case4. ノックキラー/SCP-485,SCP-067
「48人も殺すなんて、流石にやり過ぎじゃないか?」
静かな研究室に博士のそんな声が響いた。
今まで静かに研修レポートを書いていたハリスとセシルは同時に顔を上げ、目を丸くしている。
「……な、何のことですか?」
絶句しているハリスの代わりにセシルが尋ねると、博士はしれっとした顔でハリスへ視線を向けた。
「48人は死んでたぞ、ハリス」
「……ぼ、僕が何か?」
生まれてこの方、人を殴ったことさえない貧弱なハリスは目を白黒させる。
しかし今目の前にいる博士は自分達の上司であり、またいつも何だかんだ言いつつ新人職員である自分達に優しい人だ。
研修期間終了を間近に控えて、突然人格が変わるということもないだろう。
話の脈絡がわからないハリスとセシルは顔を見合わせた。
そんな二人の様子を見て、博士は鼻を鳴らす。
「ハリス」
「はい……」
「その癖は治しておいた方がいいぞ」
「癖……と言いますと?」
何かしていただろうか、とハリスは自分の手元を見た。
キョロキョロと辺りを見回すハリスに「違う違う」と博士はボールペンを前へと突き出す。
そしてノック式のボールペンをカチリと一度ノックして、その芯をしまった。
「考え事している時の癖だろう?」
「……あ、あぁ! そ、そうですね……ついやってしまいます」
ハリスは自分の右手に視線を落とし、握っているペンを確認した。
博士の言っている「ハリスの癖」というのはボールペン上部をカチカチと押す行為のことだ。
レポートの最期をどう締めくくろうかと考え、キーボードから手を離して手元にあったボールペンをいじっていたことをハリスはやっと自覚する。
「スミマセン。うるさかったですね」
「いや、そういうわけじゃない」
「?」
研究室にはハリスとセシル、それから博士の3人しかいない。
皆書類仕事に没頭していて部屋は静かだったし、ボールペンのノック音はよく響いていたはずなのだが……。
「うるさいっていう意味の皮肉じゃなかったんですか?」
「お、おいセシル!」
ニヤニヤと笑うセシルにハリスは腰を浮かせたが、博士は違う違うとまた首を横に振った。
「48回もノックをしていたんだぞ、ハリス」
「か、数えてられたんですね……すみま」
「1回ノックする度に、君は愛する人を1人失っていた」
カチリ、と博士が自分のボールペンをノックする。
一体何の話だろう? と研修生二人は口をポカンと開けた。
ボールペンのノックと人の死がどう関係しているのか……。
いや、どう考えても関係あるはずがない。
「それではハリス。君の愛する人を48人、聞かせてくれ」
「えぇ!? 48人ですか……ええと、母と妹と父と……あとマックス」
「犬はいれなくていい」
「あーそうですよね、あとは……親友と幼馴染と……大学時代の友人を入れれば」
「48人になったか?」
「……多分」
正直それだけでは20人に届くかどうかだが、すぐに思い付くのはこの辺りだった。
ハリスが指を折るのをやめると、博士は深い息を吐きながら椅子に深く座り直す。
セシルもまた自分のボールペンを手に持ちカチカチとノックをしているが、首を何度も傾げている。
「それで? どういう意味なんですか?」
「もし、今ボールペンを48回ノックしたことにより、愛する人がそのノックの回数分だけ一斉に亡くなったとする。もちろん君は何の自覚もない。ただの癖で、ぼんやりとしていただけだ。家に帰ってから初めて家族や友人が亡くなっていたことに気が付く……どんな気分になる?」
「……それは」
想像するだけでも恐ろしいことだ。
もしもの話だとしても考えたくないことだし、絶対にあって欲しくないことだと思う。
ハリスは顔を蒼くしながらゆっくりとうつむき、口を閉ざしてしまった。
そんな彼の姿を見て、後を引き継ぐようにセシルが開口する。
「でも博士、実際にはそんなこと起こっていないんですよね?」
「もちろん」
何をバカなことを。という顔を博士はしたが、言い出したのはあなたじゃないですかとセシルはすかさずつっこんだ。
「何ですか? 新人職員に対する洗礼か何か?」
「洗礼なんてものではない。これはただの警告であり忠告だ、君達へのね」
ただの例え話が一体何の忠告になるんだ?
とますます首を傾げていると、十分もったいぶった博士はようやく答えた。
「この財団にはそのようなものがあるということだ。ボールペンをノックするだけで愛する人を失うなんて……そんな目には遭いたくないだろう?」
博士の言葉を聞き、二人は身震いした。
まだ研修期間の身である彼等は財団に入ったばかり。
様々な異常存在が収容されている施設で働くことに自覚と覚悟はしていたが、実感はまだ伴っていなかった。
それに気付かされたセシルは返答を言い淀んだが、その隣からすかさず声が上がる。
「そのオブジェクトはこの施設にあるんですか?」
「……SCP-485か? あれは貸し金庫に入れられている、ここにあるはずはない」
「そ、そうですか……」
よかった……とあからさまに胸をなでおろすハリスを見て、セシルはまたニヤニヤという笑顔に戻り彼にちょっかいを出し始めた。
「そんな危ないオブジェクトが簡単にポンと置いてあるわけないだろう? 人の命がかかってるんだからさ」
「SCP-485のオブジェクトクラスはSafe(セーフ)だぞ、セシル」
「……マジですか?」
「貸し金庫に入れ、鍵で施錠すればそれで終了なのだから」
やはり財団の掲げるオブジェクトクラスの基準にはいまいち理解出来ないな、とセシルは手を振り、ハリスもまた体を強張らせていた。
彼は持っていたボールペンをそっと机に置いたが、そのペンは間違いなくただの市販のペンだ。
「博士は直接見たことあるんですか? SCP-485を」
「あぁもちろん」
「どんな感じでした? ……怖かったですか?」
「いいや全然」
博士はデスクの引き出しから万年筆を取り出すと、さらさらとペン先を紙に滑らせた。
ものの数分のことだったが、何を描いているんだろう? と二人が博士の手元を覗き込むと、紙にはボールペンのスケッチがされている。
「……これがSCP-485?」
「そうだ。もう何年も前に見たからあまり覚えていなかったが……うん、上手く描けたな」
我ながら上出来、という顔をする博士だったが、あれ? とハリスは首を傾げる。
「覚えてないのに描けるなんてすごいですね……っていうか、博士。博士ってそんなに絵、お上手でしたっけ?」
新人職員からの問いに、博士はふふんと鼻を鳴らして薄緑色の万年筆を木箱へとしまった。
[CREDIT]
SCP-485「死のボールペン」© NerfJihad
http://scp-wiki.net/scp-485
SCP-067「芸術家のペン」© FritzWillie
http://scp-wiki.net/scp-067
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