第30話 ゾクゾクする
「ほら、剃り残しがある」
「急がせるからだ」
「ちゃんと頭タオルで拭いて、ドライヤー掛けて」
「分かってるって」
意外だったが時雨さんは世話好きなのか何かと口を出してくる。まあそうでも無ければあの時無償で俺を助けたりなんかしないか。
「子供みたいな反抗しない」
時雨さんの優しさは分かっている、分かっているが、喧しいと、少し、ほんの少し思うのは罰当たりなのだろうか?
そしてそんな俺を大友が生暖かい目で見ている。くそっ俺のプライドが、これでも俺は大学で馬鹿にされない為隙を見せないようにしているのに。口止めをお願いする? いや却ってやぶ蛇、元々接点の無い女だ。このまま事件が終われば自然と接点は無くなる。何もしないのがベストだ。
なんやかんやと身嗜みを強制的に整えさせられて大学に向かった。大友さんのアパートは大学から徒歩で通える範囲なので、俺と大友が並び時雨さんが一歩下がって付いてくる。なんか大友さんと時雨さんの位置が逆じゃ無いかと思ってしまうが、時雨さんが自然を装いつつ意図的にこういう並びにしたのは分かっている。護衛を考えればベストの配置、決して俺が時雨さんに嫌われているからとは思わないようにしよう。
「大友さん」
俺は歩きながら大友さんに呼びかけた。
「はい」
「今日の予定を聞きたいんだが、まず講義はどうなっている?」
「2限と3限に入っています」
俺は2限に外せない必修科目がある。つまり俺はその時間は付いていてやれないか。
「その後の予定はあるのか?」
「今日はバイトも無いのでその後はサークルにでも出ようかと思ってました」
「サークルか。悪いがそれは事件が解決するまで休んで貰おう」
お遊びサークルなら休んだところで問題はあるまい。しかしバイトはしているのか、そっちは気軽に休めとは言えないな。仕事は大事だ。仕事しなければ金が入らず、金が無くては生きていけない。今日はいいとして、今後はどうしたものか。
「分かりました」
「ボクは別にいいよ」
いきなり時雨さんが会話に割り込んできた。
「どういう意味だ」
「言葉通りだよ。流石に旅行とは無理だけど、サークルくらいだったら出なよ。
ボクは大友さんに出来るだけいつもの生活をして貰う為の護衛だもん」
時雨さんは軽く言う。
「そうは言ってもな」
サークルとか関わる人数が増えるほどに護衛は難しくなり、時雨さんの負担が増えていく。そんなこと素人の俺にだって分かるのに。
「何の為にボクが来たと持っているの? 守るだけなら、どっかに監禁するよ」
負担増なんか承知の上、馬鹿にするなとばかりに、俺のこれ以上の反論を封殺する怒気が籠もった瞳で睨まれる。
背筋がゾクゾクする、時雨さんの敵に回るとはこういうことか。
「言い換えれば、まだその必要は無いと言うことか」
「そういうこと」
流した俺に時雨さんはしたり顔で言い怒気は霧散していた。
俺は元々サポート、バイト君、本職の人間がそう言うならそうなのだろう。まだ徹底的にぶつかる時じゃ無い。だがもしその時が来たらあの目を向ける時雨さんに俺は向かっていかなければならないのか。そんなときが来ないことを祈りつつ、俺はそういった事情を踏まえて、メールを送るのであった。
それから数分、何もしゃべること無くただ一緒に歩いていると大学の正門が見えてきた。そして正門のところにちょっと人目を引く女が人待ちをしているのも見えた。
長い栗色の髪をサイドテールにまとめちょっと強気な顔立ち。服装は茶色のロングブーツに青のタイトスーツの上に白いコートを纏っている。そして何よりタイトスーツがはち切れんばかりのボディーでグラビアモデルでも通用しそうだ。正門を通るが男子学生がチラチラ見ながら通り過ぎていく。
初めて見る女だが、こちらを見ると親しげに片手を上げてきた。それで俺に用があると一瞬でも自惚れはしない。
自分の後ろを見れば、
「キョウちゃん」
時雨さんが嬉しそうに片手を上げて呼びかける。
つまりあれがもう一人の護衛らしい。
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