第160話 仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その三
シーマ十四世率いる仔猫ちゃんたちがリンゴのホットケーキ作りにとりかかるころ、魔王は一人海辺の小道を歩いていた。
「……ここだな」
足を止めた先では、有刺鉄線を張り巡らせたバリケードが道を塞いでいた。バリケードの横には、錆びたカンバンがいくつも立てかけられている。
魔王による圧政を許すな!
転移者にも幸福に生きる権利を!
魔界を正しい姿へ!
殴り書かれた文字を読んで、魔王は深くため息をついた。
「これでも、けっこう頑張って魔界を治めてるんだけどな……」
力なく独り言を漏らすと、後ろからペタペタという足音が近づいてきた。振り返ると、麦わら帽子を被りオーバーオールのズボンをはいたミナミカワウソの姿があった。
「わぁ! 陛下じゃないですか! おはようございますぅ!」
「あ、ど、どうも……」
帽子を取って深々と頭を下げるミナミカワウソに向かって、魔王もおどおどと挨拶を返す。ミナミカワウソは顔を上げると、つぶらな目をキラキラと輝かせた。
「先日は、私たちのために新しい村を作ってくださり、ありがとうございました! 本当に、なんてお礼をすればいいか……」
「いや、ほら、民たちが元気に暮らしてくれることが、一番のお礼だから……」
「陛下……! なんと慈悲深い!」
キラキラとした目で感動され、魔王は苦笑を浮かべつつ、辺りをキョロキョロと見回した。
「えーと……、君はもともと……、この先の村の村長だったマテオ君……、だったよね?」
「はい! おっしゃる通りです!」
胸を張ってマテオが答えると、魔王は不安げな表情を浮かべた。
「ここに来たってことは……、なにかまたトラブルが起こったのかな?」
「……いえ、そうじゃないんです」
マテオは悲しげな表情で首を振り、尻尾をパタパタと動かした。
「ただ、あの子たちが心配で……、いつも様子を見にきてるんです」
「あの子たちというのは……、この先にいる、反乱分子たちのことかな?」
「……はい」
マテオは小さくため息を吐き、バリケードの奥に目を向けた。
「……陛下、ほんの少しだけ、あの子たちについての話に、お付き合いいただけますか?」
「ああ。かまわないよ。私も彼らの要求や動向は把握しているが、知らないことの方が多いから」
「ありがたき幸せ……。一年前はムツキ……、反乱分子のリーダーも、本当にいい子だったんです」
「そうか……」
「はい。朝早くから眠い目を擦って、一所懸命に私たちの漁を手伝ってくれて……。ただ、だんだんと体力的につらくなってしまったみたいで……」
「まあ……、彼がこの村での仕事を希望したときにも、体力勝負の仕事が多いって説明したんだけどな……」
「はい……、でも、体力的に辛いなら、帳簿をつけたりする仕事もありますし、それを勧めたんです。ただ、あの子はそれに納得せず……、魔術を使った漁で、負担を軽減することを提案してきたんです」
マテオの言葉に、魔王は深いため息をついた。
「渡した法律の概要ブックに、漁業や狩猟業に魔術を使うのはダメって、ちゃんと猫のイラストつきで書いたんだけどな……」
「はい……、魔術を使うと必要以上の量が獲れすぎて、生態系系が狂ってしまう可能性がありますからね……」
「そうだな……」
「でも、ムツキは『技術革新に多少の犠牲は必要だ!』と、言って聞かなくて……」
「まあ、その言葉には、一理あるのかもしれないけど……、多少じゃ済まない犠牲になるんだよな……」
「そうですよね……。私たちも必死でそう説得したのですが……、あの子はそれを『自分は軽く見られて、疎外されている』と受け取ってしまったらしく……、暴走に近いような形で魔術を使ってしまい……」
「……ああ、その先の話は知っている。強すぎる風の魔術で、村中の建物を壊してしまったんだよな?」
「はい……。幸いなことに、軽いケガ人しかでなかったのですが……、あの子は取り返しのつかないことをしたと思い込み、ムキになってしまったんです」
マテオは、悲しげな顔で尻尾の先をパタパタ動かした。
「『こうなったのは、全部、お前らが僕を認めなかったせいだ! これ以上ひどい目に遭いたくなかったら、全員出ていけ!』と言って、さらに強い魔術を使おうとして……」
「素養があると言っても、異界出身の子が、村を吹き飛ばすような魔術を連発したら、命に関わるな……」
「はい。なので、私たちは急いで村から出ていったんです。幸い、三十人しかいない、小さな村ですからね、全員で移動するのも、すぐでした」
「それで……、城に助けを求めにきたのか」
「はい……、あのときは気が動転して、村が壊滅したことと、占拠されてしまったことしか説明できませんでしたが……。新しい村が落ち着くころ、本当はあの子もこんなことしたくなかったんじゃないか、という後悔が強くなり……」
「様子を見にきていた、というわけか」
「はい。でも、村の門番に追い返されて、あの子には会えていないんですけどね」
「そうか……、それは、難儀だったな……」
「陛下……、あの子にも、どうか御慈悲を……」
「……ああ。そうだな」
悲しげな表情で麦わら帽子を抱えるマテオの頭を、魔王はニコリと微笑んでからポフリとなでた。
かくして、反乱分子のなかで唯一名前が発覚したリーダーの元へ、魔王は向かっていくのだった。
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