後篇
4.迷惑なゲスト
『帰ってこない黒猫探偵』の鑑賞会が終わったところで五人はクリスマスケーキを囲むことにした。凪人手作りのクリスマスケーキである。
「かわいー! 切り株ー! くるくるー!」
テーブルの上に用意されたブッシュドノエルを見た途端、語彙力をなくしたアリスがここぞとばかりにスマホを連写した。大の甘党である愛斗は隣でフォークを掲げて催促してくる。
「これ凪人くんが作ったの? すごいね」
「あ、いや、店で出した菓子の生地が余っていたから……って聞けよ」
「はい皆さん、どんどん食べてねー」
手早く母が切り分けて客人たちに振る舞った。
断面には木の年輪がきれいに浮かび上がり、軽く粉砂糖を振りかけると雪をまとっているようだ。
「うん、おいしー」
「良かった」
幸せそうに顔をほころばせるアリスを見ていると頑張って良かったと心から思う。
「ハイ、凪人くんも。あーん」
切り分けたひとつがフォークごと差し出される。
他の三人の目があるというのになんの迷いもない。
(みんな見ているのにそんなことできるか)
これでは罰ゲームだ。
「あーん」
しかしアリスの圧(プレッシャー)は強くなる一方。
もうどうにでもなれ、とばかりにぱくんと加えた。クリームの中に練り込んだイチゴの甘みと酸味が口内に広がる。我ながら美味。
「ふふ。間接キス、だね」
アリスはいま使ったばかりのフォークを自分の口にも運んで「んー美味しい」と頬を押さえる。してやったりの表情だ。
(こいつ!)
意味深に微笑む母と無言で凝視する愛斗と呆れた様子の柴山、それぞれの視線が痛い。
それでも、不思議と吐き気は感じなかった。それだけリラックスできている証拠だろう。
凪人の手作りケーキは好評で、愛斗を中心にあっという間に食べ終えてしまった。
アリスはカロリーを気にしてケーキ以外を食べるつもりはないらしく、凪人が手渡してやったグレープフルーツジュースを美味しそうに飲んでいる。
「なぁアリス、本当にこれだけでいいのか? クリスマスプレゼント」
凪人は横に座って小声で問いかけた。
期待外れなものを贈るよりはとあらかじめ要望を聞いたら、間髪おかず「ケーキ!」と返ってきたのだ。万札の一枚や二枚覚悟していただけに拍子抜けしてしまったのだが。
「まだ気にしてるの? 私にとっては凪人くんと過ごす時間と美味しいケーキが最高のプレゼントなんだよ?」
「それならいいけど」
明るく振る舞う彼女の口からは一向に「レイジ」の名前が出てこない。なにか一言くらいあって当然なのに。
(ここじゃあ話しづらいってことなのかな)
どこか二人きりになれる場所でじっくりと話をしたい。店を出て自宅に戻るという選択肢もあるが――と考えていたら点けっぱなしのテレビからこんな声が聞こえてきた。
『クリスマスイヴの今夜、××公園はたくさんのカップルが訪れ、色とりどりのイルミネーションに目を輝かせています』
映し出された公園には小さな湖があり、そこを中心に何千何万という数のイルミネーションで彩られているという。この黒猫カフェからそれほど遠くない場所だ。
ここだ、とすぐにピンときた。
「なぁアリス、ここに行こう」
勇んで腕を引っ張るとアリスは驚いたように目を見開いた。
「え、いまから?」
「あぁ。いますぐ」
しかし胡乱げな表情で凪人を見返す。
「人いっぱいいるよ。平気なの? 私がいたら目立つかもしれないし」
「あ……」
後先考えずに口走ってしまったが、いくらプライベートだと言ってもモデルのAliceがいると知られたら大騒動になるかもしれない。必然的に凪人への注目も増す。
「良かったらこれを使え」
聞き耳を立てていた愛斗が差し出してきたのはサンタクロース変装用の白ヒゲだった。
「え、これを?」
冗談でしょう、とばかりに見返すと「なんならこれも」と言って自分が着ていた衣裳を脱ぎ始める。アリスは慌てて首を振った。
「いい、いらない、いらないですッ」
と固辞したがアイデア自体は悪くないと思った母が「そういえば」と自宅からサンタクロースの衣装(ペア)を出してきた。なにに使ったのかは秘密だという。
結局、凪人もアリス同様サンタクロースの仮装をさせられるはめになった。
「なんかヒゲが痒いね」
きれいな口元にもじゃもじゃのヒゲをつけたアリスは落ち着きがない。
「安物だからな。……って、なにもいまから付けなくてもいいんだぞ」
「いいじゃん。凪人くんは似合っているね」
「悪かったな老け顔で」
端から見ればクリスマスイヴに浮かれたバカップルである。
しかも問題はこれだけではない。
「おまえら足はどうすんだ? 歩くには遠いし、自転車も危ないだろ。車を運転できるオレも愛斗くんも酒を飲んじまった。もちろん店長も」
すると母が手を叩いた。
「心配ないわ。もうすぐ来るはずだから」
エンジン音とともに店の窓に車のヘッドライトが映り、一台のタクシーが停まった。
一体だれかと目を皿のようにして見ているとひとりの女性がふらふらと降りてくる。
「メリークリスマス。葉山ですよー。お招きありがとうございますー」
現れたのは葉山である。
カッチリとしたスーツを着ているがその顔は赤く、かなり酩酊している。
「……ん、葉山?」
反応したのは柴山。身を乗り出して顔を確認している。
「やっぱり西菱大学の葉山江梨子か!?」
「おや、そこにいるのは柴山先輩じゃないですか。お久しぶりですねぇ」
「オレが大学を卒業して以来だな」
久しぶりの再会とあって親しげに顔をほころばせる両者だったが、社会人らしく名刺交換した直後顔つきが変わった。
「Mare……だと」
「ごーるでん・えっぐず……ですって」
芸能事務所に所属するライバル同士だ。
たちまち険悪なムードになる。
「――あ、じゃあ母さん。おれたち出てくるから」
話が長くなりそうだったで凪人はアリスの腕を引いて先ほどのタクシーに乗り込んだ。
「あっ」と声をあげて追いすがってきたのは葉山である。
「ちょっと待ちなさい凪人くん。大事な話がある……って待てーー!」
叫び声もむなしく、タクシーは瞬く間に遠ざかってしまった。
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