第162話 仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その五

 シーマ十四世殿下一行は、魔王城の玄関先で緑ローブの襲撃に遭っていた。


「つまり、灰色の子がシーマってわけね?」


 緑ローブが苛立ちながら問いかけると、シーマはコクリとうなずいた。


「ああ、時間をとらせて悪かったな。それで、なんで君たちの村に行かないといけないんだ?」

 

 シーマがギロリとした目を向けると、緑ローブは、ふん、と鼻で笑った。


「今日はね、魔王が私たちのリーダーと会談するのよ」


「え、兄貴が?」


「そう。なんでも、私たちと和平の交渉をしに来るらしいんだけど……」


 緑ローブは言葉を止めると、ニヤリと笑った。


「……貴方がきてくれれば、話が順調に進むと思わない?」


「へー……、それでボクを人質にね……」


 シーマはそう言うやいなや、耳を後ろし反らし、尻尾をバシリと大きく振った。


「ふざけたことを抜かさないでくれ!」


「あら、その様子だと、一緒に来てはくれないみたいね」


「当たり前だ!」


「そう、なら当初の予定通り力づくで……」


 緑ローブは手を胸のあたりに構えて、むにゃむにゃと呪文をとなえはじめた。


 まさに、そのとき!


「はーい、お姉さんに聞きたいことがありまーす」


 モロコシが気の抜けた声とともに、ピンクの肉球がとても可愛らしい、フカフカの手を上げた。


「……なによ? トラネコ」


 緑ローブが律儀に詠唱を止めて聞き返すと、モロコシは尻尾の先をクニャリと曲げた。


「お姉さんたちは、魔王さまとケンカしてるの?」


「みみみー?」


 モロコシと一緒になって、ミミもキョトンとした表情で首をかしげる。すると、緑ローブは腰に手を当てて、深いため息をついた。


「まあ、ちょっと違うけれど、そんなところね」


「なんでケンカしちゃったの? 魔王さま、すっごく優しいのに」


「みーみー」


「あんな奴のどこが優しいのよ! ここに来た初日、屈辱的な目にあわされたんだから!」


「くつじょくてきって、どーいう意味?」


「みみみみみみ?」


「バカにされて、恥をかかされたって意味よ!」


「えぇ!? 魔王さまがそんなことするかなぁ……」


「みみぃ……」


「ちょっと! 私が嘘つきだっていうの!?」


 三人のやりとりを見て、シーマは片耳をパタパタ動かしながら、いぶかしげな表情で腕を組んだ。


「うーん……、まあ、兄貴の場合、初対面の相手に緊張して、突拍子もないことをすることもあるからなぁ……」


 シーマは尻尾の先をクニャリと曲げて、軽く首をかしげた。


「一体、何があったんだ?」


「ふん! そこまで気になるなら、話してあげる!」


 緑ローブは得意げな表情を浮かべて、胸を張った。


「私はね、元の世界で結婚間近だった彼氏に、一方的に捨てられたのよ!」


「まあ、それは気の毒だったんだな……」


「ひどい彼氏さんだねー」


「みーみー」


 仔猫ちゃんトリオが同情すると、緑ローブは気をよくして笑顔を浮かべた。


「でしょ? それで、自暴自棄になってるうちにここにたどり着いて、通りすがりの人に、決まりだからって魔王との面談に連れていかれたんだけど……」


 緑ローブは悔しそうな表情を浮かべて、拳を握りしめた。


「アイツはね、『では、元の世界での職業と、この魔界で希望する職業を教えてください』って言ったのよ!」


「まあ、迷い込んじゃった人が魔界に住むことを希望した場合は、なにか職についてもらうのが、決まりだからな……。それで?」


「それでって、以上よ!」


「……は?」


「……え?」


「……み?」


 予想外の答えに、仔猫ちゃんトリオはそろって首をかしげた。緑ローブはそんな反応を受け、足をダンと踏み鳴らした。


「なんで、キョトンとしてるのよ!?」


「ああ、悪い。ただ、本当に怒ってる意味が分からないんだ」


「うん、魔王さま、べつに悪いことしてないよね?」


「みーみー」


「ちょっと! なんで分らないのよ!? こういうときはね……」



 緑ローブはそこで大きく息を吸い込み……


「結婚目前の彼氏に捨てられましたが、迷い込んだ魔界でイケメン魔王から『余の妃に相応しいのはお前しかいない』と執着されることになりました! 恋愛沙汰なんてこりごりなんでスローライフを希望したのに、執着してあきらめてくれません! 私いったい、これからどうなっちゃうの!? ……ってなるのが定石でしょ!?」


 ……多分、最新の流行よりちょっと古いタイプの、女性向け恋愛WEB小説のタイトルっぽいセリフを口にした。


 そんなセリフを受け……、


「へー……」


 シーマは、ヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力し……


「うん! 魔王さまって、バッタさんと同じくらいカッコいいよね!」


 モロコシは、よく独特な比較対象を使いながら、あらぬところに同意をした。

 

 そして、ミミはというと……



「……みぃ〜み」



 ……じとっとした目を向けながら、呆れた声を投げかけた。


「あぁ!? 今そのミケネコ、絶対にバカにしたでしょ!?」


 緑ローブが怒鳴ると、ミミはキョトンとした表情で首をかしげた。


「みぃ?」


「『みぃ?』じゃないわよ! 絶対『ばぁ〜か』のイントネーションだったわ!」


 緑ローブが地団駄を踏みだすと……


「ちょっ、落ち着けって! なんて言ったかなんて分かんないだろ! たしかに、ボクにも『ばぁ〜か』って、聞こえたけど……」


 シーマがちょっとフォローを入れ……


「ミミちゃん、ひどいこと言っちゃだめだよ……」


 モロコシが耳をペタッと伏せて、ミミをさとし……


「みっ!」


 ……ミミは頬を膨らませて、プイッとそっぽを向いた。


 かくして、ミミの辛辣な一面が垣間見られながらも、仔猫殿下が巻き込まれたゴタゴタは続いていくのだった。

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