病棟


精神病棟の夕食

それはスープとパンと桃

ふと与えられた皿から顔を上げると

格子に遮られた窓枠に

猿がチューリップを持って佇んでいるのが見えた

猿は微動だにしなかった

わたしはその猿が動き出すまでずっと見つめているつもりだったが

看護士さんがやって来たので中断し再び匙を動かした

「どうかしましたか?」

どうもしません

わたしは答えた

ただ猿がチューリップを持っているだけ

食後の薬をごくりと飲み込んだ

窓辺を見るともう猿はいなくなっていた

猿が肺呼吸するのかどうかはっきりとしたことはわからないが

視界から消えてもきっと何処かで何かをしているのだろう

翌日

わたしは散歩の許可を得ると

格子窓の向こうの裏庭へ向かった

チューリップがその場にぽとんと落ちていた

「あなたは枯れますか?」

黙り込む花

これ以上、いじめるのは良くないな

窓の外から覗き込む食堂は

食堂から眺める窓の外よりもずっと不気味な感じがした

お昼寝の時間に夢を見た

戦車がのろのろと進んでいた

全くやる気が感じられなかった

これから人を殺すぞ、という

わたしの夢の中で戦争が始まろうとしていた

死ぬべき人間と死ぬべきではない人間が同じくらいの割合で死んでいった

だから世界は結局、何も変わらない

朝、起きた

空が青かった

それがすごく青くて

わたしは少しだけ怯えた

猿は地面に頭から埋まっていて永遠に見つからない


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