第18話 ニッコリ

 地下迷宮の第二階層にたどり着いたシーマ十四世殿下一行は、再びシーマと魔王を先頭に、はつ江とモロコシが中央を歩き、五郎左衛門が最後尾という列で進んでいた。

 一行は入り口の階段が見えなくなる程には歩みを進めているが、未だに分岐点や罠は現れていない。

 そんな中、一階層の仕掛けと灰門とのやり取りで緊張が続いていたシーマは、気が緩んだのか小さな欠伸を漏らした。


「ふあぁ……相変わらず一本道なんだな」


 そして、眠たげに目を擦っていると、隣を歩く魔王が小さく頷いた。


「そうだな。しかし、迷宮という物は本来、曲がり道はあるが、分岐路はない一本道なのが主流だったそうだ」


 魔王の言葉に、シーマは眠たそうにしていた目をやや見開いた。


「え?そうだったのか?」


 シーマが顔を上げて首を傾げると、魔王は、ああ、と言って小さく頷いた。


「今は分岐点がある迷宮の方が人気だが……あの迷宮王のことだ、あえて古典的な物を取り入れた階層を生成する仕組みも作っていたのだろう」


 魔王はそう言いながら右腕を上げて、白銀のガントレットに記された灰門のサインを見つめた。


「温故知新の発想は、見習わないといけないな」


「……頼むから、城に変な仕掛けを作ったりしないでくれよ」


 シーマが尻尾を左右にゆらゆらと動かしながら、ジトッとした視線を向けて声をかけると、魔王はギクリとした表情を浮かべた後、目を泳がせた。


「ほ、ほら、安全な物しか作らないから」


「またそんなこと言って!この間は侵入者対策とか言いながら作ったトリモチ自動発射魔導器に、リッチーが引っかかって、叱られたばかりじゃないか!」


 シーマが尻尾を縦に大きく振って叱りつけると、魔王はしょんぼりとした表情を浮かべた。


「あれは……強大な力を持つ者に見境なく反応するように作っちゃったから……でも、もう少し個人を識別する仕組みに力を入れて改良すれば……」


 魔王の言訳に、シーマは腕を組んで尻尾を左右に振りながら、小さくため息を吐いた。


「帰ってきたリッチーに、また雷を落とされても、ボクは知らないからな!」


「確かに……魔術的な意味で雷を落としてくるからな、リッチー……」


 リッチーに叱られたときのことを思い出して魔王が身震いをしていると、背後からモロコシが一つに結ばれた赤銅色の長髪を軽く引っ張った。


「ねえねぇ、魔王さま」


 魔王が脚を止めて振り返ると、尻尾の先を曲げたモロコシと、腰に手を当てたはつ江と、尻尾を地面と水平にした五郎左衛門が天井を見上げていた。


「どうした?モロコシ君」


 一階層でのトラップを思い出し、魔王が警戒しながら尋ねると、モロコシはフカフカの手で天井を指さした。


「天井に描いてあるお餅の絵は、なーに?」


 モロコシの言葉に、シーマは眉間に皺を寄せて尻尾の先をピコピコと動かした。


「天井に、餅?」


 シーマが怪訝そうな表情で指さされた方向を見上げると、天井に水色の線で角が丸くなった長方形が描かれている。


「確かに、餅っぽいな」


 シーマは尻尾の先をピコピコ動かしながら呟いた。すると、はつ江が上を向いたまま、ほうほう、と相槌を打つ。


「あれはお餅だったのかい。私はてっきり、はんぺんだと思っただぁよ」


「拙者は、芋ようかんだと思ったでござる」


「豆腐に見えた……」


 はつ江、五郎左衛門、魔王が連想した物を思い思い口に出すと、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。


「なんで、みんな食べ物ばっかり連想するんだよ……お腹がすくじゃないか」


 シーマの言葉に、はつ江は天井を見ていた顔を下げて、カラカラと笑った。


「そうかい!じゃあ、次の階に行ったらおやつにしようかね!」


「おやつ!?わーい!」


「そうだな!モロコシも喜んでいるし、そうしようか!」


 はつ江の提案に、モロコシは目を輝かせながら尻尾を立てて喜び、シーマも顔を洗う仕草をしてごまかしながらも、尻尾を立てて喜んだ。


「ふむ、ならばこの階層も、無事に突破しないといけないでござるな!」


 五郎左衛門が尻尾をブンブンと振りながらそう言うと、魔王も、そうだな、と小さく頷いて同意した。そして、魔王は、キョロキョロと辺りを見回した。


「……他には、何も異常は無さそうだ。どうも、この階は天井にヒントが描いてあるようだな」


 魔王の言葉に、シーマが尻尾をゆらゆらと動かしながら、うーん、と呟いて首をひねった。


「でも、天井を見ながら歩いたら、危なくないか?そうじゃなくても、モロコシはよく転ぶらしいのに」


 シーマがそう言うと、モロコシは鼻の下をプク―と膨らませて、不服そうな表情を浮かべた。


「もー!殿下!そんなことないよ!」


 尻尾をパシパシと縦に振りながら憤慨するモロコシに、シーマは悪戯っぽい笑顔を向けた。


「そうかー?この間ユキさんが、モロコシはよく転んでズボンの膝が破れるから、アップリケがいくつあっても足りない、って言ってたぞ?」


「そんなことないもん!殿下のシマシマ!」


 モロコシが尻尾を縦に大きく振ってそう言うと、シーマは黒目を大きくして驚いた表情を浮かべた。


「な!?モロコシだってシマシマだろ!?」


「あ、そうかー、そうだったね。殿下、ごめんなさい」


 シーマに抗議されたモロコシは、キョトンとした表情を浮かべた後、ペコリと頭を下げた。


「……ボクも、からかって悪かったよ」


 シーマもそっぽを向いて謝りながら、モロコシの頭をポフポフと撫でた。


「……決着の仕方はいまいちよく分からなかったでござるが、口論は収まったようでござるな」


「……『シマシマ』は、悪口なのだろうか……?」


 口論が収まって安堵しながらも、釈然としない表情を浮かべる五郎左衛門と魔王の側で、はつ江はカラカラと笑った。


「喧嘩しても、仲直りできたんなら、細かいことはいいだぁよ!」


 はつ江はそう言うと、シーマとモロコシの頭をポンポンと撫でた。そして、魔王に顔を向けて首を傾げる。


「そんで、どうしようかね?ヤギさんや。さっきシマちゃんが言った通り、天井見ながら歩いたら危ねぇだぁよ?」


 はつ江が問いかけると、魔王は口元に指を当てながら、ふぅむ、と呟いた。そして、何かを思い着いたらしく、モロコシと五郎左衛門の顔を交互に見比べた。


「柴崎君がモロコシ君を肩車して進み、モロコシ君に天井の絵を写してもらう、というのはどうだろう?」


 魔王の提案に、五郎左衛門は姿勢を正して胸をポンと叩いた。


「かりこまりました、でござる!」


 モロコシも五郎左衛門の真似をして、胸をはると胸の辺りをポフンと叩いた。


「わかりましたー!」


 魔王はうんうんと頷くと、では、と言いながらはつ江に顔を向けた。


「ペンは先ほど迷宮王にいただいた物があるから……はつ江。ポシェットに、子供達が迷宮にあきちゃったとき用のお絵かき帳が入っているから、出してくれないか?」


「はいよ!ヤギさん!」


 元気良く返事をしてポシェットを探るはつ江の横で、シーマが不服そうに鼻の下を膨らませながら尻尾を縦に振った。


「心配性なうえに、若干失礼だぞ?バカ兄貴!」


 シーマにそう言われ、シュンとした表情を浮かべる魔王とは対照的に、はつ江はカラカラと楽しそうに笑った。そして、表紙に可愛らしい文字フォントで「お絵かき帳」と書かれたノートをポシェットから取り出した。


「まあまあ、シマちゃんや。ヤギさんもシマちゃん達が、楽しくいられるように考えてたんだろうから、そんにに怒らないでおあげ」


 はつ江にそう言われたシーマは、ふん、と鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。


「はつ江がそう言うなら、今回は特別にゆるしてやる!」


 シーマの言葉に表情をやや明るくした魔王を見て、はつ江はニッコリと笑うと、五郎左衛門に肩車をされたモロコシに向かって、お絵かき帳を差し出した。


「じゃあ、ゴロちゃんにモロコシちゃん!頼りにしてるだぁよ!」


 はつ江からお絵かき帳を受け取ったモロコシは、ページを広げて五郎左衛門の頭にパサリと置いた。そして、ポケットからペンを取り出して握りしめると、凜々しい表情を浮かべた。


「うん!ぼく頑張るよ!」


「拙者も尽力いたすでござる!」


 はつ江は意気込む二人に向かって、ニコニコとした笑顔を向けた。その隣で、シーマがヒゲの先端を下げならが、二人をじっと見つめた。はつ江はシーマの表情に気づくと、肩をぐるぐると回した。


「さーて、私も第二の試練ってのに備えて、体を鍛えないといけないねぇ!」


 はつ江が不意に大声を出したため、シーマは驚いて、尻尾の毛を逆立てながらビクッと跳び上がった。


「そんなわけで、シマちゃんや!私に、おぶさってもらえるかね?」


「な、何を言ってるんだはつ江!?そんなことしたら、重たいだろ!?」


 焦るシーマに向かって、はつ江はニッコリとした笑顔を向ける。


「おんぶだったら、大丈夫だぁよ!こう見えても、ひ孫をおんぶしてよく散歩してたからね!」


 はつ江の笑顔に、シーマはおずおずとした表情を浮かべた。


「じゃ、じゃあ少しだけお願いするよ……でも、膝とか腰がちょっとでも痛くなったら、すぐに降ろすんだぞ!」


 はつ江はシーマの言葉に、はいよ、と元気良く返事をすると、膝をかがめてシーマに背中を向けた。シーマはゆっくりとした足取りではつ江に近づき、そっと背中にしがみついた。はつ江はシーマを背負うと、よろめきながらも立ち上がった。そして、後ろ手でシーマの背中をポンポンとあやすように叩く。


「ねんねんねーん」


「……はつ江、子守歌はやめてくれ。寝ちゃいそうだから」


 シーマははつ江の肩に顔を置いて、ゆっくりと瞬きをした後、大きな欠伸をした。その様子を幸せそうな笑顔で眺めていた魔王に、五郎左衛門が声をかける。


「ところで、魔王陛下」


「ふむ。何だ、柴崎君?」


 魔王が表情を引き締めて振り返ると、五郎左衛門は凜々しい顔つきをしながらも、尻尾を振りながら尋ねた。


「本日のおやつは、何でござるか?」


 魔王は、ふむ、と呟くと、五郎左衛門の頬をフニっと左右に軽く伸ばし、モロコシの頭をポフポフ撫でた。


「今日、柴崎君とモロコシ君からいただいた、サツマイモとリンゴを用意してあるから、次の階層で簡単な菓子でも作ろうと思う」


 魔王が答えると、モロコシは目を輝かせて尻尾を立てながら喜んだ。


「わーい!魔王さま、ありがとう!」


 五郎左衛門も凜々しい顔で、尻尾を勢いよく振った。


「ありがたき幸でござる!……ときに、魔王陛下。何故拙者のほっぺたをフニっとして、モロコシ殿の頭をポフポフしたのでござるか?」


「なんで、なんで?」


 五郎左衛門とモロコシが首を傾げると、魔王は小さく咳払いをした。


「気にしないでくれると助かる……さて、そんなことよりも、そろそろ先に進もうか。おやつも待っていることだしな」


 魔王がごまかすようにそう言うと、モロコシと五郎左衛門は目を輝かせながら、はい!、と返事をし、シーマは眠い目を擦りながら、ふぁい、と返事をし、はつ江はシーマの背中をポンポンと叩きながら、はいよ!、と元気良く返事をした。

 そして一同は、第二階層の試練を突破し無事におやつにありつくことを目指して、薄暗い通路を進んでいくのだった。

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