第134話 しっかりな一日・その八

 シーマ十四世殿下一行は、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」が映し出した緊急事態に、ちょっとうろたえていたのだった。


「姫子さんがいなくなってしまうなんて……、いったいなにが……」


 絵美里が不安げに呟くと、はつ江が画面を指さして首をかしげた。


「シマちゃんや、『にこにこよい子ボード』で、姫子ちゃんの居場所を見つけられないのかい?」


 はつ江の問いかけに、シーマは片耳をパタパタと動かした。


「分かった、やってみよう……、ん?」


 不意に画面の映像がぐにゃりと曲がり、シーマの尻尾の先もクニャリと曲がった。それから、画面には無表情な創の顔が映し出された。


「あれまぁよ、今度は創さんが映ったね」


「創さんにも、なにかあったのでしょうか……」


「まだ分かりませんが……、ちょっとこのまま見てましょう」


 三人が食い入るように画面を見つめていると、創は口を開いた。


「手荒なまねをしてしまって、すみません、姫子さん」



「あれまぁよ!?」

「な、なんだって!?」

「えぇぇ!?」


 

 創の言葉に三人は声を上げた。しかし、創にその声が聞こえた様子はない。

 驚く三人をよそに、画面のカメラアングルが変わり、不安げな表情を浮かべて向かい合う姫子と、あたりの風景が映し出された。


「ここは……、病室か?」


「たしかに、病院っぽいねぇ」


「病室、ですか……」


 三人が混乱していると、姫子がおどおどおした様子で首を横に振った。


「い、いえ……、突然車に乗せられたので驚きましたが、ケガをしたわけではないので、大丈夫です」


「そういっていただけると、助かります」


 二人のやり取りを見て、はつ江がコクコクとうなずいた。


「ほうほう、誘拐されたわけじゃないなら、よかっただぁよ」


「いや……、同行者に連絡もなく突然車に乗せられた時点で、じゅうぶん誘拐なんじゃないか?」


「たしか『誘拐』には、『騙して誘いだすこと』という意味もあるので、創さんの場合は『連れ去り』が妥当なんでしょうか……?」


 三人が誘拐の定義について話していると、画面の中の姫子がおどおどとした様子で口を開いた。

 

「でも……、明さんが心配しますし、早くもどらないと……」


「すみませんが、それはできません」


「なぜ、ですか?」


 姫子が問いかけると、創は側にあったベッドを覗き込んだ。すると、画面のカメラアングルがまた切り替わり、点滴やその他の管につながれた、絵美里の姿が映し出された。その姿は、魔界での姿より、歳を取っていた。


「絵美里の話は、明から聞いていますね?」


「……はい」


 創の問いかけに、姫子がコクリとうなずく。


「あの子には会わせていませんが……、絵美里はずっとここにこうしていました」


「そう、ですか……」


「はい。絵美里は呼吸をして、心臓を動かし、生きているんです。ただ、こちらの呼びかかに、反応をしないだけで」


 創の言葉に、絵美里が画面から目を反らした。シーマとはつ江が声をかけあぐねえていると、創は言葉を続けた。

 


「絵美里の意識を取り戻すために、様々な実験や研究をしました。荒唐無稽なオカルトめいたものも、含めて。その結果、ある仮説にたどり着いたんです」


「仮説、ですか?」


「はい。絵美里の意識……、魂といった方がいいかもしれませんが……、ともかく、それは肉体とは離れた遠い場所にいるのだと」


「遠い場所……」


「ええ。しかし、その正確な場所は分からず、絵美里の魂を取り戻す方法も、分からずにいました。昨夜までは」


「え……、あの……、昨夜なにがあったのですか?」


「彼女の唇が動いたんです。不随意な動きではなく、はっきりと言葉を読み取れるくらいに」


「お義母さまは、なんて……?」


「愛しい人よ、もう泣かないで、私たちはここにいるから、と」


 創の言葉を聞いて、シーマはフカフカの手をポンと打った。


「ああ、そうか。音楽祭の歌が届いたのか」


「ほうほう、バスちゃんたちが頑張って作った歌が届いてくれてよかったねぇ」


「創さん……」


 画面の外にいる三人の話に気づくこともなく、創は横たわる絵美里の髪をなでた。


「それから、一睡もせずに作業をして、絵美里の魂がいる場所と、そこに到達する方法がようやく解明できました」


「それでは、再会することができるんですね?」


「ええ。ただし、いまの私では、肉体ごと彼女のいる場所に移動することはできません」


「なら、いったいどうやって……?」


「肉体から切り離し、魂だけで彼女の元に向かうんです」


 創の言葉に、姫子の顔が青ざめていく。


「え……、それって……」


 創は絵美里の髪をなでたまま、コクリとうなずいた。


 そして――


「はい。自ら命を絶つことが、一番簡単な方法です。それを今夜、実行します」


 ――表情一つ変えずに、そう言い放った。


 当然のことながら、画面の外側では――


「な、なんだってー!?」


「あれまぁよ!?」


 シーマとはつ江が、目を見開いて驚き――


「そ、んな……」


 ――絵美里が膝から床に崩れ落ちた。


 かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさんは、百三十五話くらいの中で暫定一位くらいの、かなり緊迫した状況を迎えることになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る