第108話 連れていってくれるかな?

 シーマ十四世殿下一行は、「お手伝い三番勝負」の最後の内容を何にするかで悩んでいた。


「うーん、ベベちゃんとカトちゃんにお手伝いして欲しいこと……ああ、そうだ!」


 不意に、はつ江がハッとした表情を浮かべて声を上げた。


「はつ江、何か思い着いたのか?」


 シーマが尋ねると、はつ江はコクリと頷いた。


「実はよう、今日お洋服に着替えようと思ったら、首のところのホックがとれててよう」


「ホックがとれてた?」


「そうだぁよ、ほら、ここ」


 シーマが問い返すと、はつ江は背中を向けて膝を屈めた。


「どれどれ……あ、本当だ」


「本当だー!」

「本当だぁ!」


 シーマと忠一忠二が覗き込むと、ファスナーの上にある鍵ホックの受け側が外れ、代わりに刺繍糸がつけられていた。


「お洗濯するときまではついてたから、多分お城の中にあると思うんだけどねぇ……」


「そうか……」


 シーマははつ江に相槌を打つと、ヴィヴィアンとカトリーヌに顔を向けた。


「なら、最後の勝負は、なくなったホックを探す、でもいいかな?」


 シーマが尋ねると、ヴィヴィアンとカトリーヌは同時にピョインと跳びはねた。


「お任せください! アタクシがすぐに見つけてみせますわ!」


「任せるでおじゃる! 麻呂がすぐに見つけてやるでおじゃるよ!」


 二匹が声を揃えて返事をすると、はつ江はニッコリと笑った。


「二人ともありがとうね。そんじゃあ、お願いするだぁよ」


 はつ江が声をかけると、二匹は再びピョインと跳びはねた。


「しからば、最後の勝負は、ホック探しにて決定でござるな」


「でも、お城は広いから探すの大変そうだね」


「みみー」


「ふーむ、確かにそうでござるな……」


 五郎左衛門、モロコシ、ミミがそう言い合っていると、シーマが腕を組みながら尻尾の先をピコピコと動かした。


「じゃあ、制限時間を設けようか……あ、でも、それじゃあ二人とも見つけられないって可能性もでてきちゃうか」


 シーマがそう呟くと、ヴィヴィアンとカトリーヌは翅をパサリと動かした。


「とんでもございません殿下! アタクシなら、一時間もあれば見つけられますわ!」


「ふふん! お主はそんなに時間がかかるのでおじゃるか? 麻呂なら三十分もあれば、見つけられるでおじゃるよ!」


「ふん! 貴女にハンディをと思って一時間と言っただけですわ! アタクシが本気になれば、二十分もあれば充分ですわ」


「なら、麻呂は十五分」

「なら、アタクシは十分」


「なら、麻呂は五分」

「なら、アタクシは三分」


「二十秒」

「十五秒……」


 直翅目乙女たちはまるで逆競りのように、どんどんと所要時間を短くしていった。そんな様子を見て、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら、深いため息を吐いた。


「二人とも、少し落ち着いてくれ。取りあえず、制限時間は三十分にするから」


 シーマが力なく声をかけると、二匹はピョインと跳びはねた。


「かしこまりましたわ! 殿下!」

「分かったでおじゃるよ! シマネコ!」


 二匹が返事をすると、シーマはコクリと頷いた。それから腕を組むと、尻尾の先をクニャリと曲げた。


「あと、間違って地下ダンジョンとか危険な場所に入らないように、誰かが一緒にいてくれた方がいいかな」


 シーマがそう言うと、五郎左衛門が胸の辺りをポフンと叩いた。


「しからば、カトリーヌ殿には拙者が付き添うでござる!」


「うむ! 忍犬、頼んだでおじゃるよ!」


 五郎左衛門とカトリーヌの反応を受け、忠一と忠二が顔を見合わせて、タタタっとはつ江の肩から駆け下りた。そして、床を駆け抜け、今度はヴィヴィアンの頭に、タタタっと駆け上った。


「ヴィヴィアンには僕たちがついてくー!」

「ヴィヴィアンには僕たちがついてくぅ!」


「まあ! 忠一さん、忠二さん、助かりますわ!」


 一同の様子を見て、シーマはコクリと頷いた。


「よし、それじゃあ制限時間は今から、三十分ということで……はじめ!」


「みんな、よろしくお願いするだぁよ!」


 シーマとはつ江が声をかけると、ヴィヴィアンとカトリーヌはピョインと跳びはね、それからお互い別々の方向へ飛んでいった。


「さて、ボクたちは何をしようか……」


「いいお天気だし、危ない草もベベちゃんとカトちゃんに片付けてもらったから、中庭でひなたぼっこでもするかね?」


「うん! ぼくさんせー!」


「みー!」


「俺も女子たちの迫力で緊張しすぎたから、ひなたぼっこでゆっくりしたいぜ……」


「よし、じゃあそうするか!」


 そんなこんなで、残された一同は中庭でひなたぼっこをすることになった。



  そして・・・三十分の時間が流れた・・・



「ただ今帰りましたわ……」

「ただ今帰ったでおじゃる……」


 ピクニックシートの上でのんびりとひなたぼっこをする一同の元に、意気消沈といった様子のヴィヴィアンとカトリーヌが、五郎左衛門と忠一忠二をつれて戻って来た。


「二人とも、お帰り……うん、その様子だと見つからなかったみたいだな」


 シーマが苦笑しながら声をかけると、二匹は同時にパサリと翅を動かした。


「申し訳ございません……」

「悪かったのでおじゃる……」


 二匹がションボリしていると、はつ江がニッコリと微笑んだ。


「気にすることねぇだあよ、二人とも! それよりも、探してくれてありがとうね!」


 はつ江が優しい言葉をかけると、二匹はほんのりと目を潤ませた。そんな中、ミミの抱えた虫かごの中で、ミズタマがカクリと首を傾げた。


「え? お前ら、場所分からないのにあんなに自信満々で飛んでったのか?」


 ミズタマの発言に、乙女たちは同時にピョインと跳びはねた。


「その言い草はなんですの、ミズタマさん!?」


「麻呂たちを馬鹿にしているでおじゃるか!?」


 乙女たちが声を荒らげて憤慨すると、ミズタマはカゴの中で、ひぃ、と声を漏らして跳びはねた。


「これこれ、ベベちゃんもカトちゃんも、水玉ちゃんが怖がってるだぁよ」


「ミズタマさんは怖がりさんだから、やめてあげてよぉ……」


「みみー!」


 はつ江、モロコシ、ミミが声をかけると、ヴィヴィアンとカトリーヌはパサリと翅を動かした。


「ミズタマさん、ごめんあそばせ」


「悪かったでおじゃる、ミズタマ」


 乙女たちが謝ると、ミズタマは小さく、おう、と返事をした。その様子を見て、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げた。


「ひょっとして、ミズタマはホックの場所が分かったりするのか?」


 シーマが問いかけると、ミズタマはピョインと跳びはねた。


「おう。この城のどこにどんな金属があるかは、ほぼ全部分かるぞ。当然、婆さん服のホックの片割れっぽいのが落ちてる場所もな」


 ミズタマがしれっと言い放つと、はつ江は目を丸くして驚いた。


「あれまぁよ! 水玉ちゃんそんなことが分かるのかい!?」


 はつ江が驚くと、モロコシが得意げな表情を浮かべた。


「そうなんだよ! ミズタマシロガネクイバッタさんの金属探知能力は、最新の金属探知魔導機よりもずっと精度が高いんだよ!」


「ほうほう、水玉ちゃんはすごいんだねぇ」


「みみーみ」


 モロコシが説明すると、はつ江とミミが感心したようにそう言って、コクコクと頷いた。すると、ミズタマはほんのりと身体を赤らめて、ピョインと跳びはねた。


「よせやい! 食い物を探すための能力なんだから、別にすごくもなんともないぜ!」


 ミズタマが照れていると、シーマが、ふふ、と声を漏らして微笑んだ。


「そうか、それなら、ボクたちをホックがあるところに連れていってくれるかな?」


 シーマが声をかけると、ミズタマはパサリと翅を動かした。


「おう、任せろ! ミミ、ちょっとここから出してくれ!」


「み!」


 ミミが返事をしながら虫かごの蓋を開けると、ミズタマは翅をブゥンと動かして舞い上がった。


「それじゃあ、お前らついてこい!」


 そして、意気揚々とそう言うと、一同を先導しながら廊下を飛んでいき……


「ほら、到着したぜ!」


 ……洗濯魔導機の設置された水場にある、籐の洗濯カゴのとってに跳び乗った。


「ほうほう、どれどれ……」


 はつ江がそう言いながら覗き込むと、洗濯カゴの底にキラリと光る小さな何かが刺さっていた。はつ江がつまみ上げてしげしげと見つめると、それは確かにホックの受け側だった。


「本当だ! ミズタマちゃんや、ありがとうね!」


 はつ江が喜びながらお礼を言うと、ミズタマはピョインと跳びはねた。


「いいってことよ!」


 ミズタマとはつ江のやり取りを見て、ヴィヴィアンとカトリーヌは同時にパサリと翅を動かした。


「勝負はつきませんでしたが、はつ江さんの探し物が見つかったのはよかったですわね!」


「うむ! まったくでおじゃるな!」


 ヴィヴィアンとカトリーヌの様子を見て、シーマは安心したように微笑んだ。しかし、すぐに困惑した表情を浮かべると、尻尾の先をクニャリと曲げた。


「さて、はつ江の探し物が見つかってよかったけど、勝負の内容の方はまた考え直しか……」


 水場にはシーマの困惑した声が響いた。

 かくして、大方の予想通りミズタマが活躍しながらも、「お手伝い三番勝負」の最終戦は振り出しに戻ったのだった。

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