第19話 情報戦

「それにしてもシグったらいつの間に彼なんか作ったの?」

 パーマを掛けた少女がにやにや笑いながら時雨さんに話しかける。

 ここはショッピングモール内にある喫茶店のテーブル席。俺と時雨さんが並んで座り、対面には目をキラキラ輝かせてこちらを観る少女が二人。

 俺の前にはコーヒー、時雨さん達三人の前には食い切れないほどのでかいパフェが置いてある。俺は甘いものは嫌いじゃ無い。パフェを頼みたい気もしたんだが、何かこの場では頼んではいけない気がしてコーヒーになっている。

 一人の方が気楽だ。その俺が何で女子校生三人と喫茶にいるかと言えば、時雨さんの彼を名乗った瞬間有無も言わさずここに連行されたからだ。断れば良かったんだが、初対面の人に対しては出来るだけ空気を読むようにしている処世術。人間社会の悪意を躱していく為、敵は作らないに限る。

「そっそれはその~」

 時雨さんは目が完全に泳いでいる。怪異と戦っているときの凜々しさは欠片も無い、ただの少女となっている。時雨さんも友達の前では年相応の普通の少女なんだな。

 怪異を前にした凜々しき旋律士、友達を前にした女子校生、どっちが素顔でどっちが仮面。

なんてな、純粋な子供じゃ無いんだ裏の顔があるなんて傷付かない。どっちも時雨さんで舞台に応じた演技をするのはまともな人の性。

ただ俺が惹かれたのは怪異を前にした旋律士の顔。

っと今は普通の女子校生たる時雨さんと友達を前にして俺はどうすべきか判断しないとな。ぶっきらぼう、ワイルド、純情君、いい人、お兄さん。この前の二人を前にしてどの仮面が一番無難なんだろうか?

情報が足りない。まずはスタンダードにいい人仮面で行くか。

「ははっお年頃の女子校生、色恋沙汰を前にして時雨に色々聞きたいのは分かるけど、まずは紹介してくれないかな」

「そうね~。シグに彼氏が出来てなんかちょ~興奮しちゃって。

 あーしは矢木 由香。シグのマブダチよ」

 軽いパーマをしてウェーブの掛かった綺麗な髪をしている。肌は少し焼いていて体つきは、制服を着ているAV女優にしか見えない。まあ顔付きは大人の女性のようでいてまだ経験が足りないあどけなさが少し残っている。

「私は海野 満子。よろしく、彼氏さん」

 ショートカットの子が元気溢れる感じで自己紹介してくる。

「それにしてもシグシグに彼氏がいたなんてショックだな~。全然教えてくれないんだもん。それで二人は付き合ってどれくらいなの?」

「そうだね。まだ一週間も経ってないかな」

 ここは無難に正直に言う。

「へ~本当に付き合ったばっかじゃん。それならあーしも気付かないか」

 だろうね、加えて時雨さんは恋に浮かれているなんて事も無かっただろう。

「ねえねえ、二人は何処で知り合ったの」

 来たか。これに対して正直に答えるのはどうなんだろう。二人は時雨さんの裏の顔について知っているのか。情報が足りない。この場合は。

「それは二人の秘密。結婚式の時にでも惚気てあげるよ」

「ごちそうさま」

「まあ、そうだな。俺が時雨に熱烈にアタックして、時雨が熱意に折れたとだけは言っておく」

 まあ正確には脅しだけどな。

「へえ~。あの浮沈艦のシグシグがね~」

「浮沈艦?」

「ああシグシグのあだ名で、告白する男子は数あれど見事シグシグを・・・」

「わああああ。ちょっとちょっと」

 べらべらとしゃべり出した海野さんの口を慌てて塞ぐ時雨さん。

 ふ~ん、予想通り時雨さんはモテるんだな。そして誰も時雨さんの心を撃沈した者はいないと。でも時雨さんは浮沈艦どころか、とっくに撃沈されているぞ。俺じゃ無いのが悔しいがな。

「もう。二人とも変なことは言わないでよね」

 時雨さんは立ち上がった。

「ちょっと、シグそんなに怒らないでよ。座って座って」

「そのご免。ちょっと化粧直してくる」

 時雨さんは俺の方をちょっと見て頬を赤くすると席を離れていった。

「かわいいね~。彼氏の前だから照れてるよ」

 矢木がにやにやしながら言う。

 時雨さんはいない。そして目の前には俺より時雨さんを知っている二人。

偶然得た機会だが、このチャンスを生かせないようじゃ時雨さんの傍にはいられない。

「二人とも時雨とは仲がいいんだね」

「そりゃ。入学以来の腐れ縁だよ」

「俺の知らないことをよく知っていそうだ」

「そりゃね」

「良かったら、時雨のこと色々教えてよ」

「ん~どうしよっかな。そういのは直接聞いたら」

「恋人同士だからこそ。サプライズって大事だと思わない。

勿論タダとは言わないよ」

「ははっ流石シグを落とすだけはあるわ。ここは奢りね。いいよ。話せることは教えてあげる」

 痛い出費と思いつつも情報を仕入れるのに夢中になっていた俺だが、スマフォが震え我に返った。

そう言えば時雨さん遅いなと思いつつ、スマフォを観ると時雨さんからだった。慌てて電話を取ると。

「助けて」

時雨さんの切羽詰まった声が俺の耳に響いた。

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