に事前に連絡して許可を貰うのが、そんなに不思議ですか?」

 ホウレンソウが大事とはどのビジネス書にもある基本。

「君は私が反対すれば大人しく諦めるタイプだとは思わないがな」

「私はそこまで傲慢じゃ有りませんよ。

 所詮非力非才の凡人、自分一人の視野で突っ走れば崖にダイブしかねません。勿論信念はありますので簡単には引きませんが、納得する理由があれば引きます」

「君はつくづく官僚が似合うな」

 溜息交じりに言われたが、褒め言葉と受け取ろう。

「分かった、仮にも事前に私に報告してきたんだ出来る限りの根回しはするし、後のごたごたも出来るだけ抑えよう。思い切りやり給え」

「ありがとうございます。

 そしてもう一つ甘えたいのですが」

「なんだね?」

「如月警視を私のサポートとして付けて欲しいです。無理でしたら他のベテランでも構いません」

 朝一でいないことから如月さんは何かの仕事で手が回らない可能性があるが、考えようによっては都合が良い。助言は貰うが手柄は俺が貰う、こんなジャイアニズム溢れることをするつもりなんだ、今後の付き合いもある如月さんじゃない方が色々考慮しないで済む。

「五月蠅い監督役が欲しいとは変わっているな」

「サポートですよ。これでも初めてで震えているんですよ」

 よく言うぜ、狸親父が若い退魔官の暴走を懸念しないはずがない。ここで俺が言い出すまでもなく鈴は付けようとするだろう。だったら先手を打って、影で見張られるよりかはサポートとして来て貰い働かせた方が効率が良い。

 それにだ。政治的に公安を嚙ませておいた方が、後々の弾除けにも使える。

「ふっはは、君にそんな可愛いところがあるとは思わなかったな。よかろうサポートは付けよう。直接行かせる」

「ありがとうございます」

 俺は頭を深々と下げるのであった。


「~という訳で、急で悪いが護衛役として旋律士を今すぐ一人派遣して欲しい」

 俺は五津府の執務室を出た足で、そのままアポイント無しで前埜の事務所を訪れていた。

「急すぎる。護衛として旋律士を望むなら、遅らせることは出来ないのか?」

 前埜は当然の反応で渋い顔をする。

「それでは逃げられる。間に合わないのなら掻き集められた戦力で実行するまでだ」

「ならなぜキョウや時雨を使わなかった? 彼女達ならそのまま投入できたはずだ」

「学校があるだろ? 彼女達を落第させる気か?」

「今更君がそれを言うか。本音は何だ?」

 前埜が俺を睨み付けてくる。俺が彼女達を使わない本当の理由を言うまで引く気はないことが覗える。

 言えば過保護と笑われるだろうが、彼女達を関わらせたくない。今回の件、人間の闇が深すぎる。 

「今回の件に関してユガミや魔がいる可能性は低い。ならばだ他の旋律士を知ってみる余裕があると言うことだ。

 今後の為の人脈作りだよ。

 退魔官とは野球でいう監督みたいなもの、数々の手駒を用意し投入できなくてはならない。キョウや時雨しか知らないでは、いずれ手詰まりになる」

 これもまた頭の片隅にある本音。本音ではあるので前埜も煙に捲ける。

「それが貴方の覚悟なのですね。

いいでしょう、若き退魔官を育てるという意味で、少々無理をします。なに、前回みたいな特殊条件は無いんですから、一人くらい空いている旋律士がいるでしょう」

「ありがとうございます。

 それで今更なんですが」

「何かな?」

「紹介手数料は幾らなんだ?」

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