第30話 禁域ルート:女神ヨンナ
「で、ぼく、すこし調べてみたんだ。ヤルヴァの始祖って言われてる女神のこと」
私からなんとかビンを取り返したサキが、カリカリと金のチェーンをかじりながら何冊かの本を出してくる。
「あ、だから欲しい本のリストなんか渡して来たんだ」
「うん。ちょっと気になったから。あのおじさんの態度の感じだと、普通の神様って言うよりは半分現実に存在してて、今でも崇拝されてる感じがするんだよね。おじさんだけじゃなく、マティアスって人にもエーレンはそう言われたんでしょ?」
「あれだけの会話だったのによく覚えてるね」
「ぼくバカじゃないもん。エーレンにはカリカリあげない」
「食べられないからいらない。……それで?」
「ヤルヴァの始祖は女神ヨンナ。まだ神さまたちより人間の数が少なかったころ、悪神イハがこの辺に住んでる人間を奴隷にしようと攻めてきたの。そのときに、ヨンナだけが人間の味方をして戦って悪神を滅ぼし、人間に神の文明のかけらを与えたんだって。
で、そのかけらをもらった人間が作った国がヤルヴァ。いまでもヤルヴァのところどころにはヨンナとイハの戦いのあとだって言われてるのが残ってるらしいよ。ほら、この絵とか」
サキが一冊の本の挿絵を指さす。
それは森に開いた大きな穴だった。他にも傷だらけの巨大な石の壁、巨石の積み重なった山なんかが載っていた。
「へー……」
「でね、ヨンナの別名は黒い戦神。ヤルヴァの人間ともほかの神様ともずいぶん違った姿をしてたんだって。
これ、見て」
また、サキが本のページをめくり、肖像画や石像の挿絵が見開き一杯にぎゅうぎゅう詰めになっているところを見せた。
……ちょっと待て。
止まった私の顔を見上げて、サキは「やっぱり?」と首をかしげる。
こんがりした小麦色の肌、まっすぐで堅そうなベリーショートの濃い黒い髪、何もしてないのに「怒ってるの?」と聞かれることがある、すこしきつめの切れ長の目。痩せているけど、いかにも筋肉のバネがありそうな小さな体に、自分の背より大きい剣。
そこに載っていた『モノ』は由真だったころの私によく似ていた……。
「これ、死ぬ前の私にすごく似てる……」
「やっぱり」
サキは繰り返して、なんだか難しい顔をした。
「ヨンナは神さまだからって偉ぶったりしないで人間と良く喋って、前線に立って戦って、口癖は『負けない』『死なせない』……性格までエーレンにそっくりだね」
「どういうことなの?こんな設定『白薔薇の帝国』にあったの……?」
「『白薔薇の帝国』?」
「私の世界にあったゲームよ。私はその中ですぐルツィアに殺される役だったの。それがイヤでここまでルツィアと戦ってきたんだけど……」
「ぼくたちの世界にはそんなものは存在しない。ただ、『ここ』という違う世界に流れ着いてしまっただけ。ぼくたちの中じゃここはゲームなんかじゃないよ」
「だって、サキ、ヴィンセントルートを攻略しなきゃ入れなかった王城地下にいたじゃない?」
「あそこにはもともと違うものがあったの。なんか、戦うための資金とか、伝説の剣とか。地下牢にいたのは竜だった。全部、カタリナって人の戦況を楽にするためだったらしいんだけど……もう、そんなものは必要ないからって」
「それ、言ったのって、前も言ってた秘密の人?」
「うん。それで、代わりに僕と神器があそこに入ったんだ。そうすればぼくもキトがいなくても安全だからって。
ぼく、何色の薔薇でもよかったわけじゃなくて、黄薔薇姫のきみをずっと待つように言われてたんだ」
「そんな……」
私はひたいに両手を当てる。
わかんない。意味がわかんないよ。
もうこの『白薔薇の帝国』は私の手を離れてるの……?
私がプレイしたあのゲームとは違うものになっちゃってるの……?
「エーレン」
サキがぎゅっと私のおなかをハグしてくる。
「でもこれはね、全部ぼくが勝手に調べて想像したことだから、そんな顔しないで。大丈夫だよ。いつものエーレンみたいに突っ走って暴走して行けば必ずほんとのことがわかるよ」
「ありがと……」
サキのさらりとした銀に近いブロンドに手を差し込んで撫でる。手触りが気持ちいい。
本当に不思議な人。ひどく幼くてひどく年上に見える。
「ところでサキ」
「なぁに?」
「暴走って……私のこと、そういう目で見てたの?!」
サキの体が私からぱっと離れた。
そして普段ののんびりした動きからは信じられないほどの速度で後ずさっていく。
「見てませんごめんなさい!」
「おやつ、没収!」
二つの声はぴったりきれいに重なり、私は思わず笑ってしまった。
そんな私の姿をサキは不思議そうに見ている。
「どしたの?エーレン……?」
「ううん。サキの言うとおりだと思って。暴走はしないけど、とにかく突っ走ればいつかはゴールに近づくはずだもん!うだうだ悩んで足踏みしてるなんて私のガラじゃない!」
「さすがエーレン!男前!」
「だから男って言うな!!私は女!女の子!」
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