第52話 ニコリ

 魔界王立大博物館の研修室にて。

 シーマ十四世殿下一行はウスベニクジャクバッタの姫から、博物館に展示されることになった経緯の説明を受けていた。


「麻呂はもともと、ここの館長と共に暮らしていたのでおじゃる」


 モロコシがウスベニクジャクバッタの言葉を通訳すると、シーマが首を傾げて尻尾の先をクニャリと曲げた。


「じゃあ、ナベリウス館長のペットだったのか?」


 シーマが尋ねると、ウスベニクジャクバッタはモロコシの頭の上で、ピョコンと跳びはねた。


「これ!シマネコ!ペットとは失礼でおじゃる!館長は麻呂の美しさに魅入られ、身の回りの世話をする支援者になったのでおじゃる!」


 モロコシの感情のこもった通訳に、シーマは身をのけぞらせて一歩後ずさった。


「そ、そうなのか。それは、すまない」


 シーマが困惑しながらも謝ると、ウスベニクジャクバッタは顔を洗う仕草をした。


「分かればよいのでおじゃる」


 その様子を見たバービーは、五郎左衛門に向かって小声で話しかけた。


「ねぇ、ござる。それって、やっぱり飼い主とペットってことじゃん?」


「しっ、バービー殿。聞こえてしまうでござるよ。たしかに、そのようでござるが……」


 二人の会話が耳に入ったウスベニクジャクバッタは、虹色に輝く後翅を広げて威嚇のポーズを取った。


「そこのハネトカゲと忍犬!何か言ったでおじゃるか!?」


 威嚇された五郎左衛門とバービーは、ビクッと身を震わせてから、声を揃えて、別に、と口にした。二人の答えを聞いたウスベニクジャクバッタは、後翅をたたんで再び顔を洗う仕草をした。はつ江は、ウスベニクジャクバッタが落ち着いたことを確認すると、挙手をしてキョトンとした表情を浮かべながら首を傾げた。


「ところでバッタさんや。ゴロちゃんが言ってたように、昔っから展示室に飾られてたのかい?」


「みー?」


 はつ江の質問に続いて、ミミも片耳をパタパタと動かしながら首を傾げた。すると、ウスベニクジャクバッタは、モロコシの頭の上でピョンピョンと数回ほど跳びはねた。


「そうではないのでおじゃる!模造品が壊れてしまったので、麻呂が直々に美しさを披露していたのでおじゃるよ。ただ、衣替えが近かったので、本調子ではなかったのは残念だったのでおじゃるが」


 モロコシが通訳すると、バービーが目を見開いてギョッとした表情を浮かべた。


「え!?じゃあ、ウスベニクジャクバッタの自動人形は、やっぱり壊れてたってこと!?」


「それは、まことなのでござるか!?」


 バービーと五郎左衛門が驚きながら尋ねると、ウスベニクジャクバッタは翅をパサリと動かした。


「そうなので、おじゃる!」


 ウスベニクジャクバッタの様子を見て、シーマは困惑した表情を浮かべて尻尾の先をクニャリと曲げた。


「えーと、なら本物のウスベニクジャクバッタの自動人形は、今どこにあ……」



「それは!」

「私どもが!」

「説明するよ!」


 シーマがウスベニクジャクバッタの自動人形の所在を尋ねようとした瞬間、出入り口の扉から三人分の声が響いた。一同が驚いて声のする方に顔を向けると、扉は音を立てながら勢いよく開いた。

 そこから現れたのは、バッタの覆面を被った三つの首を持つ、黒い天鵞絨製の服を着た人物だった。


「正義の使者!」

「バッタ仮面デルタ!」

「ここに見参だよ!」


 バッタ仮面デルタは左手を腰に当てて、右手で拳銃を持つような形を作りながらそう言い放った。


「わー!カッコいい!」


「みー!みー!」


 バッタ仮面デルタの姿を見て、モロコシとミミは目を輝かせながらピョコピョコ跳びはね……


「ほうほう、バッタ仮面さんのお友達だね」


 はつ江はニコニコとした笑顔を浮かべて、コクコクと頷き……


「ござる、あの人、事情を知ってるみたいだけど、博物館の関係者?」


「えーと……多分そうなのでござるが……えーと……?」


 バービーと五郎左衛門は、困惑した表情を浮かべ……


「あー……すみません、ちょっとこっちに来てください」


 ……シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら、手招きをした。


「はっ!仰せのままに!殿下!」

「かしこまりました!殿下!」

「了解だよ!殿下!」


 バッタ仮面デルタはシーマに連れられて、研修室の隅へ移動した。


「ナベリウス館長、何をなさってるんですか?」


 シーマが脱力しながら小声で尋ねると、ナベリウス……もとい、バッタ仮面デルタはビクッと身を震わせた。


「な、何をおっしゃるのですか殿下!」

「私どもは、決して王立魔界博物館館長のナベリウスなどでは……」

「や、やだなー!殿下!人違いだよ!」


 バッタ仮面デルタが白々しくそう言うと、シーマは深いため息を吐いた。


「多分、兄に何か言われたのだと予想はつきますが……とりあえず、今回の件について説明をお願いします」


 シーマはそこまで言うと、モロコシとミミに向かってチラリと視線を送った。二人は相変わらず、嬉しそうにピョコピョコ跳びはねている。


「……子供達が喜んでいるので、話は合わせますから」


 シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らしながらそう言うと、バッタ仮面デルタは尻尾をブンブンと横に振った。


「ありがたき幸せ!」

「まことにありがとうございます!」

「さっすが殿下!話が分かるぅー!」


 バッタ仮面デルタが声を揃えて喜ぶと、シーマは、どうも、と返した。そして、シーマとバッタ仮面デルタは、一同の元に返っていった。


「待たせたな諸君!」

「お待たせいたしました」

「じゃあ、事情を説明しちゃうよ!」


 バッタ仮面デルタが口々にそう言うと、モロコシが元気よく挙手をした。


「はーい!バッタ仮面デルタさん、ウスベニクジャクバッタさんの自動人形は、今どこにあるんですか?」


「みー?」


 モロコシに続いて、ミミもキョトンとした表情で首を傾げた。


「それはですね、修理準備室の中で、厳重に保管されていますよ」


 二人の質問に、向かって一番左の仮面が穏やかな声で答えた。


「へー、そうなんだー」


 その答えに、シーマが棒読み気味の口調で相槌を打った。

 すると、今度は五郎左衛門が、おずおずと挙手をしながら首を傾げた。


「館ち……バッタ仮面デルタ殿、なにゆえ自動人形は壊れてしまったのでござるか?」


「ゼンマイでも切れちまったのかい?」


 五郎左衛門に続いてはつ江も首を傾げて質問すると、向かって一番右の仮面が首を横に振った。


「違うよ、はつ江ばあちゃん!十日前に専属の修理師が定期メンテナンスしてたんだけどね、その時大きな地震が来たから、手元が狂って脚が一本折れちゃったんだ」


「そういえば、そんな地震あったな。幸い、建物の倒壊とか怪我人とかの被害は出なかったけど、結構大きな地震だったっけ……」


「うん、ちょっと怖かったよね……」


「みー……」

 

 シーマが真剣な表情で呟くと、モロコシとミミも耳を伏せて怯えた表情を浮かべた。はつ江は宥めるようにモロコシとミミの背中をポフポフと撫でると、再びバッタ仮面デルタに顔を向けて首を傾げた。


「それで、代わりにこのバッタさんに、出てきてもらってたのかい?」


 はつ江の問いかけに、中央の仮面がコクリと頷いた。


「おっしゃる通り。ウスベニクジャクバッタはもともと三ヶ月に一度しか食事を取らないうえに、あまり活発に動くバッタではないから、丁度よかったのです。な、カトリーヌ」


 声を掛けられたウスベニクジャクバッタのカトリーヌは、モロコシの頭の上でピョコンと跳びはねた。


「……それで、折れた脚ってのはちゃんと直したの?」


 不意に、バービーが不服そうな表情を浮かべて、バッタ仮面デルタに問いかけた。すると、中央の仮面が、コホンと咳払いをしてからバービーを見つめた。


「それがだな、専属の修理師が責任を感じて、辞職してしまったのだ」


「ですから、私どもとしても、早急に腕利きの交代要員を見つけたくてですね……」


 向かって左端の仮面がそう言うと、バッタ仮面デルタは上着のポケットから、一枚の巻紙を取り出した。


「はい!これ、見て見て!」


 向かって右端の仮面の声と共に、バービーの目の前に巻紙が垂らされた。バービーは眉間にしわを寄せると、紙に書かれた内容を読みだした。


「魔界王立大博物館……臨時修理師……採用試験願書……!?」


 内容を読み上げると、バービーは目を見開いた。すると、驚くバービーの顔を見て、中央の仮面がコクリと頷いた。


「その通り!お前の修理の腕前は、他の博物館の館長からも聞いているからな」


 続いて、向かって左端の仮面もコクリと頷く。


「それに、脱皮直前のカトリーヌと、自動人形との僅かな色の差を瞬時に見抜く、たしかな目もあるようですからね。なので、私ど……いえ、ナベリウス館長の推薦枠として、この試験を受けていただきたく」


 最後に、右端もコクコクと力強く頷いた。


「だから、今回の生け捕り作戦を思い着いたんだ!あ、でも試験は、一般的な修理師の資格試験と比べて、学科も実技も、超スーパーウルトラ難しくなってるから覚悟してね!」


 バッタ仮面デルタの言葉を聞いて、はつ江はニコリと微笑んだ。


「よかっただぁね、ばーびーさん!ちょっと遠回りになっちまったけど、夢に一歩近づいただぁよ!」


 はつ江に続いて、シーマも耳と尻尾をピンと立てながら、ニコリと笑った。


「よかったな、バービーさん。その腕前を発揮するために、試験、是非とも頑張ってくれ!」


 そして、シーマの側では、モロコシがバービーを元気づけるようにピョコピョコと跳びはねた。


「バービーさんなら、きっと合格できるよ!」


 モロコシがバービーを励ますと、五郎左衛門も円らな目を細めて、うむ、と呟きながら頷いた。


「これで、ミミ殿も一安心でござるな」


 五郎左衛門が感慨深そうにそう言うと、ミミは耳と短い尻尾をピンと立ててバービーに抱きついた。


「みー!」


 バービーはキョトンとした表情で、一同を見渡した。そして、軽くうな垂れて数回まばたきをすると、勢いよく顔を上げ、バッタ仮面デルタにニヤリとした笑みを向けた。


「面白い!その試験、突破してやろうじゃん!」


 バービーの言葉を受けて、バッタ仮面デルタは一斉に頷いた。


「うむ、楽しみにしているぞ!」

「難しい試験ですが、是非突破してくださいね」

「合格するの待ってるからね!あ、あと、ステンドグラスと展示ケースの修理は資格必要ないから、早急に修理をお願いね!」


 バッタ仮面の激励の言葉に、バービーは胸を張って、任せなさい、と答えた。

 シーマは一同の様子を微笑みながら見ていたが、不意に何かに気づいた表情を浮かべた。シーマの表情の変化に気づいたはつ江は、キョトンとした表情で首を傾げた。


「シマちゃん、どうしたんだい?」


 はつ江に声を掛けられたシーマは、片耳をパタパタと動かして、ああ、と返事をした。


「ちょっとだけ、気になったことがあって……なあ、バービーさん」


 シーマが声を掛けると、バービーはキョトンとした表情で首を傾げた。


「殿下、どうしたの?」


「み?」


 バービーに続いてミミも首を傾げると、シーマは尻尾の先をピコピコと動かした。


「『超・魔導機☆』について、何か知らないか?」


 シーマの質問を受けて、バービーは眉間に浅くしわを寄せて、うーん、と唸った。


「『超・魔導機☆』か……あれは色々説があって、どんな物なのか断言はできないんだけど……願い事を何でも叶えてくれる魔導機、っていうのが一番有力な説ね。でも、どうして、急にそんなこと聞くの?」


「あ、いや、ちょっと気になっただけだから。説明してくれて、ありがとう」


 シーマは苦笑いを浮かべて、フカフカの頬を掻きながらバービーの問いかけに答えた。すると、バービーは訝しげな表情を浮かべながらも、そっか、と返事をした。


 かくして、『超・魔導機☆』についての手がかりは得られなかったが、シーマ殿下とはつ江ばあさんの博物館防衛大作戦は、無事に幕を下ろしたのだった。

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