第74話 バンッ

 アメ屋さん二階のカフェスペースにて。

 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、歌姫レディ・バステトのフロント・ダブル・バイセップスのポーズに拍手を送っていた。

 拍手を送られたバステトはポーズを解くと、コホンと咳払いをした。


「失礼いたしました。ともかく、バステトを名乗るには、色んな人々の思いを背負っていく力がないと、いけないんですのよ」


 バステトはそう言うと、深くため息をついた。


「それなのに、唯一無二の好敵手の思いを背負いきれていなかったのですから、半人前と言われてしまうのも仕方がないですわね。特に、ウェネトからは」


「しかしながら、レディ……ウェネトさんもレディのことを認めているから、意地を張りながらも励ましにきてくれたのでは?」


 淋しげなバステトの言葉に、マロがおずおずと意見した。すると、バステトはマロに向かって薄く微笑んだ。


「そうね。そうだと良いわね」


 バステトが淋しげに笑っていると、はつ江はニッコリと笑顔を浮かべた。そして、テーブルに身を乗り出し、手を伸ばしてバステトの頭をポフポフとなでた。


「大丈夫だぁよ、バスちゃん。きっと、ゑねとちゃんも、バスちゃんが半人前だなんて、思ってねぇだぁよ」


 はつ江の言葉に、シーマも笑顔でコクリと頷いた。


「ああ、間違いないだろうな。彼女の性格だと半人前だと思ってる相手に、自分以外の全員が認めてる、なんて言葉は言わない気がするし」


 シーマがそう言うと、はつ江はバステトの頭から手を放した。そして、カラカラと笑いながら、シーマの頭をポフポフとなでた。


「わはははは!シマちゃんがそう言うなら、間違いねぇだぁよ!」


「確かに……シーマ殿下は、なんというか、その……ウェネトさんと似た気質を感じますからね」


 はつ江の言葉に、マロもおずおずとしながら頷いた。すると、シーマは片耳を反らして、尻尾の先をピコピコと動かした。


「その発言、何か釈然としないんだけれども?」


 シーマが不服そうな声を出すと、マロはビクッと身を震わせて姿勢を正した。


「も、申し訳ございません!殿下!決して、殿下を愚弄したわけでは、ございません!」


 焦りながら釈明するマロとは対照的に、はつ江はカラカラと笑った。


「わはははは!シマちゃんもゑねとちゃんも、とっても可愛いってことだぁよ!」


 はつ江がそう言いながら頭をポフポフとなでると、シーマは不服そうな声で、そうか、と呟いた。一連のやり取りを眺めたバステトは、口元に手を当ててクスリと笑った。


「そうですわね。マロだけじゃなく、殿下と森山さんもそう言ってくださっているのですから、弱気になるべきではないですわね」


 バステトはそう言うと、はたと何かに気づいた表情を浮かべた。そして、はつ江に顔を向けて、尻尾の先をクニャリと曲げた。


「ところで、森山さん」


 バステトに声をかけられたはつ江は、シーマの頭から手を放して顔を向けた。

 

「はいよ!どうしたんだい?バスちゃん」


「あの、先ほどからおっしゃっている、『バスちゃん』というのは、私のこと、なのですよね?」


 バステトはそう尋ねながら、キョトンとした表情で首を傾げた。すると、はつ江は照れくさそうな笑みを浮かべて、ポリポリと頭を掻いた。


「そうだぁよ。だって、バスちゃんは自分のお名前をうんと大切にしてるんだろ?」


 今度ははつ江が尋ねると、バステトはコクリと頷いた。


「ええ。前世で大切な家族が、私のことを思ってつけくれた名前ですから」


 バステトが答えると、はつ江はニコリと笑顔を浮かべて、コクコクと頷いた。


「そんな大事な名前なら、呼び間違ったままじゃ悪いと思ってよ。年のせいか、長い横文字はどうも間違いやすくてねぇ」


 はつ江はそこで言葉を止めると、バステトに向かってパチリとウィンクした。


「だから、あだ名だと思っておくれ」


 はつ江の言葉に、バステトは穏やかな微笑みを浮かべた。


「そうだったんですのね。お気遣いありがとうございます、森山さん」


「構わねぇだぁよ!あと、バスちゃんもマロちゃんも、私のことははつ江と呼んでおくれ!」


「分かりましたわ、はつ江さん」


 バステトは微笑みながら、コクリと頷いた。すると、マロもニコリと笑って、ペコリと頭を下げた。


「改めて、今日はよろしくお願いいたします。はつ江さん」


 二人の言葉を受けて、はつ江もニッコリと笑った。


「こちらこそ、よろしくだぁよ!」


 三人のやり取りを見て、シーマは満足げな表情でコクリと頷いた。


「さて、改めて挨拶をしたところで、次の行動をどうするか決めようか」


 シーマが声をかけると、はつ江、バステト、マロはコクリと頷いた。


「分かっただぁよ、シマちゃん!バスちゃんにマロちゃんや、どこか行きたいところはあるかい?」


 はつ江が問いかけると、マロは片耳をパタパタと動かしながら、そうですね、と呟いた。


「この後、明日の公演で身につけるアクセサリーと衣装を取りにいく予定になっています、よね?レディ」

 

 マロが確認すると、バステトがコクリと頷いた。


「ええ、そうね。『おしゃれ泥棒・ウェロックス♪』というお店に注文しているので、受け取りにいかないといけませんわ」


 バステトが問いかけると、シーマとはつ江は目を見開いて驚いた。


「『おしゃれ泥棒・ウェロックス♪』ってことは、バービーさんのお店だ!」


「あれまぁよ!ばーびーさんとは、何かとご縁があるねぇ」


 シーマとはつ江が驚いていると、バステトとマロはキョトンとした表情で首を傾げた。


「殿下とはつ江さんも、バービーさんのことをご存知ですの?」


「お知り合いだったのですか?」


 バステトとマロが問いかけると、シーマとはつ江はほぼ同時にコクリと頷いた。


「ああ、ちょっと色々あってね」


 シーマはそう言うと、コホンと咳払いした。そして、シーマは、バービーが怪盗をしていたことは伏せて、一昨日からの出来事をバステトとマロに説明した。バステトとマロはシーマの話を聞きながら、コクコクと頷いた。


「そんな感じで、一昨日から、何かと縁があるんだよ」


「今日も、ばーびーさんとミミちゃんに会えるなんて、楽しみだぁね!」


 シーマとはつ江の言葉を受けて、バステトとマロは感心したように、ほう、と声を漏らした。


「王立博物館の臨時職員募集に声がかかるなんて、優秀な方ですのね」


 バステトがそう呟くと、マロも、ええ、と言いながらコクリと頷いた。


「それならば、衣装とアクセサリーの出来上がりも期待できますね、レディ」


 マロが声をかけると、バステトは穏やかに微笑んで、そうね、と答えた。それから、バステトは両手を天助に向けて、グッと伸びをした。


「それでは、そろそろ『おしゃれ泥棒・ウェロックス♪』へ向かいましょうか」


 バステトが声をかけると、三人は同時にコクリと頷いた。

 

 それから一同は、カフェスペースから出て会計を済ませると、店主に挨拶をしてアメ屋さんを後にした。

 店を出ると、マロが左の袂から地図を取り出した。そして、眉間にしわを寄せながら、地図と周囲の様子を見比べた。


「えーと……お店は、ここから徒歩で十分かからないくらいですね」


「そう。それなら、徒歩で向かっても問題無いかしらね」


 マロの言葉に、バステトがそう呟いた。すると、シーマが、うーん、と唸りながら、片耳をピコピコと動かした。


「僕は大丈夫だけど、はつ江は大丈夫か?」


 シーマが心配そうに尋ねると、はつ江はニッコリと笑ってシーマの頭をポフポフとなでた。


「ヤギさんにもらった湿布薬が効いてるから大丈夫だぁよ、シマちゃん。気を遣ってくれてありがとうね」


 はつ江の言葉に、シーマはそっぽを向きながらも、尻尾をピンと立てた。


「べ、別にお礼を言われる筋合いはないぞ!従業員の健康を管理するのは、当然の義務なんだからな!」


 シーマが分かりやすくツンデレると、はつ江、バステト、マロは、穏やかに微笑んだ。


「そうかい、そうかい。そんじゃぁ、ばーびーさんのお店に行こうかね」


 はつ江がそう言うと、一同はほぼ同時にコクリと頷いた。そして、一同は地図を手にしたマロを先頭に、「おしゃれ泥棒・ウェロックス♪」へ向かって歩き出した。


 一同は十分ほど歩き、黒地に金の文字で「おしゃれ泥棒・ウェロックス♪」と書かれた看板を発見した。すると、一同は看板を掲げた店に向かって、駆け出した。そして、店の前に辿り着くと、外観を見渡した。


「ほうほう、可愛らしいお洋服がたくさんあるねぇ」


 はつ江はショウウィンドウを覗きながら、感心したように呟いた。すると、バステトもショウウィンドウを眺めながら、ええ、と声を漏らして頷いた。


「最新の流行を取り入れた物から、伝統的な物まで色々あるんですのね」


 バステトが感心していると、マロが耳と尻尾をピンと立ててショウウィンドウの中を指さした。


「レディ!見てください!セミさんのブローチがありますよ!格好良いなぁ……」


 マロがキラキラとした目でブローチを見つめていると、シーマも食い入るようにショウウィンドウを覗き込んだ。


「お魚の形のペンダントもあるな。あ、しかもバッタペンダントまである……モロコシがほしがりそうだ」


 シーマもそんな言葉を呟きながら、ショウウィンドウの中を眺めた。

 それから、一同はしばらくの間、夢中になってショウウィンドウを覗き込んでいた。

 

 そんなとき!


 バンッと大きな音を立てて、店の扉が開いた。


「うわぁ!?」

「あれまぁよ!?」

「キャッ!?」

「わっ!?」



 一同は思わず跳び上がりながら、声を上げて驚いた。

 そして、一同が呼吸を整えながら音のする方に目を向けると……



「こら!アンタたち、またうちの店に変なポスターを貼りに来たの!?」


 

 黒いタイトなワンピースを着た白い羽のヴェロキラプトル、店主のバービーがモップを手にして飛び出してきた。

 眉間にしわを寄せていたバービーだったが、シーマとはつ江の顔を見ると、すぐにキョトンとした表情を浮かべた。


「……あれ?殿下とばーちゃんじゃん!それに、歌姫たちも!いらっしゃい♪」


 バービーはにこやかな笑みを浮かべると、軽やかに挨拶した。


「ああ、こんにちはバービーさん」


 シーマが逆立った毛を繕って挨拶を返すと、はつ江はニッコリと笑った。

 

「こんにちは!ばーびーさん!」


 シーマに続いてはつ江も挨拶を返すと、バステトも優雅な仕草で頭を下げた。


「ごきげんよう、バービーさん」

 

 続いて、マロも姿勢を正して、頭を下げた。


「お世話になっております、バービーさん。ところで、何故モップで武装していたのですか……?」


 挨拶もそこそこにマロが尋ねると、バービーは苦笑いを浮かべた。


「ああ、脅かしちゃってごめんね」


 バービーはそう言うと、ペコリと頭を下げた。


「さっき、明日の音楽会にケチをつけるようなポスターを貼ってこうとするヤツらがいたから……そいつらと間違えて、追い返そうとしたんだ」


 バービーが事情を説明すると、シーマはヒゲをピクリと動かした。


「さっきのヤツら、ここにも来てたんだ……」


 シーマが不安げに呟くと、はつ江が、そうだねぇ、と相槌を打った。


「でも、あの子らはなんで、イジワルなことをしてるんだろうね?」


 赤い空の下には、はつ江のどこか淋しげな疑問の声が響いた。

 かくして、フードの一味の影が再びちらつきながらも、シーマ十四世殿下一行は「おしゃれ泥棒・ウェロックス♪」に辿り着いたのだった。

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