第95話 男の意地

 日も沈み月が中天を越える頃、寝静まる民家を守る塀に両脇を挟まれ伸びていく一本道。

民家に押し入ろうとする盗賊団か、静かに集まり大型テントを黙々と設置していく男達がいた。

「果無警部、大型テントの設置完了しました」

「果無警部、A地点及びB地点の封鎖終了しました」

 俺の親ほどの年代の制服警官二人が俺に向かって背筋をぴしっと伸ばし最敬礼で報告して来る姿に、俺の脊髄がゾクゾクと擽られる。これが権力でしか味わえない快感。食欲とも性欲とも次元が違う支配欲が満たされる快楽に権力に魅入られる奴の気持ちも分かるというもの。

 俺は今回の事件の調査結果をレポートにまとめると直ぐさま如月警視に報告して、そのまま二人で五津府を伺い承認を貰い、俺は晴れて今回の事件の現場の最高指揮官に任命され全権を握った勢いのままに所轄で行われている夕方の捜査会議に乗り込むと、所轄刑事全員の反抗にあったが命令書を印籠の如く翳して実権をもぎ取るやいなや現場の封鎖作戦を実行に移した。

 現場を大型テントで囲うことで外部からの視線を遮断すると同時に、現場を中心として50メートル離れた両端に何者をも通さない検問を設置して封鎖させ、部外者を遮断する結界を作り上げたのであった。

 これで五月蠅いマスコミパパラッチに迂闊に写真を撮られることも、迷い込んだ一般人に動画投稿されることもあるまい。

「ご苦労。ではお前達も現場に戻り別命あるまで、誰一人ここに通さないようにしろ」

「「は」」

 へりくだりはしない。友達に仲間に成りたいわけでも、好かれたいわけでもない。敬意は結果で勝ちとる。強気の態度と強い口調で若造たる俺が堂々命令するが、反抗的な表情一つすることなく制服警官達はそれぞれの検問に地点に向かって駆け足で向かって行く。

 いい緊張感だ。引き締まる思いに遠ざかる二人の背を確認し振り返れば、この場に残る決心をした田口、工藤がいる。

「二人とも良いんだな」

「昨日今日でお前をあっという間に最高司令官にすげ変える権力。警察が意味も無くこんなことをする組織で無いと私は信じる。ならば、これは出世する上で避けては通れない道なんだろ」

「なるほど」

 確かにここの署長はあれこれ言うことなく案外すんなり俺を受け入れた。警察でも上の方は結構魔の存在を知っているのかもな。そう考えて魔を知ることが出世に繫がると思える発想が凄いな。

「俺は刑事だ。俺が手がけだ事件の真相を知りたい」

 田口の思考はシンプルだな。人はそれが禁断の果実だとしても知りたいと手を伸ばす、楽園を追放された時から遺伝子に刻み込まれた業だな。

「分かりました。上の許可は得ています。だが、真相を知った以上もう逃げられない。後始末は代償としてしっかり手伝って貰います」

 これ以上の惨劇はユガミを倒し終了するだろうが、事件は終わらない。ここまで知れ渡った事件、捏造でもでっち上げでも何かしらのケリを付けなくては警察の威信に傷が付く。そんなの知ったことかとアウトロー気分で言い切れれば良いが、俺も今は官権宮仕え、所属する組織の威信低迷は今後の俺の仕事に影響する。またそういったゲスな事情を差し引いても、解決しないままでは人々の心に事件がいつまでも残り、そこから社会が歪んでいく。

 誰もが区切り着く幕引きを描いて演出するのは、ある意味ユガミを退治するより面倒かもな。小説家でも雇いたいな。

「分かっている」

「ああ」

 予想通りの承諾の答え、五津府に許可を貰っておいた甲斐がある。

「では二人には立ち会う許可を出します。行きましょう」

 俺達は天幕を潜り戦場へと践み入る。

「ん、そのは二人は誰だ? うちの署のものじゃなさそうだが」

 入った天幕内にいる二人を見て田口が尋ねる。

「今日の主役ですよ。二人とももうレインコートを取って良いぞ」

 警察支給品のレインコートをフードまですっぽり羽織っていた時雨さんとキョウがレインコートを脱いだ。

「ふう、暑苦しかった」

「おっ女どころか少女だと!!!」

 田口が顔を現したキョウと時雨さんを見て驚く。

 キョウは、上は青に金糸の入ったパレードなどで警察の音楽隊が着ているような詰め襟のユニフォームのような服で、下に纏うホットパンツに旋律具たるシルバーに輝くロングブーツと調和が取れていて美しくまとまっている。

 時雨さんは髪を三つ編みにまとめ、鮮やかな空のような青に染めたくノ一のような服を纏っている。

 二人ともいつもと違い今回は戦闘のみに専念できるということで、いつものように群衆に紛れる服装でなく戦闘に特化した格好をしてきている。

 二人とも似合っていて格好いい、服に着せられている感はなく自然な一体感がある。しかし女騎士に女忍者を連想させる格好は、見る者にここはアイドルコンサートかコスプレ会場かと、特にオッサンには戸惑いを生じさせる。

「これはどういうことですか果無警部。映画でも撮るつもりですか?」

 そう思われても仕方が無いか。

「二人は事件解決の為、俺が雇った外部の者だ」

「踊れば隠れた犯人が出てくるとでも」

 あながち外れでもない揶揄。彼女たちは実際ここで旋律を舞うんだからな。

「説明するのも面倒だ。これから起こることを見ていろ、それで分かれ」

 旋律士なんて言葉で説明して分かって貰えるものじゃない、見て感じて納得してもらうしかない。

「お手並み拝見させて貰いましょうか」

「そうだ見ていろ、見ているだけだ。絶対に手を出すな、何があってもだ」

「一体何を・・・」

 俺の異様な念押しに田口がたじろぐ。

「これから起こることは理外の理、普通の人間に手を出せることじゃない。

 お前達は、お前達が出来ることをすればいい。くれぐれも部外者をここに立ち入らせるなよ」

「・・・っ了解です」

 二人の返事を聞いて俺は隣家と隣家、塀と塀がピタリと合わさり鼠一匹通れなる隙間すら無い境目の前に来る。

「じゃあ、二人とも作戦通りに頼む」

 俺はワイヤーが付けられた取っ手をキョウに渡す。そしてワイヤーのもう片方はリールに巻き付けられていて、これは俺が持つ。このワイヤー大学で研究中の宇宙エレベーター用のカーボンワイヤーの試作品、並大抵のことじゃ切れはしない、認識の狭間に落ちても切れはしないと信じたい。

「それだけどやっぱりボクが行くよ」

 時雨さんが一歩前に出てくる。

「駄目だ。作戦通りだ」

「なんで君よりボクの方が絶対に上手くやれる」

「そうかもしれない」

 かもどころか、昼間ああは言ったがこと対ユガミ戦においては旋律が無くても俺より強いだろう。

「なら」

「でも駄目だ。君の代わりに俺が残ったところでいざという時に役に立たない」

 想定される理外の理ならともかく、不測の事態の理外の理など逃げるだけで精一杯、誰かを助ける余裕などない。

「だからそのいざってことが起きない為にボクが行く」

 事故が起きないように注力するか、事故が起きても平気なように注力するか。理系における設計思想の重大テーマ。理系の俺としては徹底的に討論をしてみたいところだが今は時間がない。

「いい自信だけど、それだと根本的な問題が解決しない」

「なによ」

「最大の理由は時雨では認識の狭間にいけない。クイ男は前回のこともあって警戒している。そう簡単には間口を開かないだろう」

 クイ男に普通の生物のような警戒心があるか知らないがな。

「君なら行けるというの?」

「開けなければこじ開けるまで。

 俺のこと心配してくれてありがとう、この件が終わったらデートしよう」

「へっちょっと」

 俺の不意打ちに時雨さんが動揺している内に俺は塀と塀の境に向かって歩いて行く。

 俺が行く最大の理由。それは危険だからと俺が出来ることを放棄して時雨さんに替わって貰うなんてことをしていたら、いつまでたっても俺は時雨さんに並び立つことなど出来やしない。

 俺にも残っていた感情、男の意地って奴さ。

壁が鼻先に迫り、普通の奴ならこのまま壁にぶつかるだけ。だが俺はクイ男を認識した。一度認識してしまえば、認識の狭間に隠れようとも逃がしはしない。

 俺は真っ直ぐそのままに塀と塀、いつの間にかぽっかりと空いた路地に入っていく。

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