第46話 コレクター魂

「死んでないわよね」

 嘲る呼び掛けに意識を戻せば体中が痛い。特に背中が痛むことから俺は吹っ飛ばされて壁に叩きつけられたらしい。

「貴方には本番に備えてこの皮膚の慣らしに付き合って貰わないとね」

「その為に加減してくれた訳か」

「ええ、そうよ」

 完全に馬鹿にされている。敵として認識されていない。悔しいが、そのおかげで命を長らえてもいる。人生とは難しいもんだ。

 さてこのまま寝ていては止めを刺される。彼奴の遊びに付き合う為にも痛む体を堪えて立ち上がる。

「はいっ」

 スキンコレクターは立ち上がった俺にご褒美とばかりに俺が手放した7段警棒を放ってくる。

「ほらさっさと構えて、時間は大事よ」

「くそったれが」

 俺はキャッチすると同時にスキンコレクターに向かっていった。

「はいっ」

 足を払われ、俺は数舜空に浮いた。そのまま胸倉を押される。

「ぐはっ」

 床に受け身も取れずに落下して息が詰まる。

「ほい」

 すかさず鳩尾にスキンコレクターの爪先がめり込む。

「ぐほっ、がは」

 息が一瞬止まる苦しさに後から津波のように襲い掛かる体が千切れるような咳。それでも少しでも時間を稼ぐ為、咳に苦しみ悶えのたうち回りながらもスキンコレクターから距離を取っていく。

「ふう、慣らしはこんなものかしら」

 スキンコレクターから距離を取れたところで立ち上がる。立ち上がったところでスキンコレクターが本気を出せば一瞬で殺される。だが逆に一瞬隙が生まれれば俺が勝つ。

「ねえ、あなた私の下僕にならない」

「なっあんんだと」

 立ち上がった俺にスキンコレクターは追撃をするわけでも無く絶対的強者として問いかけてきた。その姿勢に隙は無い、俺が少しでもおかしな真似をすれば潰される。

「ウォッシャーを失って手が足りないのよね。あんた戦闘では役に立たないけど、頭は悪くなさそうだから雑用して使ってあげてもいいわよ」

「リクルートかよ」

 怪人の手先いや悪の組織の戦闘員、俺も落ちるところまで落ちたもんだな。

「あなただってここで殺されるよりはいいでしょ。

 それにご褒美を上げるわよ」

「褒美だと」

 給料として人の皮を貰っても嬉しくないが、此奴が金を持っているのはこの家を見れば分かる。上の屋敷も広いが、本当に凄いのはこの地下。犯行を防ぐ為に必要なことだろうが一体幾ら金を掛ければこんな広い地下を作れる?

 もっとも金では俺の心は響かない。

「貴方時雨に欲情してるでしょ。役に立ったら皮膚を剥ぐ前に時雨を抱かせてあげる。私は最終的に皮膚が手に入ればいいから、中身は興味が無いの」

 時雨さんを抱ける。

 あの絶対に手に入らないと思っていた美しい少女が俺の胸の中裸で悶える。

 心が壊れても性欲はある。そんな妄想をしなかったわけじゃ無い。

「命も助かって女も抱ける。そう悪い話じゃ無いでしょ」

「お断りだ」

 仲間に成った振りをして時間を稼ぐ手も有った。

 だがこれだけは、時雨さんを出された以上、俺はこう答えるしか無い。

「あら、意外。別に正義感が強そうというか、あなた人間嫌いでしょ。貴方は死体を前にしても食事が出来るタイプ。私と同じ側でいて、まだラインを越えてないだけ。

私の仕事を手伝うことに抵抗はないはずでしょ」

酷い言われようだが、ある意味当たっている。俺は心が壊れている。なのにこっち側に踏み留まっているのは、此奴のように力が無いからかも知れない。力があれば俺は今頃向こう側に行っていたかも知れない。

だがもう踏み越える前に俺は時雨さんに出会ってしまった。

「そうかも知れないが、お前の仕事を手伝うメリットが無いな」

「本来なら指すら触れられないような惚れた女が抱けるのよ。十分なメリットじゃ無いの?」

「確かに俺は時雨さんの表面に惚れたのかも知れないが、俺が惚れたのは時雨さんの積み重ねてきたもの全てが発露される旋律だっ」

「体より旋律がいいなんて、つくづく貴方はこっち側ね」

「性欲を超えるものはあるさ。

お前が時雨さんなら喜んで従おう。

 だが、お前は時雨さんじゃ無い」

「あなた頭良さそうで馬鹿だったのね。残念」

 溜息と共にスキンコレクターは目を瞑った。

「それと合理的な理由も一つ。勝機を見す見す逃す馬鹿の下に突く気もない」

 俺を馬鹿にする過剰演技だろうが勝機は逃さない。俺は懐に入れておいたスマフォを銃を抜くようにクイックドローで抜き出しスキンコレクターの写真を撮ると、前埜に送信した。

 いやはや最近のスマフォ便利すぎだろ。

「何をした!?」

「これでお前の面は割れた。得意の不意打ちは出来ないな。

 お前はここで遊んでないで、さっさとその新しい顔で逃げれば良かったんだよ。そうすれば後日不意打ちのしたい放題。何をトチ狂ったら旋律士をここで迎え撃とうなんて思うのかね」

「私にはその力は十分ある」

 その言い方どこか自分に言い聞かせているように聞こえた。

 そもそも此奴は頭は悪くない。十分損得を計算できる奴だ。それ故に今まで生き延び銅の等級の砂府すら返り討ちにした。

 そんな奴がなぜ急に脳筋キャラになった?

「はっそうかそうだったんだな」

 俺はこの部屋一面に靡く人の皮を見上げた。

「これかこのコレクションを捨てられないからここに踏みとどまったのか。ははっ命を賭けてコレクションを守るとはコレクター魂ここに極めりだな」

「お馬鹿さんね。逃げる必要が無いから逃げないだけよ」

「そうか。だったらそれを証明して貰おうかな」

 俺が指差す先には矢牛がいた。

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