第74話 プロ

 タイヤが軋み、見事なサイドターンを決めてパトカーは走り去っていった。

 逃げるついでに雑魚の一人でも轢き殺して溜飲を下げよう何て色気を全く出さない清々しいまでに徹底した逃げ足だった。

「逃がさないぜ」

 俺も同じで逃げるつもりなら警官を片付けセクデス達が立ち去るまで、ずっと草むらで息を潜めていたさ。中途半端は反撃を喰らい逆襲される。やると決めたら徹底的にやる。

 憎しみの連鎖は、自分が我慢して終わらせるものじゃ無い。

 憎しみの連鎖は、相手を断ち切って終わらせるものだ。

「ん!!!」

 俺の影が伸びたっ、と感じた瞬間俺は何も考えず横に飛んだ。

「ちっ」

 俺が元いた位置にハンマーの如き轟音が唸って大熊の両腕が振り下ろされる。あの巨体から繰り出されるダブルスレッジハンマー、あんなもの喰らってたら一発で俺の首が胴にめり込んでいた。

 ふう~危ない危ない。自分に酔っている場合じゃ無かった。太陽が俺の背後になかったら終わっていた。

「まだいたのか、依頼主はお前を置いてさっさと逃げたぞ」

 裏切られた怒りに戦いを放棄してくれることを祈って言う。

「それが仕事だ」

 大熊は渋い声で返す、というかしゃべれたんだな。

今まで対峙したスキンコレクターや石皮音は己の欲求を極めるため世界の理さえ歪めて戦うが、此奴はプロとして戦っている。

 忠義でも仲間意識でも無く、金を貰った対価で戦うプロ。故に見捨てられても動揺は無い。

 やっかいだな。

銃弾が効かない。当然俺の拳も蹴りも効くわけが無い。関節技を掛けても力で振りほどかれる。俺の攻撃に効果は無い。

 援軍の予定も無い。

 耳を澄ませばジャンヌの聖歌はクライマックスに近いが、普通の人間である此奴には何の効果も無い。

 結論として手詰まり。勝ち筋が見えない以上、逃げるのが正解。

 ちっ仲間ってのは厄介なもんだ。

「見捨てられてなお殿を引き受けるとはプロは大変だな」

「これはサービスだよ」

 八方塞がりからの苛つきに言ってやった皮肉に一縷の巧妙が返された。

「サービス?」

「雑魚に女に警官二人、なんてこともない」

 既に仕事が終わった気分なのか大熊の口は軽い。

「なら、これからの戦いは金を貰った範囲を超えていると言うことか」

 そうだよな。よほどのことが無ければここまでされても戦えという契約は結ばない。セクデスが見捨てた時点で契約は終わっているはず。

「そうだな」

 興味でも恨みでも無く、またのご依頼を期待してのご機嫌取りで、俺達は潰されるというのか。其処まで俺達の存在は軽いというのか。

「20万」

 ならその存在の軽さを利用させて貰う。どうでもいいのなら、潰さない理由を与えてやる。

「ん?」

「もう仕事が終わっているというなら問題は無いだろ。俺が雇おう」

「俺に裏切れと言っているのか?」

 おいおい、よく言うぜ。そんな仲間意識があるのなら見捨てられて時点で怒るだろ。

「契約の切れ目が縁の切れ目、かつての依頼人は次の敵、プロってはそういうもんだろ。30万、それで県外に立ち去れ」

 珍しいことじゃない。野球選手だってサッカー選手だって、金で移籍すれば昨日までの仲間相手に容赦なく牙を剥く。プロとはそういうもの。

 つまり、これは値段交渉ってことだろ。

「くっく、お前はそれでいいのか?」

「お前はセクデスとは違う、倒すべき俺の敵じゃない。お前は倒すべき敵の武器だ。持ち主の手を離れ意思を持たない武器と戦う気はないぜ」

「面白い奴だ」

 言いつつ大熊は懐から名刺を取り出し俺に投げる。

「其処と連絡を取って金を払え。もし約束を違えたら分かっているな」

「約束は守るさ」

もしかしたら、此奴は石皮音から俺のことを聞いていたかも知れない。だから取引する気になったのかもしれない。

 何処で繫がるか分からない、信用は味方であろうが敵であろうが大事だ。

「なら、縁があったらよろしくな。お前になら雇われるのも面白い」

 大熊は川の上流の方に立ち去っていく。その背を見守る暇は俺に無い。契約した以上、騙し討ちはしないと信じて俺は直ぐさま行動に移す。

 聖歌はクライマックスを迎えジャンヌは神が降臨したかの如く声が黄金に輝き体すら神々しく輝いた。その光にひれ伏すように鬼は地に伏せ、神が定めた摂理を逸脱し鬼に変質した体が再び神の摂理に従おうとして塵になって消滅していく。一度逸脱してしまえば、消滅することでしか戻れないということなのか。

「はあ、はあ」

 ジャンヌは体から輝きが消えると同時によろめく。魔に対して無敵に見えた聖歌も体への負担は半端ではないんだな。

 滝のような汗が流れ出しライダースーツが艶めかしくもべったりと肌に張り付くがジャンヌは気にしない。そんなこと気にならないほどに大事なものがあるのかジャンヌはよろめき目的に向かって歩き出す。己の足で向かう意思と気高さに、手を貸すどころか声さえ掛けることが躊躇われる。

「おい、おい、しっかりしろ」

 声の方を見れば年配の警官は倒れた警官を抱え必死に呼び掛けている。

「状態はどうだ」

 俺は駆け寄って尋ねた。

「生きてはいるが意識が無い」

「なら早く救急車を呼べ」

 見た感じ外傷は無く内蔵とか目に見えないところを損傷している可能性が高い。なら素人に出来ることなど少ない。

 警官ははっとしたように無線で連絡を取り出す。

 こっちはこれで何とかなるだろうと、残る一人の方に目をやるとジャンヌが動かなくなったアランを抱きしめ、声を殺して泣いていた。目を開けてジャンヌに答えるなんて奇跡は起きない、アランは安らかに眠り続けジャンヌは泣いている。

二人の関係がどうだったかなんて知らない。

この場で抱きしめ泣いたところで何も変わらない何も好転しない、ジャンヌの感傷行為に過ぎない。

 それでもそれを大切にするというなら、俺なんかが見ていていいものじゃ無い。

 俺はジャンヌに背を向け離れ出す。

鬼のようにアランの体は塵になったりはしないが動かなくなったところを見ると、何かしらの魔の力で動いていたのだろうか? 死人を動かす? そんなこと誰が?

決まってるか。

 俺はジャンヌから離れつつスマフォを取り出し前埜に連絡する。

『やあ果無君、観光はどうだいうまくいっている?』

 この脳天気な口調、前埜は本当に知らないようだ。俺を囮にしたとは勘ぐり過ぎだったか。

「もう少しで殺されるところだったよ」

『えっ』

「詳しいことは後で報告する。セクデスという一級犯罪者を追っている。応援を直ぐさま寄越してくれ」

『セクデスだって!!!』

「知っているようで良かった。彼奴は危険すぎる、放っておけば何百人と死ぬぞ」

『だが、今動ける旋律士はみんな羽田の警備に付いている』

 羽田の警備? 羽田で何があるというんだ。それを全く知らないということは、俺はやっぱり部外者ということか。部外者かも知れないが、今起きていることに関しては当事者だ。そして巻き込んだのは前埜、責任は取って貰う。

「それでもだ。何とかしろ。幸いこっちにはジャンヌというエクソシストがいる。旋律士としての腕より戦士としての腕を優先してくれてもいい」

『ジャンヌっだって。ジャンヌってあのジャンヌなのか?』

「知らねえよ。俺が知っているのは目の前にいる金髪で聖歌を歌えるジャンヌだ」

『出来るだけ何とかする』

「それとN市署長に話を通して、俺に最大限の便宜を図るようにしてくれ。実はこっちは超特急で頼む、でないと逮捕される」

 何かサイレンがドップラー効果で聞こえてくる。あの場は勢いで誤魔化したが、冷静になれば間違いなく逮捕される。

『君って奴は何をした』

「抗っただけだ」

『分かった直ぐ動くよ。くれぐれも無理をしないように』

「無理をしなきゃ生き残れないさ」

 手足はもいでやったぞセクデス、ここからが反撃だ。

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