第13話 紅イ意図

 西暦2019年、4月13日。午前7時21分。

 紬ちゃんから向けられる疑いの眼差しもすっかり鳴りを潜め、せいやとの共同生活にもなじんで来た。

 私は枕元で鳴り響くスマホのアラームを止め、布団から這い出る。

 ぐぐっと大きく伸びをして、眠気を退散させる。大きなあくびに釣られて出た涙を拭ってカーテンを開けると、眼下には雲一つない青空が広がっている。


 「おー、今日もいい天気。洗濯物が乾きそう」


 私はそんな独り言を呟くと、寝室から出てバスルームへ向かう。

 ここ数日、雨が降り注いだせいで溜まった洗濯物を片付けるべく、洗濯機の電源を入れた。

 色物は分けて、下着とタオル類はめんどくさいから一緒に洗ってしまう。ただし、靴下は別で。

 液体洗剤と柔軟剤を一緒に放り込んだら、洗濯機を回す。


 リビングを挟んだ隣の部屋は、せいやが寝ている。物音一つしない当たり、きっとまだ寝ているんだろう。


 (案外、ねぼすけだよね)


 共に生活してみて、最近分かった事がある。

 1つ目。あいつは、起きるのが苦手だ。起きてくるのは私が朝食を作り終えた後。耳元でアラームを鳴らしてみたことがあるのだが、どんなに音量を上げても絶対に起きなかった。

 2つ目。几帳面な性格。せいやが記憶を失う前、何処で何をしていたのか定かではないが、物事に関して拘りがあるらしい。

 食器は揃っていないと気が済まないし、掃除をするときだって隅の埃を取り切るまで掃除が終わらない。最近始めた料理も、レシピどうりにきっちりかっちり作る。

 まあ、几帳面であることは良い事だとは思うが。


 「さてと、朝ごはん作っちゃおうかな」


 セイヤのあれこれは置いておいて、そろそろお腹も空いてきた。

 私は炊飯器を開けて、ご飯の残量を確認する。大体3人前ぐらい。

 冷蔵庫の中に在るのは、ひじきのふりかけ、鰹節のパック、ツナ缶、豚の角煮の缶詰。1人暮らしの、女性の冷蔵庫としてあるまじき光景が目の前にあった。


 「……おにぎりにしよう!」


 決して考えるのが面倒になった訳ではないと言い聞かせながら、私は冷蔵庫から先ほどの具材を取り出す。

 炊飯器に残っていたご飯を3等分し、それぞれボウルに移し替える。

 1つにひじきのふりかけをふんだんにかけ、鰹節のパックを開けて中身を全部投入してから醤油を一たらし。あとはしゃもじで混ぜて、ガスコンロで焙っておいた焼きのりを巻く。

 次に、油をきったツナ缶を小さな皿に開け、醤油とマヨネーズを混ぜて和える。ラップの上に広げた白米の上に具を乗せ、包む。

 後は先ほどと同じように、炙った焼きのりを巻けば、自家製ツナマヨおにぎりの完成だ。

 最後に、豚の角煮の缶詰。一度皿に開け、レンジで50秒温める。マヨネーズと七味唐辛子を適量入れ、和えたらツナマヨおにぎりと同じ手順で包む。


 「よっし、完成!」


 見てくれは悪いかもしれないが、ともかく完成だ。5つのおにぎりが乗った皿を炬燵の上に置き、急須でお茶を淹れる。

 あとは、セイヤを起こしに行こうか、と考えていたところで、当の本人が瞼を擦りながらリビングに姿を見せた。


 「おはよう、セイヤ」

 「ああ、おはよう遥風。今日の朝ごはんは、おにぎりか」

 「うん。おかず、何にもなかったし。足りない?」

 「いいや。作ってくれるだけありがたい。いつもありがとう、今日のお昼ご飯は俺が作るよ」


 そう言ってくれるセイヤに、少しだけきゅんとする自分がいる。

 きっと、記憶さえ戻ればいい旦那さんになりそう。いつも通り、対面に座るセイヤふん、と小さく鼻息を吐く。機嫌がいい時にだけする、彼の独特の仕草。

 お互いに頂きます、と口にしてから朝食に取り掛かる。味は――うん、悪くない。いや、それどころか美味しい。

 自画自賛しながら向かいに座るセイヤを見ると、目元を緩めておにぎりを頬張っている。

 私が2つ、セイヤが3つ食べ終える頃には、時刻が8時30分を過ぎていた。食器洗いをセイヤに任せながら、私は洗濯物を片付けに向かう。珍しく、ゆっくりした休日になりそうだ。




 「――なあ、遥風」

 「ん?」


 洗濯物を干し終わり、リビングでくつろいでいた頃。自室に戻っていたセイヤがリビングに来た。その手には、あの黄色い鉱石が握られている。

 戸惑っているような表情に、どうしたのかと聞くと、なにやら分からない言葉でごにょごにょと呟いた後、小さな声で「色が視える」と言った。


 「色? 色って、白とか赤とかの、色?」

 「あ、ああ。そうだ、その色だ」

 「どんな風に見えるの?」

 「この石を握っていると、細くて赤い糸のような色が俺の薬指から出ているんだ。それが、遥風の薬指に繋がっている」

 「はい?」


 はて。セイヤは今、何と言っただろうか。

 石を握っていると、赤い色が視える。その色が、私とセイヤの薬指で繋がっている。

 一体どういう事だろう。ふと、私はつい先日会った、星也せいや君の言葉を思い出した。


 『――お前の薬指、紅イ意図が見える。それは、決して解けぬ契りの証。人が与える、情の祝福』

 (赤い、糸。人が与える、情の祝福)


 セイヤの見ているその色が、せいや君の言う赤い糸だというのだろうか。

 どうして、今になって見えたのだろう?

 どうして、せいや君は見えていたのだろう?

 どうして、薬指なんだろう?

 分からないが、彼が握っている石に秘密がありそうなのは確かだ。


 「それ、ちょっと貸して」

 「え? あ、ああ。それは構わないが、見るのか?」

 「当然。じゃなきゃ、分からないでしょ」


 躊躇うセイヤから石を受け取り、一旦目を瞑ってから深呼吸をする。だって怖いじゃないか。余計なものまで見えたら。絶叫どころじゃない、失神する自信がある。

 ぐっと全身に力を入れて、ゆっくりと目を開く。

 私の目に飛び込んできたのは――。




 次回の投稿は、5月8日の22:30を予定しています。

 ・前回お伝えした投稿予定日を過ぎた投稿になってしまいました。申し訳ありませんでした。

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